ステラマリス・サガ 約束の地の探索者
第4回リアクションHA2

「あどけない摂理」より抜粋

榊大悟マスター執筆

Scene.7 「肉と鋼と」より

 一瞬の隣をついて『王』は最後の力を振り絞り『ニンゲン』が大事にしているらしいシリンダー・カプセルへと取り付いた。
「しまった ! 」
 ミュラーはおのが失策を呪った。もう余力のないものと侮っていたのだ。
「起動させてくれ、ユリア博士」
 ユリアがあわててコンソールを操作する。しかし
『王』が電撃を放つと、周囲の機械が青い火花を散らせて機能を停止した。
 バリィィン。
 シリンダーも砕け散る。内部に満たされていた羊水のようなものが流れ落ち、青い髪の女性が『王』の鎧のような腕の中に落ちた。包み込むようなマント状の外皮が、まるで中世の絵物語にあった姫君を救い出す国王を思わせる。いや、この場合は姫君を連れ去ろうとする魔王だろうか。ツヴァイの長い髪が、濡れて体に張り付く様は、このような場合でなければ見とれてしまうほどに美しい。
 『王』は観察するかのようにツヴァイを見つめていたが、やがてその両肩をつかむと自分の前に掲げるようにする。
異変が起こった。
 目を閉じたままのツヴァイが口を開きこう言ったのだ。
「なるほど、この身体はおもしろい。あの大戦の技術を利用したな、人間どもめ」
(クリーチャーがツヴァイを通じて話しているように思えるけれど……?)
 ジュームン・ハルパニアが感じた通り、明らかにツヴァイは自分の意志で語ってなどいなかった。
「見た目ほど脆弱ではなく、私に近い身体。なんという偶然だ。いただくぞ、人間ども」
「いただく……そうか、あなたは『超越種』」
「ユリア、自爆キーだ!」
 ジュータ・テトルトンがユリアになすべき行動を思い起こさせる。
「融合するつもりなら話は早い。クリーチャーと一緒にぶっとばしちまえ」
「そう、壊すのね?」
 スレイヴドール、セリスタ・モデルノイツェンが呟く。その様子はいつもの彼女とは違って見えた。
「セリスタ?」
「あなた達は私達と違う生き物ですものね。だから、私たちは違う。スレイヴドールは作られたものを、ツヴァイを見捨てる事は出来ない」
「間に合わねえ、やっちまえ、ユリアっ!」
 御免なさい、ユリアは心の中で叫んで自爆キーをツヴァイに向けスイッチを押した。しかし、何も起こらない。
「…………どうして」
 ユリアはがく然としてその姿を見つめた。
「ジャミングさせてもらったの。これであの子は自由」
「だれか、そのクリーチャーを止めてっ」
 しかし、その叫びはもはや手遅れであった。『王』の身体がまるで中身を失った鎧のように、がしゃりと崩れ落ちたのだ。
「ツヴァイーーーーっ!」
 ユリアが悲鳴を上げた。

