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関富士子未刊詩篇より
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グスタフ・クリムトに寄せて





接吻



空いちめんの星をふり仰いだとき

凶々しいあなたの影が

わたしを抱きしめた

目を閉じてもなおも星はまたたき

ひざまずく草むらに散りかかった

永遠と思った一瞬が過ぎて

死を願ったのに死神ではなかった

わたしはあなたのうなじの付け根の

固い骨を愛撫した





ダナエ



電話を待つ

すると雨が降っている

雨があなたをもぬらすようにと祈る

待っている間に

愛の言葉を練習する

でもうまく言えない

愛の形にへこんだ寝床に

千年の雨が降りしきる





期待



あなたが笑っているのを

物かげに隠れて見た

手をのばせば届きそうな

紅潮して輝くほお

笑いのあとの息も聞こえる

わたしを待っているのに

すぐそばのわたしに気づかない

わたしはあなたに見とれたまま

危うい物かげに立ちつくす





サロメ



わたしを愛さない男を

愛する だから

憎しみ、侮辱、妬み、絶望などの

幾重ものかさぶたで

わたしの胸はごわつく

愛されることはかなわず

抱擁を断念することもできない だから

男の眠るのどぼとけは無傷だ







詩誌「オルフェ」no.90(1990年3月)
 



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関富士子未刊詩篇より

冒険



リョウがささやく

冒険だ どこか遠いところへ行こう

お母さんにもないしょだよ

うん 行く 遠いところへ

けれどその夜

娘は母にうちあけた

すきよすきよ お母さん

娘は母を抱きしめる



どこか遠いところへ行きなさい

リョウといっしょに

風が吹くところならどこへでも

母も寝台も先生も

あなたにはいらないリョウさえいれば

歓喜も艱難もふたりのもの



イーダやカイの遊ぶ北の国

死んだ人々の集まる広場

牙をむく狼を逃れ突進する列車に飛び乗り

激流にめまいし木々のざわめく梢にふるえ

深い闇の衣に包まれて

リョウと泣きなさい



かじかむ手と手をつなぎ

泉にもぐって地下水脈をたどれば

古代の石油のせせらぎの向こうに

きらめく胚芽の堆積が

あなたたちの食べ物だ

明け方には

おびただしい昆虫の羽化に立ち合い

濃い水蒸気がつくる太陽の輪暈の中で

リョウと眠りなさい



夢の中で

あなたは大人になって家に戻り

だいすきな母が老いて

さんざしの下の丸椅子に座っているのを

見るでしょう



海の干満のたびに陸地はのびちぢむ

星々は点滅して信号を送ってくる

森林は甘やかな酸素のガスを吐きかける

風も水もあふれるばかりの言葉を

あなたがたの揺籃に注いでいる

リョウといっしょに

すべての物語を聞きなさい





詩誌「オルフェ」no.89(1989年12月)
 



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