第4部際限無く膨らむ米国の傘

目 次
@米国の「テロ」とは何か A米国に正義はあるか B米国に振り回される日本
ロシアNATOに準加盟 NATO・ロシア理事会 NATO・ロシア共同宣言
同盟より連合重視 中国との安定構築 課題 関連地図
米口共同宣言 戦略攻撃戦力削減条約 戦力削減条約
力の差映す「新関係」
ロシアNATOに準加盟
安保共同決定へ新理事会

 
 北大西洋条約機構(NATO)は28日、ローマ郊外でロシアとの特別首脳会
議を開き、両者が安全保障政策のー部を共同決定する「NATO・ロシア理事会」
の新設に合意する宣言を採択し、調印した。かつての敵ロシアを準加盟国として
受け入れるもので、これをうけてNATOは、今秋にせまった最大7カ国の新規
加盟決定の準備を急ぐ。

 採択後、ロシアのプーチン大統領は「バンクーバーからウラジオストクまで、
一つの世界になる」と歓迎。また、ブッシュ米大統領も「かつての敵はパートナ
ーになった」と述べた。宣言によると、新埋事会が対象とするのは、対テロや大
量破壊兵器の拡散防止、軍事協力とロシアの軍改革へのNATOの支援、戦城ミ
サイル防衛、軍備管埋と信頼醸成、海難・災害救助など、双方の「共通の利益」
にかかわる9分野。

 ロシアは19加盟国と「対等なパートナー」として同等の発言権を持つが、議
事運営は「合意の原則に基づく」とし、あらかじめ合意が予想される議題のみを
扱う。しかし、集団的自衛権の発動など同盟の根幹の決定にはロシアはかかわら
ない。最高意思決定機関であるNATO理事会の独立性は保たれる。

 ロシアはブリュッセルのNATO本部に事務所を置く。新理事会は、年2回、
外相国防相埋事会を開催するほか、最低月1回、大使級埋事会を開催、このため
の準備委員会を月2回開くとしている。新理事会は、昨年の米同時多発テロ後の
米口協調をうけ、ブレア英首相が提唱、交渉が進められてきた。
NATO・ロシア理事会設立
NAT0、安定優先
利害調整機能、課題先送り

 28日に調印された北大西洋条約機構(NATO)・ロシア理事会の設立は、
旧敵を取り込むという重みにもかかわらず、提案からわずか半年で合意する素早
さだった。NATOとロシアは、期限までに合意し、関係強化を形にすることを
最優先。折り合えない部分は玉虫色のままで、新理事会がどう機能するか、予断
を許さない。


 NATOが急いだ理由は、11月の東方再拡大決定をスムーズに進めるため、
反対するロシアとの関係を深めておく必要があったからだ。冷戦後、ソ連という
敵を失ったNATOは、旧ソ連圏諸国との協調や拡大で欧州の安定を図ってきた。
99年にはチェコ、ハンガリー、ポーランドが新たに加盟。今年11月には、ソ
連に併合された歴史をもつバルト諸国など最大7カ国の加盟が決まる可能性があ
る。

 ロシアはー貫して、拡大に反対してきた。しかし、NATOは今月中旬、新た
にクロアチアを加盟候補国として承認。親ロ路線をとってきたウクライナまでが、
加盟の意向を示している。ロシアとの関係を改善しないまま拡大だけを推し進め
れば、旧ソ連圏に新たな不安定をもたらす懸念がある。ブレア英首相提案の新理
事会構想は、ロシア側をなだめる格好の枠組みだった。

 しかし、新理事会は課題も多い。最大の問題は、NATOとロシアの意見が食
い違った場合だ。合意を原則とするものの、両者の独立性もまた保障されるため、
意見が違えば理事会が空中分解する危険がある。前身の連絡協議機関「常設合同
評議会」は、ユーゴ空爆をめぐる対立で1年半にわたり中断され、関係が冷え込
んだ。議題については、1国でも加盟国が反対すれば協議しないなど、埋事会を
骨抜きにする方法はいくらでもある。

