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ニワトコ
早朝の理科教室に集められた若枝。カッターナイフの鋭い切り口をそろえ
て、机の上に、班ごとの生徒の人数分だけ束ねられる。春早く3〜5対の
奇数羽状複葉を伸ばすが、今はかき取られている。それらすべての傷口に
小さく盛り上がったたくさんの水滴。すでに下の机は湿ってくろずんでい
る。野山に生える落葉低木。高さ3〜5m、小葉の長さ5〜12cm。樹
皮の中に、白く太い髄が詰まっている。カッターナイフの刃を2〜3回折
りながら、枝をさらに5cmほどに切り刻む。柔らかい樹皮に生徒たちの伸
びた爪を立てるとたやすく剥ける。青くさいにおいが教室に満ち、彼らの
爪はあくでくろずむ。髄は真っ白で湿っている。神経質な者は、わずかに
残った繊維を爪で擦っている。それを奪い取り、さらに鋭利な新しい刃で、
髄を薄く薄く切り、注意深くプレパラートに載せる。
スミレ
a *親切心があるかあるいは同情心がある。…bを見よ。
*親切心も同情心もない。…fを見よ。
b *特別な同情心はないが親切心がある。…アオイスミレ・バイオレット
*特別な同情心がある。……cを見よ。
c *涙は径1〜3cm、自生種。
*涙は径4〜8cm、園芸種。
d *声は黄色。…キバナノコマノツメ・オオバキスミレ
*声は黄色でない。…eを見よ。
e *唇は、同情のきわみに裂ける。…タチツボスミレ・ニオイタチツボスミレ
*唇は、同情のきわみにも裂けない。…ツボスミレ
f *手巾は3つに全裂し、裂片もずたずた。…エイザンスミレ
*手巾は裂けない…gを見よ。カバノキ
あなたの書斎の窓に立つ雌雄同株の落葉高木。若木のうちは肌の色
は赤褐色か灰褐色で、手のひらもぎざぎざが粗い。6月にけものの
尾状の花序をつけ、花被のある雄花を上腕にかざり、むきだしの雌
花を下腕にかざる。泥炭地に住む土神たちが代わるがわるやってき
ては、はちみつ色の滑らかな幹をだきしめる。実には翼のあるもの
が多く、深山に飛んでいって林をつくる。皮つきの材はよく燃える
が、樹皮は紙状にはがれる。秋には、おびただしい樹皮があなたの
机に積まれ、冬じゅう白紙のままである。
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トケイソウ
横たわるあなたの寝室の柱に巻きつく、鑑賞用の蔓植物。巻きひげ
を葉腋から出して、いつも同じ場面をめぐりながらよじ登る。テラ
スにたたずんで待っているあなた。その胸の高さほどのテーブルが
ある。椅子は5脚で、背もたれの先端近くにとげがあり近寄れない。
皿は5枚で内面の色は白か淡紅。お茶は注がれていない。はげしい
のどの渇き。ナフキンも5枚で淡紅色(ときに淡青色)でいつもた
たまれている。家族は5人か。ナイフも5本で柄が花糸で結ばれて
いる。葉には2、3の傷があるが、鮮明でくりかえし巻きもどる。
黄熟した液果をたらした、うがい用の水のわずかな香りがある。副
花冠の記憶は糸状で多数。ネジバナ
屋敷の南にわずかに残る荒れた芝生にそびえる開かずの塔。芝生を
駆ける者はすでにいないが、彼らのために初夏から真夏にかけて、
塔の外側に赤、あるいはピンクの螺旋階段があらわれる。多年草。
根に近いところは傾斜があんがいに急で、先端にちかづくにつれて、
螺旋が密になる。ねじれた花穂を出し、唇弁はそりかえりわずかに
開く。子房と穂の軸に白い毛が密生してすべりやすい。縁にこまか
い刻みがならぶので、かろうじて墜落をまぬがれる。塔全体がねじ
れ、先端はとがっていてドアはない。
タマシダ
あなたの息苦しい胸の下、肺臓の渇いた岩場に生える常緑性のシダ、
分裂した線型羽で、しだいに細くなる。肝臓のスポンジに洗われて赤
緑色である。多少つやがある。大量の酸素を送ると、かさかさと膨ら
んでもろい肋骨を持ちあげる。基部には突起した耳があり、血潮の満
