「話を聞きたいと言うのはあなたですか」
そう言われてセリスタ・モデルノイツェンが案内されたのは、武装バギーとトレーラーで構成された一つの旅団であった。
デチーソ、その一つ。なるほど、このようであれば本拠が割れても襲撃を受ける心配も少なく、万一の際には分散し、さらにその一部だけでも生き残ることが出来る。もう何十年に渡ってエンタープライズ社に喧嘩を仕掛けた組織の知恵の一つである。
ちょうど食事時であるらしい。焚火でパンをあぶっているものや、野菜スープを温めているものの姿が目に入る。そんな車と雑多な人種の群れを抜け、居住用に改造されたトレーラーの中へ導かれた。
その中もまた食事時であったらしい。畿人かがスープ皿を持ってセリスタに道を空ける。
そのリーダーと呼ばれる人物と出会ったときには、スレイヴ・ドールである彼女も突然の再会にフリーズしそうになった。
サンクシオン!
青い髪の女性の姿をしたクリーチャーは、セリスタの顎を取ると、その唇を近づけ、そして重ねた。
「何を!?」
「挨拶だ。この世界に倣った」
サンクシオンはしゃあしゃあと言った。
「皆食事中で申し訳ない」
サンクシオンが言って、部下にメモリウムのチューブを持ってこさせる。セリスタはその部下が眉を顰ていたのを見逃さなかった。なるほど、デチーソは自然保護の立場からメモリウムの浪費を嫌うのは本当らしい。ならば、生きるためにメモリウムを必要とする自分はどのように見られているのだろう。
チューブを受け取ってその先を捻り切る。一口啜った。スレイヴ・ドールには味は関係ない。
「あなたは、何も口にしないの?」
「このボディはそのように作られている。やはり来てくれたな。アルカから逃れし者よ」
サンクシオンは、笑顔を覚えたらしい。どこか感情のこもらない、形だけの優しい笑みを浮かべた。
「私は、ただあなたの仲間になる為にここに来たのではないわ。デチーソ、その主張に耳を傾け、それから判断したいだけ」
そんな言葉の前でも、形だけの笑顔は崩れない。
「きっとお前は我々の仲間になる。なぜなら、お前と私は似ているからだ」
「似ている?」
どこかでそうした言葉を聞いた、とセリスタは思った。
「あの日の話の続きをしよう」
サンクシオンが切り出す。
「我々デチーソが、といっても私がここのリーダーになったのはつい 二週間ほど前のことではあるが、一つ面白い情報をつかんでいる」
「なに?」
「フライハイト・プランと呼ばれるものの全貌だ」
その言葉には、セリスタも興をそそられた。そんなセリスタの心中を知るかのように、サンクシオンは言葉を進める。
「『人的革命』、人が人でなくなることでメモリウム枯渇の時代を乗り越えようと言うプロジェクト。その実、人間を救うために人間性を切り捨てる計画だ」
「どういうこと」
「人類全てをこのボディと同じく、『超越種』と呼ばれるものに変えようとしている。知っての通り、この『超越種』は感情を持たない。確かにメモルギア・テクノロジーを必要ともしないだろうから、効率的と言えば効率的だ」
人類全てが、メモリウムを消費しない超越種となる。
その結果として感情を失う。
そんなことが。
「可能なの?」
「であるらしい。調査の段階だが、すでにプロジェクトは最終段階に入ろうとしているそうだ」
セリスタは黙り込んだ。
「我々デチーソは、本米の人間性に立ち戻るべく、自分の意志で文明を放棄するものだ。そのような弱者の論理は否定する。
……来月、エンタープライズ社の九十周年記念式典『ノベンタ・パレード』が開催されるのは知っているな。我々はそこで、その計画推進の要、魔女ユリア・フォルケンを殺害する」
「なぜ、私にそれを話すの」
「言っただろう。似ているからだ。君の仲間達に知らせてほしい。我々はいつでも君たちの参加を待っている」
「………ご馳走さま」
セリスタは、半分残ったチューブを置いた。
ユリア殺害。