 ロバートソン事務総長は「新理事会の成功は参加国の政治的意思にかかってい
る」とくぎを刺した。ロシア側が「何の成果もない」と受け取れば、理事会はN
ATOとロシアの溝を深める危険をばらんでいる。
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孤立の損失ロシア回避

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孤立の損失

 「ロシアの目的は軍事協力でもNATO加盟でもなく、欧州大陸の平和と安定
に共同の責任を負うことだ」28日の調印式を前に、ロシアのイワノフ外相は新
理事会における役割に強い自負をにじませた。その自負には「過去からの重荷を
振り払いたい」という本音が潜んでいる。

 ロシアは最後まで抵抗しながら、東欧への第1次NATO拡大を止められなか
った。97年には常設合同評議会を発足させながら、近い関係だったユーゴスラ
ビアへのNATOの空爆を阻止できなかった。エリツィン前政権は、明らかな力
の差がありながら、大国の立場に固執し、欧州で孤立を深めた。この負の遺産を
清算し、米国を含む西側との関係を安定させることは、チェチェン進攻への西側
の批判を背負いながら出発したプーチン政権にとって重要課題だった。

 今回の合意は、28日の米口首脳会談で調印した戦略攻撃戦力削減条約ととも
に、昨年のテロ事件以来の対欧米協調路線の集大成だ。米ロ会談予定に合わせて
合意を急いだ背景には、国内世論に成果を示す狙いもあった。合意はバルト3国
のNATO加盟と引き換えでもある。プーチン政権は加盟に反対しながらも、
「どの国にも安全保障の手段を自ら選ぶ権利がある」と繰り返し、逃げ道も作っ
てきた。主張を通して孤立するより欧米への政治的影響力確保を選んだ。政権特
有の「現実主義」も働いている。

 財政的に破綻しながら、なお旧ソ連時代の姿をとどめてきた軍の規模を縮小し、
立て直す軍改革はこれからが本番。政権はNATOとの関係を安定させ、こうし
た内側の改革に力を注いでいくことになる。合意を警戒する中国とは6月初旬に
予定される上海協力機構首脳会議などを通じて関係再確認を急ぐ。
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円卓着席順も
加盟国の扱い

 28日のNATO・ロシア首脳会議で、ロシアのプーチン大統領は、ポルトガ
ルのドワラン・バロゾ首相とスペインのアスナール首相の間に席を占めた。慣例
であるアルファベット順に従って円卓を囲んだもので、文字通り、19の加盟国
と同等に肩を並べた。ロバートソン事務総長がNATO・ロシア新理事会の設置
を宣言した後、自席から演説したプーチン氏は「ついこの間まで、こうしてNA
TO加盟国の首脳と同席することは到底考えも及ばなかった。新理事会は紙の上
のものでなく、建設的な仕事をする場だ」と呼びかけた。
NATO・ロシア共同宣言(要旨)

 北大西洋条約機構(NATO)とロシアの特別首脳会議で採択された共同宣言
の要旨は次の通り。
一、NATO・ロシア理事会は、NATO加盟各国及びロシアが対等のパートナ
ーとして、共通の利益を迫求するために設置される。本理事会は全参加国の合意
を原則として、NATOとロシアの関係を前進させ、欧州・北大西洋地域におけ
る加盟各国間の安全保障に関する持続的対話を行うことを主眼としている。

一、NATO事務総長が理事会の議長を務める。外相、国防相級の会議を年2回
開催し、首脳会議を適宜開く。大使級の実務会議は少なくとも毎月開催し、参加
国ないし事務総長の要請で追加開催できる。理事会を補佐するため、NATO政
治委員会とロシア代表による準備委員会を設ける。軍の代表、参謀長クラスの会
合も開く。

一、理事会は常設合同評議会を引き継ぎ、次の分野での協力で合意した。
@NATO加盟国とロシアの部隊、民間機、社会基盤を狙ったテロ脅威への対処
Aバルカン地域を含む平和維持活動の情報交換と合同作戦の推進
B大量破壊兵器とその運搬手段の拡散阻止
C軍備管理と信頼醸成措置、欧州通常戦力条約の順守
D戦城ミサイル防衛(TMD)の協力強化と共同訓練などの可熊性の検討
E潜水艦乗組員救出などの海難救援活動
F合同訓練などの軍事協力と軍改革、NATO・ロシア統合軍事訓練センターの
設立可能性の検討
G自然災害や大量破壊兵器による民間救難支援
H新たな脅威への対応策として、航空管制と科学分野の協力
同盟より連合重視

