『螺旋の周辺』もくじへ
関富士子詩集『
螺旋の周辺』より
|
風の経路 |
| |
| |
|
わたしはわたしの道連れに |
|
なだめられつつ |
|
地異の五月 |
|
天変の九月を |
|
歩き続けた |
|
|
|
立ち止まれば |
|
わたしの道連れ強力老人の |
|
きりりと締まる足のすじ |
|
おおその強力を頭にのせて |
|
はるかな天のすじへ |
|
強力老人の白くまぶしいあしうらを向け |
|
わたしの苦役はあまりのもの |
|
|
|
なんという原野 |
|
この辺りにわたしのほしい |
|
うぐいの実てんまぐされんりもくなどあるかい |
|
|
|
あかまだらの岩かげに寄れば |
|
はざまをぬって風が吹きつけ |
|
独白を伝播する |
|
この経路は風の道 |
|
|
|
だから強力老人よ |
|
肩にごりつく腰骨から |
|
湧きあがる悪だくみを |
|
さあ話してくれ |
|
|
|
そこで強力老人 |
|
天を見上げ |
|
天から類推する |
|
脊椎と大腿骨の間の |
|
無限の黎明を説き明かした |
|
|
|
このように光は連鎖して |
|
再び連れ戻すのじゃ |
|
わしの道連れへと |
|
おまいの目をわしがおおっても |
|
おまいは歩けるわしの声を頼りに |
|
|
|
おまいとわしの半身に |
|
めかくしのように陽が照りやみ |
|
わしたちをひとりの人間のように |
|
この岩に写し出したならば |
|
わしたちの誕生は |
|
間近だ |
|
|
|
すると重たい腐蝕の砂が |
|
老人の口とわたしの目とに |
|
吹きつけて道を危うくさせる |
|
|
|
めちゃな老人 |
|
あなたの説教が |
|
わたしへの慰め |
|
あなたにとりつかれた |
|
わたしまでがそれを願うとは |
|
あなたを振り落とす方策に |
|
歯がみしているというのに |
|
|
求愛 |
| |
| |
|
詐欺師の技術を学びたくて |
|
改悛をよそおい面会を乞うた |
|
顔をインド模様で縁取り |
|
女がそれらしくふせっていた |
|
甘い薬にくずれおちた |
|
手指をかくしてほおえんだ |
|
まぶたを目の上に折りたたみ |
|
とめどなく乱反射の瞳孔を洗っていた |
|
それでもカードを取り出して |
|
少年の魅惑について語ってくれた |
|
|
|
教えてください |
|
今度宇宙船はいつ来るのか |
|
恋人はまだわたしの暴力沙汰を怒っているか |
|
蜜蜂はどこで野垂れ死にしたか |
|
虎は激情の木の周りで |
|
すでにバターになったのか |
|
なぜ占いの信憑性を |
|
暗い星に問いかけるのか |
|
|
|
女はカードを広げながら |
|
カードに映して後ろの窓を見張っている |
|
いつからか長い間結婚をとりもって |
|
まのびしたうなじを辛く支えながら |
|
いそいで窓のカーテンを上げると |
|
スリッパの上に男がひっそりとのけぞっている |
|
殴られて意気消沈しているのだ |
|
わたしが来るとうの前から |
|
犬に似たあごをかみしめて |
|
繰り返しうわの空で尋ねている |
|
いつだって? |
|
どこだって? |
|
なぜだって? |
|
|
|
あなたのせいですお伽ぎ話に |
|
明日のことを仕組んでこの人をだますなんて |
|
あたしが未熟なせいでと女はうなだれる |
|
あのひともとうとう硬直してしまった |
|
あなたもあらぬことすべてを尋ね尽くして |
|
ナイフに似せたからだになったら |
|
どうかあたしのせいだと思ってね |
|
わたしたちは謝罪しあった |
|
おたがいの脇腹にてのひらをあてがい |
|
くすくす笑いを確かめながら |
|
|
旅行 |
| |
| |
|
うずらの迷彩をおもいながら |
|
北の地方さみしい絶壁で |
|
わたしたちが食べつくす肉や草が |
|
肥満を誘うのだろうかあなた |
|
すべての発明家は不具で |
|
すべての神も不具だったが |
|
忘れ忘れてわたしたちを待ちもうける |
|
子午線と座標軸 |
|
かりゅうどばち |
|
かりゅうどばちの仔とパン |
|
まるで極彩色で |
|
くすんだ屋根裏にそぐわない夢 |
|
もしも夢がそれらをおもわせるなら |
|
すでに夢は埋葬 |
|
わたしたちのものはみんな箱詰で送り |
|
アジアのもっと暑い国へ季節を箱詰で送り |
|
人びとの息を蘇らせようと |
|
続けているのだ |
|
不思議な殺人や風船旅行を |
|
そこらへんまるでよりどころのない |
|
平らなあたりの影や光で |
|
盲になりして迷ったものだ |
|
|
|
おお巨大な愛のようにわたしからたちのぼる水蒸気 |
|
その影の向うに |
|
うちひしがれたあなたがいて |
|
うわ目づかいに鳥を食べている |
|
次は馬だといいながら |
|
そのような数世紀 |
|
山かげの小動物やつよい脚の昆虫たちの |
|
すばやい変転に望みをたくして |
|
わたしたち絶壁の食欲で |
|
あらゆる獣を殺している |
|
このわたしだって目であなたを食べ |
|
いちどはしゃがんで捨てたのだ |
|
ひとりのクロノスのため |
|
次のクロノスのため |
|
命名/別れ/結婚 へ
『螺旋の周辺』 もくじへ