2009年11月22日
民主党政権は信用できない(2)
まずは本日の産経新聞社説から。産経に限らず、地方紙で裁判員制度開始半年関連の社説が結構掲載されています。多くが裁判員経験者の声を生かせとの論調ですが、経験者の声を生かすことが万が一にもできたとして、被告人が納得できなければ定着しないのは当然の話。これに関しては私としても思うところもあり、後日また触れたいと思います。
さて、本日は民主党政権の姿勢を信用できない件について触れたいと思いますが、私として警戒しなければならないと考えているのが「議員立法原則禁止」「官僚の国会答弁禁止」姿勢です。民主党政権の目玉である政治主導による政権運営方針、政府・与党の意思決定の一元化の一環として行われるものですが、極めて危険な事態を招く可能性もあります。そもそも政府・与党の意思決定の一元化というのは、近代憲法における三権分立の大原則に反して立法府と行政府を一体にすることです。
民主党のこの姿勢がどんな弊害を招く可能性があるのか?私は薬害肝炎訴訟において議員立法で救済したケースを本ブログで取り上げました。行政府が行政の誤りを認めず、司法府も現行法では救済できなかった薬害肝炎問題のケースで立法府は手をつけていなかったので議員立法で救済したというわけで、これが三権分立が成り立っているからこそ成立した論理です。もっとも、民主党の議員立法禁止も原則論であり、肝炎対策法については例外的な議員立法もあるという報道もありました。しかし、民主党の基本姿勢として政府・与党が一体化すれば、例に挙げた薬害肝炎問題などはより救済が難しくなる危険性があるのです。
また、政府・与党の一体化となれば、より国民が行政姿勢に反対を言いにくい構図になってしまいます。すなわち、現民主党政権は、政府に行政官として議員を多数送りこんでいます。脱官僚・政治主導という大義名分の下、行政府に「与党の民意」というお墨付きをより強い意味で与える危険性もはらんでいるのです。とりわけ前回総選挙で衆議院再可決が可能になる3分の2近くの議席を獲得し、一時期ほどではないにせよ鳩山政権への支持率も高い現状です。ただでさえ現政権には一般有権者である国民から反する姿勢を取りにくいムードがある中で、今の民主党政権が行政府・立法府一体となった暴力的政権に変貌した場合、暴走を止めるセーフティネットが機能しなくなる危険があるということです。これがかつての「民主主義のシステムから生まれた」ナチス・ドイツの全体主義と同じ構造でした。
そういえば、ナチス・ドイツの司法制度をモチーフに作られたのが裁判員制度だといわれています。裁判員制度は民主党も賛成票を投じた以上は絶対推進姿勢を堅持したままですし、制度の廃止などまるで考えてはいません。ここに政治主導による立法府・行政府の一元化姿勢を加えると、ますます政府与党の意向に逆らう「裁判員制度廃止」世論については全く受け入れられないどころか、政府与党による弾圧姿勢を招く危険さえあるのです。しかし、そんな政府与党の姿勢の可能性があろうとも、我々は負けるわけには行きません。前自民党政権、現民主党政権ばかりか、共産党までもが間違ったことをやっているのです。間違ったことを権力がやっている以上はいかなる手段を使ってでも潰すまでです。場合によっては海外の助けも借りなければなりません。
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2009年11月21日
日米安保は改めて根底から考えよ
まずは落合先生のブログ経由、早稲田大学のシンポジウムから。裁判員裁判におけるCG利用の可能性についてのシンポジウムに先立って識者への事前インタビューが掲載されていますが、極めて重大な問題は、被告人の人権保障の観点がまるでないことです。彼らは、裁判員の負担を軽減することを大義名分に検察が証拠写真を変造する可能性について語らなかったのでしょうか?検察による証拠変造がまかり通ればそれこそ冤罪の温床になり、ひいては、刑事裁判の大原則である「適正手続、冤罪防止」が画餅に帰することになります。私のブログに書き込んで下さった読者が紹介したTBSのニュースサイトを含め、公正な裁判を歪める危険性を一切考えない裁判員制度がいかに危険か、表のメディアで「裁判員制度そのものへの批判につながる発言をタブー」にする有識者全体の責任も極めて重大です。
本日、大手メディアから「岡田外務大臣、核密約公式に認める方針」との報道が一斉に流れました。まさしく日米安全保障条約の正統性にかかわり、ひいては日本国憲法の最重要条文である第9条の存在の根底にも関わる大問題であることは言うまでもありません。日米安保が原点からその根幹がインチキであったことを認めるのであれば、その原点に戻って議論をやり直せというのは当然の話です。
大半の大手・地方メディアは、日米安保の存在は絶対的前提とした上でそれを土台とした議論を進めようとしています。しかし、絶対的前提となるべき論拠が根幹からインチキであれば、それを下にした議論はすべてインチキになるに決まっています。その意味で岡田外相の姿勢はある程度は評価しますが、あくまでそれは日米安保の存在そのものから根底的に議論することが大原則です。これからの日本という国の行く先をいかに持っていくか、そのためには日米同盟の存在が果たしてよいのかどうかから国民的議論をすべき時期に来ているといえるのです。それもこれも、アメリカという国自身も世界的影響力という意味で低下しているからで、そうなると、わが日本はアメリカべったりの現状からアメリカとは袂を分かつくらいの覚悟が必要にもなってくる可能性さえあるのです。