 ブッシュ米大統領は28日、北大西洋条約機構(NATO)とロシアの新理事
会設置に関する合意文書に署名し、欧州歴訪を終えた。「米ロ新時代」のレール
を敷き、NATOの東方再拡大への布石を打つという狙いはほぼ達成された。
しかし、足元の米欧同盟はきしんだままだ。ブッシュ大統領は行く先々で、「私
と違う意見があっても結構だ。私は自分の価価を話しているだけだ」と語り、各
地の反ブッシュ・デモについても「民主主義が成熟している証拠」と繰り返した。

 大統領の言動から浮かび上がるのは、我が道を行くという単独行動主義だ。
米口関係の緊密化で「欧州は米ロの間で押しつぶされるのか」(伊コリエレ・デ
ラ・セラ紙)といった不安の声も欧州各国で顔をもたげている。しかし、大統領
は「一歩一歩前進する」実践的アプローチをとる、と言うだけ。欧州側の違和感
をあえて見ようとしない姿勢がうかがわれる。

 同時多発テロを境に、米国は「同盟」よりも、「連合」(コアリション)とい
う言葉を多用するようになった。そのときの都合で便宜的にパートナーを選び、
いつでも解消できるからだ。アフガニスタン攻撃でも、NATOの枠組みを活用
しなかった。英軍を除けば、作戦が山場を越えるまでは欧州各国軍の参加もやん
わりと断り続けてきた。

 大統領は各地の演説で「民主主義や自由という価価を共有する同盟」という言
葉を随所で使った。だが、対テロ戦のなかで、米欧同盟の位置づけは固まってい
ない。
中国との安定構築 課題

 北大西洋条約機構(NATO)本部があるブリュッセル。常駐する中国メディ
アの記者はここ数年で急増し、いまや日本をしのぐ。世界最強の軍事同盟である
NATOに中国指導層がいかに関心を払っているかのーつの証しだろう。
3年前、「人権」を理由にNATOが発動した対ユーゴスラビア戦争は、「台湾」
や多様な民族問題をかかえる中国には衝撃だった。「冷戦後も軍事力の役割は減
らない。必要なのは強い中国だ」と北京の外交研究機関幹部は語った。いずれ隣
国ロシアが米欧に傾斜し、NATOと国境を接するという「悪夢」まで想定され
ていた。そのロシアがNATOの準加盟国になった。新しいNATOは、中国が
当時恐れたような存在になるのだろうか。そうはなるまい。今回の新理事会設置
は、中国が描いてきた「NATOの脅威」の変貌を意味するからだ。

 国連安保理の常任理事国でもあるロシアが、大量破壊兵器の拡散や国際テロと
いう新たな脅威への対処で米欧との共同歩調を強め、たがいの信頼が民主主義や
人権という価値の共有にー歩ずつでも近づくなら、世界の安定要因となるだろう。
米ロ首脳会談を終え、ブッシュ米大統領を送り出した直後、プーチン大統領が
「我々が欧州にいることを忘れてはならない」と強調したように、地域大国ロシ
アを含めたーつの欧州への道が開かれたともいえよう。

 米国が旧敵を取り込み、欧州がNATO拡大という欧州安定化の枠組みを手に
入れ、ロシアは米欧への発言権と経済協力や軍改革支援という実を得る。同時多
発テロの後、一気に進んだこの取引は、決して悪くない。冷戦の終わりで、集団
防衛体制から事実上の地域安全保障機構へと変わったNATOは、ロシアの参加
で再び姿を変える。脅威の変容と経済のグローバル化が突き動かしたこの変化は、
要するにNATOの多重・多層化、軍事的な希薄化である。

