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                     鳥の歌(第4部)

 第4部

 もし生まれ変わったら
「生まれ変わったら、君は何になりたい?」
 何気なく、私は男に尋ねた。
「私は、もし生まれ変われるのなら、鳥になりたい。私の故郷の鳥に。何の煩わしいこともなく、美しい故郷の風景を眺めながら、自由気ままに空を飛ぶ鳥に・・・」
 男はぽつんとそういった。
 四日目の朝がやってきた。
 もし援軍がやってくるならば、そろそろやってきてもおかしくない時期である。
 私は緊張し、男も緊張していた。
 敵の軍隊がやってきたら、私は間違いなく殺されるだろう。味方の軍隊がやってきたら、私はどうなるのか? この男は、本当に私を殺すだろうか? 男のいうように、人格が変わってしまい、私を悪い虫けらのごとく「駆除」するだろうか?
 かもしれない。その可能性は否定できない。ならば、この男の人格が、残虐な兵士の人格に変わる前に、何としてもここから逃げ出さなければならない。そのチャンスは、今しかないかもしれない。昼間は暑くて遠くまで歩けないから、逃げるんだったら、今夜しかない。
 よし。今晩、何としても彼を説得して、ここから逃げ出そう。

 脱出のための説得
 そして、夜になった。
 私は説得のきっかけとして、昨夜の話の続きから入っていった。
「君は、一度、軍隊を辞めたんだったね。ということは、君が今回、こうして戦場に来ているのは、私と同じように、招聘されたわけだ。つまり、君も今は民兵なんだろう」
 男は少しいらついている様子で、首を振って答えた。
「いいや、違う。私は民兵ではない。再び兵士になったのだ」
「再び軍隊に入ったのか? いったいどうして? 奥さんに気の毒だと思わないのか?」
 男は突然立ち上がり、怒鳴り声をあげた。
「ええい!うるさい! 黙れ! おまえの知ったことか!」
 そういうと、男はライフル銃で格子をガンガンと叩いた。
 私は失望した。これまで対話を繰り返し、お互い人間として触れ合い、理解し合えたと思ったのに、何も変わっていないように思われたからだ。
 私はあせった。何とかしなければ。もう今夜しかチャンスはないかもしれないのだ。私も非常にイライラしてきて、格子窓から怒鳴りつけた。
「この大馬鹿ものめ! 君は奥さんのことを、あれほど愛している、大切にしているといいながら、もっとも奥さんが望まないことをしているじゃないか。君はまだ、お父さんの呪縛から自由になれないのか! 早く親離れするんだな。今頃、奥さんは家で心配しているぞ、悲しんでいるぞ!」
「悲しんでなんかいるものか!」
 男は怒り狂ったように目を剥いて怒鳴った。
「どうして、そんなこと、わかるんだ!」
「妻は、妻は、もうこの世にはいないからだ!」
「なんだって!?」

 復讐に燃える鬼
 男は、呼吸を荒くさせ、吐き出すように叫んだ。
「妻は、戦争で死んだのだ。おまえたちの民族に殺されたんだ。私は妻の復讐をするために、軍隊に戻ったのだ。おまえたちの民族をひとり残らず皆殺しにするために!」
 男の身体は激情に震え、顔は真っ赤で、目は怨念そのものだった。まるで別の人格になっていた。これが、男のいっていた兵士の人格なのか? もはや、人間ではなかった。まさに、鬼そのものだ。まるで吸血鬼だ。
「おまえも、妻を戦争で殺されたというではないか。ならば、私の気持ちがわかるはずだ。幸せを奪われた者の絶望が」
 そういうと、男は両手で頭を抱えながら、ウーッ、ウーッとうなった。まるで、自分の中に誰かがいて、その相手と必死に戦っているかのように。月の光に照らされ、髪を振り乱すの鬼のような姿は、背筋が凍るほど不気味でおそろしいものだった。
 ところが、ふと男の顔が、格子窓の私の方に向けられた瞬間だった。男の眼から涙が流れているのが見えた。ほんの一瞬だったが、その眼はとても優しく、極めて人間的な眼になっていたように感じられた。慈愛に溢れたその眼、おそらく、かつてこの男が、愛する妻に、また、子供たちに向けられた眼に違いなかっただろうと思われるものだった。その眼から、川のような涙が流れ、その眼で、男は私のことを見つめた。これほど悲しく、これほどあたたかい眼を見たことはなかった。私は人間の本質をそこに見た思いがした。
 まもなく、男はふらふらと暗い闇の中に消えていった。

 良心の痛み
 私は夜中の間、ずっと考えていた。
 あの男が叫んだ言葉、すなわち、「おまえも、妻を戦争で殺されたというではないか。ならば、私の気持ちがわかるはずだ」という耳にしたとき、私はなぜか、嘘をついていたことに対する良心の痛みを覚えた。私には最初から妻なんていない。だが、最愛の妻を殺された男の痛みがわかるような気がした。
 また、こんなことも考えた。
 私はこうして牢獄にとらわれているが、彼もまた、目に見えない牢獄にとらわれているのではないのかと。もしかしたら、その牢獄は、私が閉じ込められている牢獄よりも頑丈で、絶望的なのかもしれない。

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