それを無視して、日米安保は絶対だという前提で議論しようものならば、ゆくゆく日本自身が取り残される可能性があることも考えなければなりません。日本が日米安保にこだわっている間にアメリカと中国が協調路線を取った挙句日本がカヤの外に置かれる可能性。あるいは、オバマ政権も立ち行かずに日米安保だけが取り残されて安保ごと他国・他勢力との力関係が劣位になる可能性。起こり得るありとあらゆるケースを考えた上で今後の日本のあり方を国民的議論として巻き起こさねばならないわけで、その意味では、大手メディアがほとんど今後の日本の路線として考慮に入れていない、反米、親アジア、親中国路線も一つの案として出すべき時期にあるともいえるのです。
日米安保を存在の根底自体から原点に戻って国民的議論にするという場合、裁判員制度の存在そのもの自体について国民的議論をしないことは絶対に許されません。日米安保も裁判員制度も国家統治の根幹に関わる重大な事案で、かつ国民的議論を十分にしないまま権力の論理で国民に押し付けた経緯があるからです。日米安保では新聞社の「7社共同宣言」で反安保国民運動を権力とメディアの結託で潰しましたし、裁判員制度でも同じような構図があります。仮に現民主党政権が「日米安保はインチキでした。原点に戻って国民的議論をします」といいながら「裁判員制度は存在は絶対的なものとして国民皆様の手で育てていきましょう」といえば、これはとんでもない二枚舌、民主党政権は一切信用できないというしかありません。
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2009年11月20日
改めて問う「刑事裁判は何のため?」
最近は本当に何のために刑事裁判があるのか?という疑念を抱かざるを得ないような事態が相次いでいます。私が過去にも触れたのですが、讀賣新聞記事でも掲載されたように仙台の殺人事件被告人が「裁判員の負担しか考えていない、裁判員が入ると刑が重くなるに決まってるから裁判官裁判のほうが良かった」と不満を述べたり、自身の刑事裁判手続について市橋達也容疑者に「親に連絡してほしくない」とまで言わせたり、いずれも裁判員制度の存在そのものが大きな要因になっているのだから救いようがありません。
また、本日報道がありましたが、横浜地裁で保護観察つき執行猶予判決を受けた元被告人が保護司への報告をせずに所在不明になっているという事態も起きています。保護観察制度全体への不信を招きかねない事態です。保護観察といえば、犯罪白書関連社説が大手、地方新聞でも結構取り上げられていて、裁判員裁判で執行猶予への保護観察つきが増えたことを歓迎しています。しかし、裁判員にさせられる市民にとって法律用語でもある「保護観察」など普通は知らないはずです。ですから、ほとんどの裁判員にとって、任務させられて訳も分からないまま評議室で「保護観察をつける方が良いでしょう」と裁判官に半ば誘導させられるまま保護観察をつけてしまうケースがほとんどだと考えられます。保護観察制度についてほとんど実態を知らない裁判員に保護観察をつけられるような、こんなやり方で判決を出される被告人はたまったものではないでしょう。
仙台の裁判員裁判では被告人に「むかつく」と非難糾弾をした裁判員がいたことも話題になりましたが、この態度を事もあろうか被告人の弁護人が理解を示すという事態もありました。こんな人権感覚を持った弁護士に弁護されたのでは被告人にとって自らの立場を十分に守れないのは明白でしょう。改めて考えなければならないことですが、刑事裁判は「被告人の人権を守るための適正手続」が大原則です。これらの被告人の言葉を真剣に受け止めるのが法曹で仕事をしている方々の役割ではないのか?日本の裁判員制度は元々から成り立ち自体に「被告人のためというのではなく国民一般として重要な制度」という国会説明があったのだから話になりません。すなわち、法曹というより、権力全体が総与党化して近代憲法の大原則に違反する行為をやっているわけです。
未だに法曹や権力全体、さらにメディアもその誤りを一切認めない態度ですし、金輪際彼らは誤りを認める態度に転向などしないでしょう。我々としてもそのことを前提にして彼らに臨むしかありません。彼らが絶対に誤りを認めないならどうするか?裁判員制度は絶対に認められないと考える被告人や容疑者を使ってまでも、無理やりでも「裁判員制度は間違っていた」と認めさせるしかありません。当然、総与党化した国内レベルでは公正な評価は不可能ですから、海外とも絡める必要があります。市橋容疑者事件では英国の助けも借りる必要もあるでしょう。
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投稿者 高野 善通 : 22:54
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2009年11月19日
これが公正な裁判か?