 ブッシュ大統領は訪欧の最初の訪問地ベルリンの独連邦議会で、米国と欧州の
「文明」のー体性を説き、イラクの脅威との戦い、欧州の軍事力強化を呼びかけ
た。だが、欧州側の対米警戒感は変わらない。米欧の脅威感、安全保障観の落差
はそこまで深く、テロの脅威が鎮まればそのきずなはなおさら緩むだろう。
米欧ロの新たな政治的枠組み作りは、米ロの戦略合意とNATO・ロシア理事会
の創設によって、ひとまず完結した。今後のNATOの課題は、何より中国との
安定した関係をいかに構築するかに移るだろう。

 テロや民族紛争から地球温暖化まで、国際社会の脅威はますます多様化する。
NATOが軍事力のみならず、価値を共有する政治同盟として、これらに対処で
きるかどうか。ロシアの参加はこの意味でも試金石だ。
米口共同宣言(要旨)
米口共同宣言「新たな戦略的関係」の要旨は次の通り。

■米口協力の土台
 われわれは新しい戦略的関係を構築しつつある。互いを敵とみなした時代は終
わった。われわれはパートナーであり、安定と安全、経済的な統合の前進に向け
て協力する。この目的のため、米ロは2国間及び国際的な枠組みでの対話を強化
する。両国は民主主義、人権、表現とメディアの自由、寛容、法治、経済機会の
重要性を尊重する。

■政治協力
 米ロはすでに国際テロに対する地球的な戦いで同盟関係にある。両国はアフガ
ン安定での協力を続ける。2国及び多国協議、国連を通じての協力体制は、タリ
バーンやアルカイダのアフガンからの排除に重要な成功をおさめた。
 中央アジア、南コーカサス地方のすべての国家の安定と主権、領土的な一体性
の維持を目指す点で米ロは共通の利害を有する。対テロ、対麻薬での協力にあた
っては経済・政治的な発展と人権の尊重に配慮する。

 両国はNATO・ロシア理事会の発足と、そこで共同の意思決定と平等な責任
分担が図られることを歓迎する。中東和平プロセスで米ロは協力かつ並行しなが
ら努力する。バルカンでは民主主義と民族間の寛容、長期的な安定を推進。また
両国はイラク間題で建設的な対話を続けていく。

■大量破壊兵器拡散防止と国際テロ
 米ロは、緊密につながった国際テロの脅威や、大量破壊兵器とミサイル拡散を
始めとする21世紀の新たな地球規模の挑戦に直面するため、共同の努力を強め
る。大量破壊兵器とミサイ技術拡散防止のため、共同専門家グループを設置して、
兵器級核物質をさらに削減する方法を探求、拡散を防ぎやすいような新型の原子
炉や核燃料サイクル技術を提言する。化学兵器の廃棄についての協力も強める。

 米ロは核不拡散条約(NPT)や化学、生物兵器禁止条約の実施、強化など、
先んじた形での不拡散戦略に対する国際的な支持を追求する。大量破壊兵器拡散
防止のため、あらゆる諸国に、輸出管理の強化と厳密な実施、不法な移転阻止、
違反者の訴追、国境管理の強化を呼びかける。

■ミサイル防衛、戦略攻撃戦力のー層の削減、戦略的安全保険のための新たな協
議磯構
 米ロは軍事面においてお互いの戦略的関係の本質が変化したことを踏まえた手
段を講じる。今日の安全保障環境が冷戦中とは根本的に異なることを認識する。
ミサイル防衛計画やその実験についての情報交換、実験の視察のための相互訪間
など、信頼を強化し透明性を商める複数の措置をとる。早期警戒システムのデー
タ交換のための共同センター設立をめざす。ミサイル防衛に関係した共同演習の
拡大や、ミサイル防衛技術の開発のための共同研究の可能性についても、機密情
報や知的所有権の保護の重要性を認識した上で検討する。NATO・ロシア理事
会の枠組み内で欧州のミサイル防衛に関する実践的な協力の機会を探る。

 米ロは、国家安全保障上の要件や同盟上の義務に見合う形で、戦略攻撃戦力を
可能な限り削減する意図を宣言。第1次戦略兵器削減条約(START1)は有
効であり、ー層の削減に向けた信頼と透明性、予測可能性の基礎となる。米ロは
両国の新たな戦略的関係が、国際安全保障問題のあらゆる分野にわたる実質的な
協議を必要とすることで合意した。

