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あなたの全身がなんだか霞んで見える。たくさんの微粒子が体じゅ
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うに漂って、それぞれが光に反応しているのだ。髪にも睫にも汚れ
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た頬やてのひらにも。動くたびに舞い上がり、あなたをますます霞
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ませるこの細かい塵。
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また森へ行ったね。
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あの枯葉のベッドでだれと寝てきたのか。
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葉脈と葉柄を残してちりぢりに砕けた葉、毬果の弾けた羽根片、た
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えまなく飛び交ってゆっくりと地に落ちた花粉、しおれて乾いた茎
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や花びら、木の実やそれが落ちたあとの硬い萼、枝や幹から剥がれ
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たがさがさの皮膚。森に育って死んだものたちが厚く積み重なった
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窪地で、わたしたち十人は鎌を一本ずつ持った。昼の白い三日月の
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ような、鈍いはがねの刃。短い木の柄が付いて、手で扱うのにちょ
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うどよい、小ぶりの農具だ。厚い枯葉の中から緑の鮮やかな笹が突
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き出ているのを刈っていく。分厚い死の中にはびころうとする生を
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断ち切る作業を、わたしたちはおこなった。
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カマだって?
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鎌という言葉はマガマガしい。しかし、鎌の刃は内側に反っている
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から、扱いに気をつければ刃物のなかでもそう危険なものではない。
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草をしっかりつかみ、向こうから手前に動かして根元を刈る。うっ
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かりしていると、鋭利な刃先が、屈んだ自分自身の臑を傷つけるん
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だ。長靴を脱いでごらん。どこかにけがをしていないか。
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その鎌を腰に挿して、はじめは熊手で枯葉を掻いていく。 それは、
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巨人の、骨だけになった手首のように軽い道具だ。注意深く掻き分
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けると、小さな緑のものたちが隠れている。スミレの丸葉や肉厚の
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単子葉たち、黒土から盛り上がろうとする、大きな緑のクリトリス
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を、光と冷たい空気にさらす。十人は無言のまま鎌を使った。刈っ
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たあとは大急ぎでてのひらで芽に葉をかけてやった。すると、そこ
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に置いたはずの鎌が見当たりません。あわてて地面を探り、枯葉の
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中から鎌を掘り出す。もう手から離さないと決心してさらに刈って
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いく。集めた枯葉を大きな背負い籠に入れて、近くの堆肥槽に運ん
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でいきました。ダブルベッドを横長に三倍したほどの囲い場です。
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木の枝を蔓で粗く組んで、囲われただけの簡素なベッド。底は深い
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のだが、今は新しい枯葉が大量に投げ入れられ、目の前いっぱいに
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盛り上がっている。
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死んだ葉の欠片が、ばらばらと落ちて浴室のタイルを汚す。襟元に
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も袖口にも、靴下の中やズボンの腰周りまでたくさん詰まっている。
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この乾いた香りは死そのものがたてるのか。森の墓場からだれかを
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連れてきたのか。せっかく理想的な死を得た奴を、再び目覚めさせ
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るなんて。あなたはずいぶん汗をかいたね。そのまま乾いて、首筋
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に塩辛い黒い線ができているじゃないか。
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草刈り作業が終わったとき、鎌は箕の中に九本しかなかった。何度
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も数えた。十人はたしかに十人、しかし鎌は九本だった。わたした
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ちは顔を見合わせて互いを確かめ合った。わたしではありません。
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わたしは返しました。そこの箕の中に入れました。みんなが口々に
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言った。鎌が一本足りない。でもわたしではありません。わたしは
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失くしていません。すると一人の老人が言った。その人は作業の合
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間に、頭がくらくらすると言って、切り株でたびたび休んでいたの
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です。もし失くしたのがわたしなら、申し訳ないことをしました。
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すると十人は口々に言った。いいえ、失くしたのはわたしかもしれ
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ません。そうです。わたしです。
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わたしが失くしたんです。
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鎌はどこへ行ったんだ。
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その刃を振り上げて、向こうを向いた人の体に突き刺せば、背中は
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三日月形にえぐられて、もうかんたんに抜き取ることはできない。
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それがあなたの背中に突き刺さっている姿を思うとぞっとする。誰
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かと別れ話のあげく、その堆肥槽の中で見つかったって不思議はな
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い。そいつがやらなければおれが殺したかもしれない。もう命はな
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いんだね。
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だからあなたの姿はそんなに霞がかかっているんだ。
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十人はまた窪地に降りていって、かぶせなおした葉をもう一度熊手
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で掻いてみた。溝の中もさらった。窪地の先の沼まで行ってみた。
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しかし、鎌は見つかりませんでした。十人はとうとう堆肥槽の周り
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に集まった。わたしたちの最後の仕事は、この堆肥槽の中に入って、
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体の重みを利用して盛り上がった葉を踏みしめる作業なのだ。もう
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ここしかない。鎌は葉といっしょに背負い籠に入り、運ばれて槽の
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中に入ってしまったのだろう。槽の中は深く、底の方は腐って黒い
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柔らかな腐葉土になっている。しかしその上は、今年の新しい枯葉
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でいっぱいだ。この堆積の中から、鎌を探し出すことなどできるの
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だろうか。
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すると、枯葉のベッドには三日月型の刃が隠されているというわけ
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だ。それが鎌を失くした者の報いなのか。そいつは誰を裏切ったの
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だろう。マットレスの中で背中をえぐられるほど罪深いのはあなた
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しかいない。
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ほんとうは、あなたが鎌をなくしたのではないか。
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みんなが手をつかねて立ち尽くしていると、さっきの老人が囲いの
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横棒に乗って立ち上がり、手足を伸ばして泳ぐように堆肥槽の中に
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飛び込んだ。みんなはあっと叫んだが、老人の体は頭から葉の中に
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突っ込んでいて、すっかり埋もれていた。わたしたちはみんな、顔
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を三日月の刃でえぐられ、血を流す老人の姿を思って息をのんだ。
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すると、老人は、ゆっくりと顔だけ起こしました。彼は無傷で、雑
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木林の間の空を見上げ、幸せそうに、ははあ、と笑ったのです。わ
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たしたちは歓声をあげて、次々に重なるように堆肥槽の中に飛び込
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んでいきました。鎌を求めて両手を差し伸べ、葉に埋もれながら笑
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った。わたしたちの口や鼻や目や耳に、砕けた枯葉が微粒子になっ
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て流れ込み、いっぱいに詰まっていきました。
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