あの時、自分を解体から救った次席博士の姿をセリスタは思い出していた。
(それが、人間性を失わせる悪魔の計画を、か。確かにあの人は人間に絶望しているところがあった)
会議の度に人のエゴを見せるおお偉方に、『死んでしまえ』と愚痴るユリアの姿が思い出された。
(それを浄化した上で、人類を救えるならあの人はやるかも知れない)
とりあえず、与えられたメッセンジャーとしての仕事は果たそう。それを知って、どう判断するかは皆の自由だ。
それぞれの事情を認めた上で戦わねば子供の喧嘩ではないか。
セリスタは村に戻るべくキャラバンを出ようとした。しかし、そこをサンクシオンに呼び止められる。
「人の足では時間もかかる。送って行こうではないか」
空々しい笑顔が、セリスタにはどうにも気に入らなかった。(中略)
エグセグターは完全に追い続められていた。
「これではらちがあかん。退却だ」
そうエグゼクターの指揮官に言わせた、その時だ。
どこからともなく、ミサイルや銃弾の嵐がエグゼクター達を捉えた。
全滅であった。もちろん、それは候補生達や一座のものが放ったのではない。彼らはその光景を、何が起こったのか理解できないまま、呆然と見つめていた。
背後から、更なる車両の音。
随分と大規模なキャラバンだ。そして、そのどれもが武装している。
「デチーソ……」
団員の一人が憎々しげにその名を口にした。
「どうやら戦うつもりになったようではないか。離反者の諸君」
一人の人物がキャラバンから歩み出てきた。美しい女性の姿でありながらも男の声で、サンクシオンがそう語りかける。
「殺す必要はなかったわ」
クレモナが怒りを隠してサンクシオンに対峙した。
「エグゼクターはデチーソにとっても敵なものでな。そう恐い顔をするな。我々は客人を送ってきただけだ」
「セリスタ……」
トレーラーの一つからセリスタが現れる。セリスタが候補生達の輪に戻ると、サンクシオンは片手を上げて仲間に撤収の合図とした。
「詳しくはそのスレイヴ・ドールから聞きたまえ。ノベンタ・パレードの襲撃、君たちの協力を待っている」
そう言い残して、サンクシオンとデチーソは斜面の向こうへと姿を消した。
「どういうことだ、セリスタ」
シグルーンをブレイク・オープンしたロイドが問いかける。セリスタはフライハイト・プラン、ユリア殺害、事の始終を皆に語って聞かせた。
セリスタ、宿敵サンクシオンに唇を奪われるの巻。
Scene.3にサンクシオンと二人っきりで2ページに渡って話し続ける、長い出番があります。内容は「フライハイト・プラン」の真実についてです。
リア中の「それぞれの事情を認めた上で戦わねば子供の喧嘩ではないか」という一文は、後半でのセリスタの行動原理を端的に表したものですね。「死にたくなければ戦場では相手に同情するな」という言葉もあるのですが……。以前の「傷つきたくない故に内の殻に篭る」思考から脱却するために、踏み越えなければならない課題であると、セリスタは考えているようです。
例えフライハイト・プランの内容が、人間にとって受け入れがたいものであっても、人類がメモリシアに頼った文明を放棄すれば、セリスタたちスレイヴ・ドールは生き残る術を持たない。救われない世界の葛藤を描く「ステラマリス・サガ」のメインテーマに触れる内容です。
HA1は、エンタープライズ社と決別しエグゼクター候補生の地位を捨て、サーカス一座に身を寄せた離反者たちの逃亡生活の模様と、村人を人質に離反者を追い詰めるエグゼクター正規部隊『グリーン』(PCたちの先輩格に当たる)たちの追撃の顛末。HA2、HA3はエンタープライズ社に残り「フライハイト・プラン」を推進する側のPCたちの葛藤が描かれています。
なお、引用リア中でデチーソたちの攻撃を受けて全滅している「エグゼクター」というのは追撃側の『グリーン』のことで、そのメンバーにPCは含まれていません。