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関富士子詩集『螺旋の周辺』より



螺旋の周辺



舞踏
  
  
 魚や鳥がますますやせて、獲物をみつけられず、猫が迷って川に
落ち、胸骨をあらわにはいあがってくるとき、娘たちは、伝説とな
った不遇の時代、あの海べでの、洪水や飢饉の面影を、確かにかぎ
つける。
 なおも怠惰な彼女たちが、タイピストは爪を刈りこみ、オペレー
ターは右腕を太らせながらも、交差のない渦巻状の道を歩くとき、
舞踏のようなさかしまのくねりで揺れるのは、彼女たちが不具であ
るためばかりではなく、浅き信仰を思わせるその面影を、何度とな
く身にまといつかせてきたためである。
 螺旋型の山が悪意の森であるならば、蹠を最も美しく、掌を最も
汚すこの舞踏は、悪意の森にさえも祝福されていたい一族の、怠惰
な祈りであるだろう。




選抜
  
  
 夏至のころ煮凝りの真昼には、16歳からの苛立たしい数年間を
おくる若者たちが集まり、鞣革のように光る、汗ばんだ背を陽にさ
らし、互いに打ち合ったりして開始を待つ。ゲームの道具は三日月
形の薄い刃で、そのつめたさは彼らが握ると氷のようにとけるかと
思われる。
 ゲームは常に連続した鎖状を保たねばならない。若者たちは輪に
なって、一人に刃を向け一人から刃を向けられる。あるいは切りつ
けられあるいは切りつけて、おびただしい勝者と敗者が決定し、な
おも勝ち残ったものは新しい前方の敵に向かって挑むのだが、彼の
後方には、またもや彼を追う者が、曲がった径の見えない向こうで、
彼の姿を探している。
 観客は、山の麓の台地に陣取って、この泥試合を観戦するが、切
りそこねた上腕筋が、走るにつれてぶらぶら揺れると、かすかな興
奮を伴う仔鬼のような悪罵が、狭い台地にふきこぼれるのだ。
 観客がゲームを十分に楽しみ、その夜の夢でひとりの男にとどめ
をさすころ、山の麓のまるい林の道には、勝者の中の勝者が、最後
の敗者たるべき者と共に、その立場を絶えず交代しながら、闇夜を
疑い深く走り抜けていく、つめたい足音が聞こえるであろう。




所有
  
  
 連なる樹々の葉を翻して射す光をからだからしたたらせ、今朝も
樵夫は赤樫に斧を打ち込んでいる。その正確な音を頼りに、三人の
男が息をきらして赴くと、湿った草がけばだつわずかな勾配の小径
は、ひとしく熱い酸素を吐く赤樫の林に続いている。樵夫はふと顔
を上げ、ゆうべの夢占をするように考えこんで、三人の男がやって
くるのを見つめる。
 宣告は、この林の中で行われる。
――あなたの後見人
  あなたの補佐人
  あなたの検察官
 三人の男が名のるので、樵夫はようやく斧を捨て三人とともに立
ち並ぶ。
――われわれは、あなたについて
  禁治産の請求を済ませました。
 樵夫は肯いて赤樫の林立を見上げ足で土を擦りながら、いそいで
やってくる宣告者の、草の上を滑るひそかな足音を聞いている。
 この樵夫、りっぱな胃袋に親族と配偶者を放りこみ、あの日から
の開墾に全力を尽くし、独断を守ってきたのだが、樵夫の野心の深
さを測れば、心身喪失の樵夫が失うべきは赤樫のみである。





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