Scene.8 「敵性存在」より

 それは、すでにツヴァイではなくなってしまった。
 流れる青い髪も、魅力的な肢体も何一つ変わってはいない。しかし、そのぞっとするような目。二度、三度と手を握ったり開いたりしていたツヴァイすなわち『王』は、一同を見渡すと目を見開いてにんまりと笑った。
「なるほど、この身体を作ったと言うことはつまらぬことを企んでいたからだな。賢しいことだ。だが、裏目に出たようだ」
「ん……なろっ!」
 クライヴが槍を手に走るが、ツヴァイがハッケイのように手を前に突き出すと何かに押されたように吹き飛ばされる。
「この身体は良く馴染む。それに、頭脳からはいろいろなことが引き出せそうだ。よい身体を作ってくれた。ありがとう、ユリア博士」
 敵に自分の名を呼ばれ、ユリアがぴくりと身体を震わせた。別れの挨拶のように聞こえたのだ。
「待つて」
 ジュームンがツウァイを呼び止めるように言った。
「あなた述は私迷になにかを望んでいるのではなくって? それが話し合えれば、現状を変えることだって出来るかも知れない」
「すでに手遅れだ。人類の歴史でも、非道は罰を受けるのであろう?」
「だが、それで幸せになった奴なんていねえ……そうなのか? つまり簒奪者は俺達だって」
 ケーニヒ・ハルパニアがツヴァイの言葉の意味するところに戦慄した。
「これは戦争だと言ったはずです、ケーニヒ。我々がメモリシアを必要としている以上、彼らは敵でしかありえません」
 オクト・グラムが静かに言った。それはクリーチャーが人類と同等の知恵を持っていると知ったときから分かっていたことが確認されたに過ぎない。
 何程の人間が気づいていたのか分からないが、人類イコール簒奪者の構図はすでにあったのだ。それが理解できるオクトだから、エンタープライズ社がスマラグドゥスの存在を隠す理由が納得できた。
(メモルギア・テクノロジーが根付いた以上共生の道は有り得ない。確かに手遅れですね)
「そんな、そんなこと……」
 サテラ・ハルバニアが言葉を失って立ち尽くす。
 ツヴァイの周囲に明らかな力の流れが生まれていた。
「……殺る気だ」
 半身を瓦礫に埋めたクライヴがいよいよ自分の前髪をなぴかせ始めた波動に呟く。
「!? なにやってる。ジュームン、サテラ、離れろ!」
 ケーニヒがいち早く気づいてジュームンの手を引く。
「きゃっ」
「なに小娘みたいな声上げてやがる。ったく、だからお前はほっておけないんだ」
 その時、耳にした通信機から声が響いた。
『聞こえますか、ただ今よりメモルギア・ドライブを暴走させます。施設内に残っている方は速やかに脱出してください』
 候補生の一人が、やってくれたらしい。これならばツヴァイを倒せるとセリス・キゼットは感じた。しかし、ツヴァイがおとなしく爆発を待つとも思えない。
「しかたないわね」
 ふっと笑ってメモリシアを三個、ロングソードに収り付ける。三個以上のメモリシアの装着は、その魔力が不安定になり、ときに術者の命すら危険にさらすため一般には禁じられていた。しかし、このくらいのことはしないとツヴァイを足上めすることなど出来ないだろうと思える。
「セリス?」
 ユリアがツヴァイに歩み寄るセリスに近づいて声をかけた。どこか吹っ切れたような笑みが帰ってくる。
「さあ、私の身体がメモリシアで朽ち果てるのが先か、爆発が先か。覚悟なさいツヴァイ、いや『王』!」
「駄目よ、セリスっ」
「ユリア、離れるぞ、離れるんだ!」
 これまでとは比べものにならぬほどの振動が施設全体を橘るがし、衝撃が皆を襲った。

Scene.9 「炎の中」より一部抜粋

(中略)

