感想 佐藤亜紀の小説は、ほんとうに安心して読める。よく練り上げられ、ふくらみのあるストーリーと文章。この本も、期待に背かぬ内容だった。
恋愛とはおよそ程遠い、金目当ての結婚から始まる恋愛小説である。主人公のふたりは、互いに一度も「愛してる」などとささやいたりしない。しかもそれぞれに、別の相手との交渉もある。
だがこれは、このふたりの愛を語った物語なのである。象徴的なのは、主人公がその妻に出会う前から、彼女に恋してしまうこと。身内のだれもいない城館で、召使の中で暮らしてきた主人公が、自分に妻となるべき女性がいる、と聞かされただけで、いままで当然だと思っていた孤独にはもう耐えられない、と悟る。恋とは「この人でなくてはならない」という感情にほかならないが、その始まりは、案外こんなことだったりする。自分でも気づかず愛を欲していたときに、身近に現れた異性が単にその対象になるにすぎない。「この人でなければ」という思いは、そのあとからついてくる。だからといって、その感情はうそではないのだが。
そのあたりの機微をすんなりと納得させるところなど、やはり佐藤亜紀だ。 |