この目的に向け、
一、両国の外相、国防相を長とする「戦略的安全保隣のための協議部会」を設立。
同部会は相互信頼の強化、透明性の拡大、情報や計画の交換などの基礎となる。
一、両国の国防省、外務省、情報機関の接触を拡大、常態化させる。

■経済協力
 米ロは、自由市場経済、経済的選択の自由、開かれた民主主義が、国民及び国
家の健全な発展に不可欠と信じる。両国は、ロシアのWTO(世界貿易機関)の
正式加盟を最優先事項とする。(旧共産圏諸国との貿易を規制する)米国のジャ
クソン・バニック修正条項からロシアを除外する重要性を強調。経済協力強化に
対する障壁の排除に努力する。
 両国間の貿易・投資の拡大に加え、特にカスピ海地域での石油、天然ガス開発
協力が強化されることを歓迎する。
米口、戦略攻撃戦力削減条約に調印
「友好」先行、内容50点どまり

■貯蔵で再軍備の余地残す
 今回の新条約を採点するとしたら、百点満点で50点といったところだろう。
 不満は三つ。まず、核を削減するとはいえ「解体」ではなく「貯蔵」でしかな
い。すぐまた配備できる。再軍備の可能性を残して軍縮と呼べるのか、大いに疑
問だ。次に、多弾頭の大陸間弾道ミサイル(TCBM)、SS18の廃棄などを
決めた第2次戦略兵器削減条約(START2)を未発効のままにした。すでに
ロシアからは多弾頭ミサイルを削減する義務はない、といった主張が出ている。

■ミサイル廃棄条約未発効
 イデオロギーの対立がなくなっても、ロシアの国内事情で新条約の枠組みが揺
るがされる危険性は否定できない。核弾頭を大幅に削減するにしても、ロシアに
はそのコストは深刻な問題だ。3点目は、新条約に米ロ両国以外の国々を巻き込
んだ核不拡散という戦略が欠けている点だ。米ロ両国以外の、いわゆる「ならず
者国家」や「悪の枢軸」と呼ばれる国々にこの条約が与えるインパクトはどれほ
どあるのだろうか。残念ながらゼロだ。

■「核不拡散」の視点が欠落
 問題のある国々への核拡散やミサイル技術の流出を食い止めるには、決意と外
交努力が必要だ。今回の調印に向けて、そうした視点や配慮、努力があった形跡
は認められない。一方で、この条約の締結がロシアを米国の「最強の友好国」に
変えることは期待できる。クリントン前大統領の首脳会談に何度も同行して、ど
んな外交努力よりも首脳同土の信頼関係が勝ると思い知った。条約の中身より、
両首脳が調印して「冷戦の清算」を世界にうたいあげることのほうが、将来に期
待をつなぐ。
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■ミサイル防衛とABM制限条約
 米国と旧ソ連は72年、戦略核兵器を撃ち落とす弾道弾迎撃ミサイル(ABM)
の配備が「相互破壊の保証に基づいた核抑止体系を崩壊させ、核の先制使用につ
ながる」との理由からABM制限条約を結び、74年に改定した。同条約は全土
を覆うミサイル防衛縄の配備を禁じているが、米国は、イラクなどによる大量破
壊兵器の攻撃やプロ集団による核使用など冷戦後の脅威に対抗するためにはミサ
イル防衛が必要だと主張。ブッシュ政権は昨年12月、ロシアに対し条約からの
ー方的脱退を通告した。6月に正式な脱退が成立する。

STARTプロセス
 冷戦終了直後の91年、米国と旧ソ連が第1次戦略兵器削減条約(START
1)を締結し、双方の戦略核弾頭を6千発まで削減することで合意した。同条約
はソ連崩壊で継承国となったロシアなどと米国の多国間条約として94年12月
に発効、01年12月には米国、ロシアの両国による履行が完了した。

