アイゼンヴォルフはとりあえず旧市街の一角のビルを本拠とした。帝国の管理下になくエンタープライズの動向から目を離さず入られる場所として、多少危険でもこの地を選ぶほかなかったのだ。
立地は悪くともビルである。大人数を抱えての彼らには必要なキャパシティを備えている。メモリウムや回線はバラサイトがやっているように違法で引いた。
もちろん水道も同じことである。そうして出来たシャワールームで、ジェリド・カプリコーンは隣で屈強な体に水をかけるニコ・バーナハに声をかける。
「クライヴ隊長から遣いが来た。俺達の計画にのってくれるってよ」
「今は放送局にいるのだったな。向こうの状況はどうなんだ」
ジェリドはシャワーを止めるとトニックシャンプーを取りがしがしやり始めた。
「内部の多くは情報の公開を求めている。ジャーナリストってのはかくありたいもんだ」
「事実上無血占拠は完了か」
「ああ、あとは放送するだけだ。みんなにも真実を知って考えてもらわにゃよ」
ジェリドが泡を洗い流した頭を振って水を払う。
ニコはジェリドの小物置きからシャンプーをとると直接頭に搾り出した。
「だが、混乱は必至だな」
同じく女性専用に作られたシャワールームでは、同じ件についてセリスタ・モデルノイツェンが話している。
「情報が公開されたら、スレイヴ・ドールはどうなるのかしら」
「なにいっとるんや?セリスタ」
水を浴びたまま立ち尽くすセリスタに隣のユニ・スカイチャイルドが尋ねる。
「スレイヴ・ドールは贅沢品。メモリウムがなくなると分かれば廃棄されるかもしれない」
「それは……でも、だったらなんでセリスタはこの計画に参加したんや」
水を止めてセリスタがユニの顔を見る。髪から水を滴らせセリスタは答えた。
「それも一つの道だから」
「……そろそろ出よっか」
ルティ・セイレーンが努めて明るく言った。
外に出ると丁度男性陣もあがったところであった。薄着のルティを見てジェリドが口笛を吹く。
「90のF」
「馬鹿」
「で、聞いたんだろ」
ニコが缶ビールを開けシートに腰掛ける。
「まあね。でも、放送局の人に迷惑はかけたくないな。ボク達に脅されてるって事にしたほうが後々問題ないかも知れない」
「それもそうやな」
ユニも同じ意見だった。何かあれば自分たちが身を張ってでも守る。それが最低限自分たちのとれるけじめであった。
「いよいよ、だな」
ジェリドもまたシートに腰をかける。
「成功すれば帝都が動く」(中略)
一方、帝国放送局。以前はリアルリンク・ネットシステムを使ってより多くの人を狙ったゲリラ放送を失敗させてしまった事を考え、今回は規模こそ帝都内テレビジョンに限られるものの土台を自分たちが抑えているだけ確実である。
簡単なセッティングがなされ、調整室のガラス越しに準備がほぼ整ったのが見えた。
薄暗かったスタジオを数十のライトが照らし、机の前に立つユニをテレビジョンの世界に送り込む準備はオーケー。
「いよいよだな」
調整室のジェリドが小声で言う。本当はここで声をひそめる理由などないのであるが、無意識にそうしていた。
セリスタは何事か考えているのかスタジオを見たままじっと動かない。ルティは物珍しそうに辺りを見回している。
ニコがジエリドの胸を叩く。
「ここはお前達がキューを下せ。いいだろう、クライヴ隊長」
クライヴは笑って片手を上げた。ジェリドはがらでもなく戸惑ったのだが、やがていつもの不敵な笑いを取り戻し、三本の指を差し上げた。
「三!」
次いでユニ。
「にぃ!」
ルティも続く。
「一っ!」
セリスタが呟くように宣言する。
「キュー」
局員達がパネルを操作すると、それは全ての帝都のテレビジョンとリンクする。ユニが緊張気味にマイクに向かう。
「えー、私たちは、真実を知っていただく為……」
無理をして標準語でユニが話始めたとき。
バチン!
どこかでそんな音が聞こえ、突然周囲が闇に包まれる。薄赤い非常灯が周囲を照らし出しても、彼らはこの現状がいかなるものかまったく理解できない。
「なんだ、敵襲か?!