今度は佐賀地裁で追加選任ですか…しかも、追加選出人数はこれまでで最多の40人。これでは、候補者追加選出がいわば「普通」の事態になることで一回の追加選出人数が増えたり、あるいは元々の抽出人数が現在の100人前後からより増えるような事態にも陥りかねません。あくまで現段階で扱われている事件は自白、単一事件、単一被告人というケースが大半。これがオウムや和歌山カレークラスの否認、複数犯、複数事件、死刑求刑というレベルになればどんなことが起きるのでしょうか・・・?ということで本日のエントリーで考えたいと思います。
本日多くのメディアで報道があります(参考・讀賣新聞)が、仙台地裁の強姦致傷事件で男性裁判員が被告人に対して「むかつくんですよね、昨日から聞いていて」との糾問をしました。それ以前にもこの裁判員が「この裁判は面倒か」「捕まったのは運がなかったと思ったか」といった質問があり、さらに「検事の質問に当たり前の答えしか返ってこない」「反省するのが一番じゃないですか」という質問までして、冒頭の糾弾にまで行き着いたとのことです。さすがにこの裁判員の態度に対しては裁判官の制止がありましたが、裁判員制度の本質的性格がモロに出ている典型例です。
ここまで来ると、裁判員は「公正な判断を下す裁判官役」ではなくまさに検察側の立場でモノを考える「検察員」、いや、検察にとっては「検察の主張以上のことを考えてくれるお得意様」とまでなりかねません。現実に讀賣新聞記事で始まってから46件の裁判員裁判で検察側控訴が一件もないのも、検察側にとってほとんどの裁判が満足いく結果だからこその話です。検察側に満足いく裁判が連続しているということは、逆にいえば弁護側にとって極めて厳しい結果が連続しているということです。
つい先日の徳島新聞社説(徳島新聞に限らずメディアがほとんど同じ感覚)では、"期待されているのは、法律の専門家とは違った「市民感覚」である"という表現がされていますが、日本人的市民感覚が裁判員制度に持ち込まれると、まさに仙台地裁で行われた被告人糾弾という形になる危険性が極めて高いのは、この制度が世論として持ち上がったきっかけともなった光市事件における「司法も敵」という被害者遺族の発言にも如実に現れています。こんな「市民感覚」を裁判員制度に持ち込むのは、公正な裁判、世界的刑事司法の常識である被告人の人権保障にとってはかえって「有害無益」と言うしかありません。
制度推進弁護士側の論理として「参加したくない市民ほど裁判員裁判に参加してほしい」というものがあります。というのも、彼らにとって裁判員制度に積極的に参加する姿勢を示す候補者の大半は、ここで述べたような検察側の論理を裁判に持ち込む可能性が極めて高いことが分かっているからです。検察側の論理を持ち込みそうにない制度に消極的な候補者こそ適任だ、というのが彼らの考え方です。しかし、市民の多くが「裁判員制度に参加することそのものが公正な裁判にとって有害だ」というムードを感じているからこそ、彼らの多くは事前辞退を申し出たり、選任手続の下で任務不適格思想を持ち込んだりするのです。その結果はどうなるかというと、ますます仙台の男性裁判員のような性格の持ち主が多く選ばれる可能性が高くなり、ひいては被告人にとってとんでもないリンチ裁判になるのです。
それにしても、この仙台地裁のケースはさておき、徳島では遺体の証拠写真について裁判員の心理的負担を理由に採用しなかったり、神戸では弁護側の弁論が「証拠に基づかない」検察側の指摘から削除されたり、東京地裁では冒頭陳述で性犯罪被害者に配慮して一部削除して朗読するなど、証拠などの扱いをめぐっても一体公正な裁判とは何か?と考えさせられる事態が続出する裁判員裁判。制度の存在自体がおかしい、って分かっていながら、権威や権力が全員賛成した以上改められない、この国の根底的な悪弊を物語っています。