ち引きをはかる。縁には浅い鋸状の歯がある。根茎は海岸にほぼ直立
し、心臓の波打ち際までとどく。根のところどころに蟹の形の塊茎を
つける。ほふく脚をのばし、その先に蟹芽を生じて新個体を増やす。
胞子嚢群は、羽の静脈の末端に生じ、腎臓形のマメに包まれている。
せきこむたびに小さい心臓形の胞子を散らす。
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ノアザミ
野原に自生する多年草だが、まれに繁華街の路地裏に咲く。ドレス
は花時にもロゼット状に広がり、倒卵状長楕円形で羽状にみすぼら
しく中裂している。裂片は5〜6対でふちにとげが多く、かさつい
ている。声をかけられるまま近づいてよく見ると、口のまわりにも
多細胞の毛がまばらに生え、葉裏の脈上にもすね毛がある。全体に
ひどく毛深くごわつき、とてもつきあう気にならないが、案外気が
よくてさっぱりしている。素っ気ないがらがら声でララバイを歌っ
ていることもある。初夏にはぼさぼさの髪を束ねて、枝の頂きに紅
紫色の管状花頭花を直立させる。花冠は、まれに白色、紅色などの
異品があり、だれもいない秋枯れの街に、わずかな色を残してすが
れる。ときに首の折れた一輪が、詩人の蹴るサッカーボールに献じ
られることもある。
*Y.F氏「サッカー」gui30
イノコズチ
山野の樹下に藪状となって生える。花は秋に咲き、花被片はちくち
く尖る。毛の抜けかわる獣たちが好んでこの藪にもぐり、からだを
かがめてむずがゆい背中をこすりつける。花下にちくちく針状の小
包葉があり乾皮質。小包葉の基部に1mm弱の翼があり、実は胞果で
1種子がある。熟すと小包葉のちくちく針で毛皮につき、山野を移
動し種子を散らして繁殖する。散歩に出かけた飼い犬が戻ると、そ
の腹にびっしりとついていて、ぶかぶかに抜けかけた毛とともに辺
りに飛び散る。あなたは、わたしのショールやエプロンを注意深く
点検すると、次にペチコートを脱がせておもむろに裏返す。ちくち
く針は繊維に深くくいこみ、むしり取るしか方法はない。取っても
取ってもきりがない。あなたが根気よくむしり取るあいだ、ちくち
くと赤く腫れたふくらはぎを掻いている。
※メンデルおじさんの野菜畑にてエンドウ
善良に膨らむ AA─┐ ┌─善良なずん胴 AA─┐
├─善良に膨らむAa─┼─善良なずん胴 Aa │3
邪悪にくびれるaa─┘ ├─善良なずん胴 Aa─┘
└─邪悪なくびれ胴aa1
A型鞘は優性遺伝子
ヒルガオ
尊大な円形に広がるRR─┐ ┌─円形RR 1
├─謙虚な椀形に広がるRr─┼─椀形Rr┐2
卑屈な筒形に広がるrr─┘ ├─椀形Rr┘
└─筒形rr 1
R型スカートは不完全優性遺伝子
スイートピー
忘れっぽく開くCCpp─┐ ┌─嘘つき CcPp9
├─嘘をつくCcPp─┼─忘れっぽい CCpp3
夢見がちに開くccPP─┘ ├─夢見がち ccPP3
└─忘れっぽくかつ夢見がちccpp1
C型P型口唇は補足遺伝子
タマネギ
頑迷に垂れる CCrr─┐ ┌─能天気 CcRr9
├─能天気に揺れるCcRr─┼─頑迷 CCrr3
せっかちに頷くccRR─┘ ├─せっかち ccRR3
└─頑迷かつせっかちccrr1
C型R型頭は条件遺伝子
*文体および語彙の一部は、日本百科大事典別冊原色植物図鑑(小学館)による。
(詩誌gui no.46.1995.11月 no.47.1996.4月 no.51.1997.8月 北沢十一個人誌「地上」vol.15.1995.10月)
HISTOIRE NATURELLE,GENERALE ET PARTICULIERE,PAR LECLERC DE BUFFON (「ビュフォンの博物誌」工作舎)NO.14 J.P.Tourneforlの分類:花と果実による
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