ニコが通信機に怒鳴る。しかし、警戒にあたったもの達からは、
「敵影確認出来ず」
としか返ってこない。
ブレーカーを開いていたクライヴが怪謝な顔をする。
「ああ? こいつはただごとじゃないぞ」
「どういうことだ」
「この部屋だけじゃねえ、局ごとメモリウムの供給が断たれてやがる。そうか、向こうにはそんな手があったつけな」
クライヴがいかにも楽しそうに笑った。
何でこの人は笑えるんだとニコは顔をしかめた。マザードライブ壱号機コントロール・センターでは、その手を下したエグゼクター、カール・ノックスがふんと息を吐いた。
「やはりその手で来たか……アイゼンヴォルフといったか。忘れているんじゃないのか、エグゼクターもまたプランの漏洩阻止に全力を注いでいるって事をな」
「放送局のメモリウム供給は、これからどういたしますか」
「そうだな、一時間もしたら再開してやれ。同じことをするならまた停止だ。すでに切り札はこちらが押さえてるんだって事さえ分からせてやればいい」
「分かりました」
モニターに映る明かりの消えた放送局を見遣りながらカールは思った。
(見ろ、そいつがメモリウムの失われた世界、お前達のもたらすものだ。そんなことはさせん。絶対にな)「ちっくしょう!」
ジェリドが机を叩く。紅く染められた闇は敗北を惨めに飾る。
「まさか、こんな手があったなんて」
ルティもべたりと地面に座り込んでしまう。
「負けは負けだわ」
セリスタが呟く。場が完全に意気消沈した時、クライヴが口を開いた。
「んで、これからどうするんだ。締めるのか」
「冗談じゃねえぜ、隊長」
ジェリドが喰ってかかる。
「まだまだだ、一度や二度で認めねえぞ。何回でもやれるだけやってやらあ」
「その意気だ」
クライヴは心底嬉しそうに笑った。
「幸い、放送局はまだ俺達の味方だ。問題は」
「今回のことを含めたエグセグター側の妨害」
セリスタが続ける。
「少なくとも放送が終わるまでマザードライブ壱号機を押さえる必要があるな」
ルティも戦う気力を奮い起こした。
「まだ、しばらく付き合ってもらえるか、皆」
ニコの言葉に一同はそれぞれの合意を返す。
まだやれる。
まだこの攻防は終わっちゃいない。
成功しても世界に混乱を撒くことになるかも知れない。しかし、それでも真実を見据えることを心に決めた者達は止まることは出来なかった。
もしかすると、それはフライハイト・プランと同じお仕着せのヴイジョンであるかもしれなくとも。数日後、ユリア博士が行方不明になったという情報がアイゼンヴォルフにも舞い込んだ。理由についてはさまざまな推測が乱れ飛んだが、少なくともプランに嫌気がさした訳ではないらしい。むしろエグゼクターが一牧岩でないことが影響しているようだった。
時代の迷走は焼いていた。
HA3では、離反組PCたちが「アイゼンヴォルフ」という組織を立ち上げ、各人が結束を固める経緯について描かれています。
HA1ではパレード中に発生した自爆テロ事件で、要人護衛か怪我人の搬送かの二択を迫られるPCたちの葛藤。スレイヴ・ドールの少女を人間爆弾に仕立てたデチーソの非道っぷりや、全ブランチのセカンドリアを渡り歩くバニーガール、チェコ嬢の隠れキャラ的登場(笑)などが描かれていました。
HA2では、ユリア・フォルケンの命を狙うサンクシオンと、先行量産型超越種『アヴニール』部隊を率いるエグゼクターたちの死闘。感情を消されていることが仇となり、種としての脆弱さを露呈してしまう『アヴニール』と、人間たちの執念に屈するサンクシオンの最期が描かれています。
今回はジェリドさん、ユニ&ルティさんらと共同してのグループFA(フリーアクション)です。
フリーアクションは成功率が低く、加えて放送局絡みのフリーアクションは何故か死亡率が高いため(放送塔アンゲルマ・タワーはフライハイト・プランの中枢施設ありで、警備が強固。なんと生還率ゼロ)、どうすればFAとして採用されるか、またどうやってPC死亡のリスクを回避するかについて、何度も検討を重ねました。
関連ブランチの動向や、過去の同系統のアクションの失敗例を調べ、FAでなければならない理由として「他のブランチの勢力に協力を呼びかける」という点を前面に押し出したのは良かったと思います。
結果として、カールさんの電プチ作戦の前に敗れてしまいましたが、FAの結果がオフィシャル誌上で取り上げられ、他のプレイヤーへのアピール効果が十分にあった時点で成功だった、と思っています。
サンクシオンの最期に関われなかったのは心残りではありますが……。
この回、HA1で上層部を諭して怪我人優先の判断を下したフィーナ・エルヴィルさん(太白さんのPC)の活躍や、HA2でアヴニール隊を率いて血みどろの活躍をしたハオ・チャイさん(しまんだきよのさんのPC)の活躍が印象的でした。
全10回を通しても、ステラマリス・サガHAブランチは、各PCさんの印象的な活躍が心に残ったゲームでした。榊マスターのマスタリングって「活躍できない回は本当に端役だけど、全10ターンに一回は主役級の活躍を貰える」という印象があります。序盤に活躍が回ってこなくて、ゲームが嫌になってリタイヤしてしまうプレイヤーも多かったし、これに関しては賛否両論なんですけどね。