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| 腕いっぱいのカンパニュラを抱えたおばさんはこの広い畑の主だ
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| 鋏を響かせて丈高い茎を切ると白やピンクの吊り鐘がその胸に倒れこむ
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| 溜まったしずくが音楽のようにあたりに飛び散る
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| おばさんは手ぬぐいをとって輝く頬を拭いている
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| 鍵がないと思いこんだのはなぜだろう鍵はちゃんとかばんの中にあったのに
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| わたしが叱られた子供のように家の周りをうろついているあいだ
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| きみの番号から無言電話がかかってきた二分おきにしつこく三回だ昨日も一昨日もだ
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| かけてないのに?
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| わたしのケータイはわたしの知らないうちに勝手にだれかに電話するらしい
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| 恨みがましくひどく恋着して相手を傷つけようと無言で
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| きみのケータイは壊れているようだ
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| わたしが壊れたとでも?
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| きみかきみのケータイかだ
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| 北の空はすっかり晴れたのに太陽のある辺りはまだ雲が厚いので
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| 全体は明るい日陰におおわれている
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| 笑い声の中に強い風の音が混じる
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| 大人たちのコートは黒く傘はまだ濡れているのに
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| 自転車で行く少女たちはもう半袖だ
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| なぜあんなに透明なのか生きているとも思えない
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| 夜遅く半分壊れ落ちた巣に胸の赤いツバメがうずくまっていた
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| 花柄の傘に驚いてわたしと目が合った
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| ツバメは巣を作り直すだろうそしてまたカラスに襲われる
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| 三度まで卵やヒナを落とされて去年はあの巣を捨てたのだ
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| なのに今年もやって来るなんて
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| どうしてあげたらいいかわからない
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| ハルゼミが螺子を巻くジージージージ
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| すると錆びついたゼンマイがほんの少し巻き上がる
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| 逆戻った数秒のあいだに雨は雲に歌は沈黙に
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| 数秒は一気にほどける雲は雨に沈黙は歌に
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