なお、弁護側の理由なき不選任については報道が結構ありましたが、最高検の方も公表したそうです。特に注目は、その理由として「公平な裁判を否定する発言や態度があった」という項目で、この情報を我々が広めていくことも重要な方針になりそうです。
(追記)市橋達也容疑者への取調べでとんでもない事態がありました。この讀賣記事などメディアが一斉に報道していますが、検事からは「このままでは社会に出られないぞ、死刑になるぞ」、刑事からは「黙っているから親族にマスコミが取材に行ったぞ」といった取調べがあったそうです。このエントリーで指摘したことがやっぱり起きていました。まさに取調べの任意性が争点にされそうですが、今後殺人事件として立件されて裁判員裁判にかけられたとしても、メディアの報道による先入観が既に入っている市民に公正な判断など下せるのでしょうか?
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2009年11月18日
民主党政権は信用できない(1)
本日、「裁判員経験者の98%が良い経験をした」という新聞記事が一斉に掲載されました。こんな見出しを一切信用できないのは、そもそも消極派を排除して最終候補者として呼び出していること、メディアや裁判所という権威の下で行われるアンケートゆえに「やりたくない」などといういう本音を書きにくいムードがあること、そして、仮にでもアンケートで「良い経験とは思えない」回答割合が高ければ、メディアが裁判員制度推進になるべく都合の良い欺瞞的な報道をするはずです。二重にも三重にも裁判員制度翼賛のフィルタがかけられている以上、こんなデータの信憑性などないに等しいものです。
さて、高山俊吉弁護士に対する懲戒処分問題で次期日弁連会長選挙への立候補資格がどうなるかが波紋を広げています。まさに裁判員制度反対派に対する弾圧の一環として行われたというしかありませんが、弁護士に対してはこのような攻撃が行われますが、弁護士でない裁判員反対運動員に対してはどんな弾圧が待っているかと考えると、やはり刑事弾圧の可能性が最も高いといわざるを得ません。ということで、本日は保坂展人氏のブログから。
児童ポルノ禁止法案に限らず、著作権侵害の非親告罪化法案、著作権侵害物ダウンロード違法化法案などが議論されています。これらはまさしく「平成の治安維持法」と化す危険性が極めて高いものばかりです。というのも、著作権侵害に当たるもの、児童ポルノと定義されるもの全部を摘発対象にするなど実務上不可能ですから、捜査当局の都合で見せしめ的に摘発される危険性が極めて高くなります。そうなると、当然のことながら捜査当局、広く言えば権力にとって都合の悪い勢力がまず摘発対象になりますから、我々裁判員制度反対派は真っ先に槍玉に挙がる危険性がますます高くなるのです。まして、総選挙前に提出されていた元与党の自民党・公明党案とほぼ同じものがまたしても提出されるというのですから、余計に危険性は高いというしかありません。
保坂氏の昨日のエントリーでは、児童ポルノ禁止法案が全会一致で通過する可能性についても示唆されています。全会一致で決めてしまったことでとんでもない事態が現実に起きているのがまさしく裁判員制度というしかありませんが、権力による恣意的弾圧にも使われかねない政策でも簡単に「全会一致」で通るケースが増えるようになれば、それこそ国会が何のためにあるのか分からない機関にさえなりかねません。
国会審議の形骸化・・・実は、民主党政権で危険性のある事態が進行しようとしています。後日指摘しますが、これは、まさにわが国の民主主義にとって危機的状況と言うしかありません。
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