「なぜあのようなことをした」
 ミュラーは捕られたセリスタを手で打つと、その双眸で睨み付けた。セリスタは赤茶けた土に伏すと、顔だけを上げてミュラーを見た。
 ツヴァイの爆破を阻んだこのスレイヴドール。しかし、なぜ人間に逆らわぬはずのスレイヴドールがこのようなことをしたのだろう。
「『未完種』だからかもしれない」
 ユリアが耳憤れない言葉を口にする。
「そうか、しかし処分は行なう。党悟は出来ているのだろう、セリスタ候補生」
「ええ」
 処分、と言うのはこの場合分解だ。運が良ければ記憶の書き換えも在りうるが、それとてスレイヴドールにしてみれば死んだも同然である。
「侍ってミュラー。この子、許してあげることは出来ないかしら」
「それがお望みなら。しかし私は反対です。どうしてそう思われるのですかな」
 ユリアは少し頭の中を整理するように髪を手をやってから、俯き加減で答えた。
「何が正しいのかなんて分からないわ。でも、相容れなくても皆それぞれの信じるものを持っている。私も、クライヴも、クリーチャー達も、それにきっと、この子だって」
「なるほど」
 ミュラーは概ねその意は汲み取ったようであった。しかし、その判断についてはまだ同意しかねると言った調子である。
「お甘いですな、ユリア博土。いくらあなたのおっしゃる通りでも、それはただ、本当の敵を作り出すだけの観念かも知れないのですよ」
「ロマンチストなのはあなたの方だわ、ミュラー。絶対の価値観を信じるというのならね」
「そうかもしれません。手厳しいですな」
 そう言ってってミュラーはセリスタを残してベースがわりのコンテナへと戻った。その背後では救助に向かった候補生が、救助者の感謝を受けて戸惑っている。
 ユリアはセリスタの拘束具を解いた。
「いいの?」
「いい訳ないでしよ。これから考えるのよ。どうやってやっていくのかは」
 ユリアは自分に言い聞かせるようにして呟いた。
 戦いは終わり、結局ツヴァイが敵の手に渡った。しかし、それ以上に様々な事実の露見がこの先の事態を大きく変えるようにユリアは感じていた。
(もし相容れないのなら、どうなるのかしらね、私達は)
 しかし、ユリアはそれ以上考えるのを放棄した。
 いいではないか。今は。今日は良くやった。
 早く自室のベッドで疲れた身体と……心を休ませてやりたいという欲求は、すでに抑えられないほどに大き<なっていた。

【NPC一覧】

【PC一覧】

●プレイヤー注釈

 HA1リア『マスターより』にて、「ツヴァイの奪回にも爆破にも失敗した経緯についてははHA2リアクションを入手してみてください」などと書かれている顛末の真相(Scene.7)と、その結果(Scene.8、Scene.9)。何を隠そうセリスタが爆破を妨害したからで、当人はScene.7とScene.9に登場しています。

 今回のセリスタの行動のせいで、何やらその後の展開が大きく変わったらしいです。ファイナルイベントの時に榊マスターから聞いたところではやはり、自爆を強要された『ツヴァイ』が自我に目覚めて暴走し、人類と敵対する……という筋書きが予定されていたようですね。
 メモルギア・テクノロジーに支えられた人類の文明が滅びれば、エネルギー資源を糧とするセリスタのようなスレイヴ・ドールたちは、共に滅びてしまう。或いは、数少ないメモリシア資源を巡って、いずれ人類とスレイヴ・ドールは対立する種族になるかも知れない。そんなスレイヴ・ドールたちにとって、ツヴァイは希望であり救世主であるはずだ。人類を見捨ててツヴァイを救出することは、結果として人類の為にもなるはずだ……。
 そんな判断を動機に込めました。結果として強いインパクトのあるリアクションになったと感じています。僕にとってたいへんに印象深いリアクションです。

 これより前のリアでは、基地最深部へと決死の降下をするエグゼクターたちの奮戦や、クリーチャーの王サンクシオンとの死闘、ツヴァイの爆破を巡る葛藤などが描かれています。
 またHA1リアでは、生存者の救助よりも秘密兵器(=ツヴァイ)の回収を優先しようとする上層部の態度に反発するクライヴ教官(に共鳴するPCたち)と、冷徹に任務に殉じようとするエグゼクター機関長ミュラー(を支持するPCたち)との対立の様相と、和解に至る経緯が描かれています。

 この回、ミュラー機関長配下のエリート三人衆「エクストレーマー・コンディーティオー」のキャラが立ちまくりでした。過激にナルシストなミハイル王子、不気味な爺ドレイク老、BC兵器満載のパワードスーツを無感情に操る少女アーミッシュ……の三人が、決めポーズを取って宇宙船の壁面に並ぶ構図が妙にインパクトあって笑えました。
 それにしても……ミュラー機関長って「若き有能な司令官」という設定なのに、リア上では「痛恨の失策」の描写ばっかりですね(笑)。


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