 続いて米ロ両国は93年1月、核弾頭をさらに3千〜3500発ずつまで減ら
すSTART2に署名した。ロシア議会による批准承認が遅れたため、97年に
履行期限を03年から07年まで延長するなどした。
 ロシア議会は00年4月になってSTART2を批准承認したものの、米国に
対してABM条約順守を求める条件をつけた。だが、米国は受け入れず、未発効
のままだ。 各2千〜2500発までの削減を目指そうとしたSTART3は、
START2の発効後に交渉に入ることになっていた。
戦力削減条約(要旨)
米口両首脳が調印した戦力削減条約の要旨は以下の通り。

《前文》ロシアと米国は地球規模の新たな挑戦と脅威に対処するため、両国間の
戦略的関係へ向け質的に新たな基盤が築くことが必要であると考え、相互安全保
障、協力、信頼、公開性と予見可能性に基づいた真のパートナーシップをうち立
てることを希求し、戦略攻撃兵器の大幅削減を実現することに薄進し、(中略)
この条約が安全保障と協力を促進し、国際的安定を強化するためのよりよい条件
を築くことに役立つものと確信し、以下について合意した。

《第1条》
 それぞれの国は戦略核弾頭を、12年12月31日までに1700〜2200
発を超えないように削減する。双方はこの弾頭の量的制限を基礎とし、それぞれ
の戦略攻撃兵器の構造、構成を自ら決める。

《第2条》
 双方はSTART条約がその条項通り有効であることに同意する。

《第3条》
 本条約を実現する目的のために、双方は年2回以上、実現に関する2国間履行
委員会を招集する。

《第4条》
 1、本条約はそれぞれの憲法の手続きに従い、批准に付される。本条約は批准
についての公式文書が交わされた日に発効する。2、本条約は12年12月31
日まで効力を持ち、双方の合意により延長されるか、もしくは、この期限より前
に新たな合意に代えることができる。3、双方は相手国へ3カ月前に文書で通知
することにより、本条約から離脱できる。

《第5条》(略)
力の差映す「新関係」

米口首脳会談
 24日の米口首脳会談は「新たな戦略的関係」をうたいあげた。しかし、新条
約には多くの抜け道ができた。この条約と引き換えに、米国は弾道弾迎撃ミサイ
ル(ABM)制限条約からー方的離脱を宣言。条約が消滅する来月にはアラスカ
でミサイル防衛開発のための実験施設建設を始める構えだ。米ロ関係の変容を反
映した新条約は、2国間にとどまらない新たな問題を生んだ。

「しばり」解け危うさも
平和実現、米国の裁量に

 米ロの新条約は、相互の不信の上に立った核大国の「しばり合い」の時代が終
わったことを告げた。冷戦時代の軍備管理は過去のものだというブッシュ大統領
の言い分もあながち誤りではない。問題は、これが「より平和な世界」につなが
るかどうかである。ABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約からの離脱をはじめ、
米国が旧来の桎梏(しっこく)からみずからを解き放った後の世界は、米国のー
極支配にどう向き合うべきかをますます問いかける。

 両国の核弾頭数を現有の3分の1にまで減らすという合意は、画期的なものに
見える。戦略兵器削減条約(START1)が調印された91年に米ソ双方の実
戦配備弾頭数が、それぞれ1万発を超えていたことを思えば隔世の感がある。
だが、条約通り1700〜2200発に減っても、なお両国を壊滅させるのに十
分過ぎる。

 しかも、条約は弾頭をどう削減し、いかに処理するかを双方の自由裁量とした。
米側は実戦配備から外す弾頭のー部は廃棄せずに、いつでもミサイルに再搭載で
きる「裏の核戦力」として温存しょうとしている。そうした弾頭を加えれば、米
国の弾頭数に実質的に大きな変化はありえないという専門家の予測さえある。
そこには「21世紀の脅威」をにらんで、軍事的、政治的有効性から「使える核
兵器」をめざすブッシュ政権の戦略が透けて見える。

