
vol.10
関富士子の詩vol.10
約束
贈り物
好き
完全なわたし
約 束
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どこかで電話が鳴っている |
あたりにもやがかかっていて |
からだが動かない |
かきわけて手を伸ばすと |
どうしたの |
もう四十分も待ってるのに |
と言う人がいる |
ふるがきて指に力が入らない |
今日の約束だったでしょ |
寝てるの |
ああそうだ約束だった |
でもいつ |
どこで |
だれと |
頭がぐらぐらする |
待ってるから来てね |
すぐ来てね |
ああ待ってるんだ行かなくちゃ |
手さぐりでセーターを被る |
スカートをはこうとすると |
膝ががくがくする |
パジャマを着たままだ脱がなくちゃ |
セーターの下からむりやり引っぱる |
袖のどこかにひっかかって |
腕が上がったまま抜けない |
また電話が鳴る |
ズボンが足にからまって |
そのまま倒れこむ |
頭をがんと殴られる |
手も足もねじれたまま |
やっとのことで受話器を取ると |
待ってるからね |
と言う人がいる |
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贈り物関富士子)へ
贈り物
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なんども名を呼ばれるので |
ハイと答えると |
見知らぬ包みを差し出す |
いったいなにを |
こんなわたしに |
まったくとつぜん |
なぜどうして |
どこのどなたが |
ぜんたいどこから |
どんなわけがあって |
どんなきもちで |
と問うまもなく |
その人は |
包みの重みを |
すばやくわたしに預けて |
はやくちで |
ハンコください |
と言うのだ |
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好き(関富士子)へ
約束(関富士子)へ
好 き
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と言うと嘘だと言われる |
嘘でこんなことを言うだろうか |
でもどうやら疑われている |
うたぐり深いところも好きだ |
いったいどうしたら |
好きと信じてくれるのか |
オカネをあげたらいいのか |
ハダカになればいいのか |
ほんとうに好きなのを |
しょうめいしなければ |
リコンすればいいのか |
ジサツしたらいいのか |
どれもいやだと言う |
いやがるところも好きだ |
好きなところを数え上げても |
全部なのだからきりがない |
一生好きと言い続けて |
好きと信じてくれたとしても |
好きになってくれるとはかぎらない |
そんなこともわからないで |
ただ好きとだけ言う |
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完全なわたし(関富士子)へ
贈り物(関富士子)へ
完全なわたし
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| ないと気づいた瞬間に喉がひりつくような
| からっぽの汗ばんだてのひらを握るような
| 煙草とか
| お酒
| バッグの中の8種類のビタミン剤とピル
| 愛とか恋とか
| 夫とか子供とか
| メールとかケータイのメッセージとか
| 冷蔵庫の9パックのアイスクリームが6パックになると胸がどきどきするような
| そんなものはなくても困らないのだ
| かの大震災を見よ人々は
| 死ぬことよりも1本の煙草が吸えなくて
| 苦しんだのだ
| と言われる
| そうだそのとおり
| なにがあってもじぶんひとりだけで心穏やかに生きることが大事
| 煙草も
| お酒も
| クスリもやめて
| 夫も子供も捨てて
| 意味ありげなメールもはやくちのメッセージも
| 愛人とも恋人とも冷蔵庫のアイスクリームとも別れて
| 何にも頼らず何にも縛られない自由な
| たったひとりで何ひとつ欠落のない完全な
| わたし
| これでいつ死んでも大丈夫
| 地震でも火事でもやって来いっ
|
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きょう、ゆびわを(小池昌代)へ
好き(関富士子)へ