HOME書庫鳥の歌

                     鳥の歌(第1部)


 これはもともと朗読コンサート用に作られたものです。戦争の悲しみと平和への憧れをうたったカタロニア民謡「鳥の歌」を、チェロを用いてBGMとしながら朗読をするコンサートをする予定でした(残念ながらこれは実現されませんでしたが)。互いに敵同士の兵士が砂漠に取り残され、しだいに双方の立場や苦悩を理解していくという物語の展開になっています。



 第1部

 砂漠の戦場
 これは、もうずっと昔の、私がまだ若かった頃の出来事である。
 当時、私の国では、砂漠の真ん中を流れる一本の川を境に、西に住む民族と、東に住む民族が、激しい戦争を繰り広げていた。私は小さな町で医者を生業にしていたが、長引く戦況で兵士が不足し、ついには民兵として招聘され、戦場に駆り出されることになった。
 くる日も、くる日も、焼けつくような砂漠の真ん中で、かつては仲良く暮らしていた民族との間で、殺し合いを続けたのである。
 私は軍医としての任務を授かっていたので、負傷した兵士たちの治療に専念し、武器をもって敵を殺すことはなかった。
 だが、たとえ武器をもたされたとしても、人の生命を尊重するべき立場の医師として、いや、むしろ、ひとりの人間として、私は敵に向けて銃を発砲することなどできただろうか?
 仲間たちは次から次へと、血だらけの変わり果てた姿となって、救護テントに運び込まれてきた。しかし、その大半は恐ろしい苦痛のうちに死んでいった。今朝もまた、元気な姿で最前線に出かけていった友人が、夕方には、私の腕の中で死んでいった。昼夜を問わず、治療と看病にあたったが、まるで死体を製造するかのような毎日に、ただただ無力感に襲われるだけだった。
 そんなある日、とりわけひどい戦いが繰り広げられ、両軍とも絶滅の危機に瀕することになった。やむなく数人の兵士が援軍を呼びに戦地から去っていった。
 それ以来、響き渡っていた銃声はピタリと止み、まったく聞かれなくなった。嘘のような、信じられない静けさが周囲を支配した。おそらく、敵の兵士たちも援軍を呼びに、その大半が退却していったのだろう。
 私はひとり救護テントで治療に当たり、最後の負傷兵が息を引き取るのを見届けると、おそるおそるテントの外に出た。
 広大な砂漠は満月に照らされ、この世のものとは思われない美しさと幻想的な姿をさらしていた。
 だが、その美しさを味わい尽くす間もなく、私はこれまで蓄積された疲労のため、ひんやりとした砂の上に横になると、気を失うように眠りについた。

 敵に遭遇する
 まばゆい光と共に目に入ってきたのは、敵の軍服を来たひとりの中年の男の顔だった。
 男は私にライフル銃をつきつけ、歩くように命じた。
 私はおそるおそる男に語りかけた。
「みんな退散したと思っていたよ」
 男はぶっきらぼうに答えた。
「私だけは、ここにひとり残ったのだ。兵士として逃げることは屈辱だからな」
 背中に銃口を向けられたまま、私は砂漠を歩き続けた。
 ひどい乾きと疲労にあえぎながら、ようやく日が傾きかけた頃、戦争で廃墟と化した小さな村が見えてきた。そして、その中にあった小さな石作りの納屋に、私は閉じ込められた。
 たったひとつの、小さな格子窓から男の顔が見えた。
「おまえは捕虜だ。数日もすれば、私の援軍がやってくる。残念ながら、おまえはその場で殺されてしまうだろうが」
 私は自分を励ますように、言い返した。
「その前に、私の援軍がやってくるだろう。そうしたら君は、その場ですぐに撃ち殺されてしまうだろうよ」
 けれども、男は顔色ひとつ変えることなくいった。
「そのときは確かに、私は殺されてしまうだろう。だが、おまえの援軍が来るのを遠くから見かけたら、私はまっさきにおまえに向けて銃を発砲するだろう。敵が来たら捕虜を殺せ、このように命令を受けているのだ。私は兵士として、任務をまっとうしなければならない」
 どのみち、私は生きてこの納屋から出ることはできないらしい。その絶望的な気持ちに、押し潰されそうになった。

このページのトップへ

SIDE MENU