 いや、米国の真の狙いは、もともと核削減をてこにロシアをミサイル防衛(M
D)の土俵に引き込み、MD開発に抵触するABM制限条約離脱をモスクワに認
知させることにあった。MDが成功すれば「ならず者国家」やテロ組織からの大
量破壊兵器の脅威に備えることにはなるだろう。だが同時多発テ口事件後、MD
だけでは米国の安全を維持できないことがだれの目にも明らかになった。一方、
ABM条約をはじめとする旧来の戦略的枠組みがなくなれば、米国が戦略的に圧
倒的な優位を独占する。それでいて、中国を含む安定的な国際戦略環境をどう築
くかについては、米国自身にもまだ確たる方向はない。

 冷戦期と違い、米ロの合意がそれだけで世界秩序を左右できる時代ではない。
だが「しばり合い」がなくなった分、その単独行動志向とあいまって、米国次第
で世界が揺さぶられる危うさが増したことは間違いない。

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ロシア「阻む力なし現実見て譲歩」
米国、ミサイル防衛「ゴーサイン」
■普通の関係

 調印式後の共同記者会見。ブッシュ大統領は「きょうは歴史的で、希望に満ち
た日だ」と切り出した。「われわれは完全に新しい関係を切り開いた」 一方の
プーチン大統領は首脳会談の冒頭で「この会談は過去の会談とは質的に全く異な
る。新しい関係は、ブッシュ大統領とそのスタッフの積極的な参加で実現された
ものだ」と持ち上げた。

 しかし、ブッシュ政権発足直後のロシアに対する米国の対応は冷たかった。
プーチン大統領は戦略核削減の交渉の駆け引きに糸口を見いだし、テロ事件を機
にー気に対米協調へかじを切った。今回の条約調印は「一連の外交の成果」との
思いがロシア側にはある。ブッシュ政権も首脳会談に向け、米国がロシアに科し
ている旧ソ連時代からの貿易制限条項の撤廃を議会に働きかけた。しかし、議会
はロシアの米国産鶏肉輸入制限を理由に応じなかった。

 プーチン大統領はその知らせに「米国にはまだわれわれの関係を『米ロでなく
米ソだ』と思っている人々が多い」と皮肉った。だが、会見では「今後議会レベ
ルでの協力が問題を自動的に解決してくれるだろう」と楽観してみせた。米高官
は「この種の経済紛争は友好国同士の『普通の関係』で起きる。ミサイルの応酬
でなく、鶏肉で悩むのは米ロ関係が前進したあかしだ」と話した。

■ロシアの現実
 「ロシアにとっては(米国の協力による)台湾のミサイル開発が不安だ」記者
会見で米国記者がロシアにょるイランの原発建設への協力に触れたとき、プーチ
ン大統領はこうきりかえした。2国間には大統領の個人的関係だけでは解決でき
ない問題がある。経済面でロシアが期待していたのが米国がロシアに科している
旧ソ連時代からの貿易制限条項の撤廃や、世界貿易機関(WTO)加盟への後押
しだった。しかし、ブッシュ大統領の働きかけにもかかわらず、米議会は貿易制
限条項の削除に応じなかった。ブッシュ大統領もこの点は「米議会が動いてくれ
ることを願う」とあいまいなまま。WTO加盟も含め「いつ解決できるか、予知
するのは難しい」と認めざるを得なかった。

 プーチン政権は、多くの譲歩を強いられたことを隠そうとしていない。ロシア
の対米接近の根底にあるのは徹底的なリアリズムだ。経済、軍事での米国との力
の差は明らか。米国の意思を最終的に阻むだけのカードは今のロシアにはない。

■交渉の落とし物
 米ロは昨年7月、イタリア・ジエノバでの首脳会談で、戦略核削減とミサイル
防衛をセットで協議することに合意した。ロシア側は条約交渉の最終段階で、こ
の合意に言及するよう強く求めた。ミサイル防衛を調印後も協議テーマとするこ
とで、何らかの「歯止め」をかけた形をとるためだ。しかし、今回の共同宣言は、
ミサイル防衛技術の共同研究の可能性に言及。プーチン大統領は「ミサイル防衛
をめぐる2国間の対話の原則を定めた」と強調してみせたものの、ABM条約を
「すべての戦略的安定のかなめ」と主張してきたロシアは苦しい立場に立たされ
る。