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関富士子詩集『螺旋の周辺』より



螺旋の周辺



季節
  
  
 火を持たない無機物、月のような淡白なものでさえも、春先、こ
の地方の半ばを占める草原に、野火の巨大な伸縮が二ヶ月も続く季
節、その焼け焦げた額を露わにして徘徊する人々を、押しとどめる
ことは困難である。
 釣竿を支え、先端に去年の固い麦の穂先をつけた糸を火の海に垂
らし、渦巻く野火の輝くおもてをみつめる連中は、多くは、職業人
である息子と、まだ幼い孫を持つ、初老の、それでも夢うつつの有
限を信じている分別ある男たちである。
 彼らは、朝の戸口で、あきらめの薄笑いをたたえる妻たちに見送
られ、いささか恥じながら出ていくのだが、野火を消す雨季の到来
はまだ先であるという、そのひとつことを言い分として腹におさめ、
季節による逃れがたい作用を承認し、火に身を焦がす。




設計
  
  
 それにしてもこの地方の建築物の、時が経つにつれての建材の狂
いはひどい。大きな裂け目が柱と壁の間にあらわれて、大小の虫た
ちがぞろぞろと這いこむ夕食時、その数知れない曲がった脚先に、
ひとかけらずつの食物をかかえて、我が物顔に寝室で食い惚けるの
は、なにも悪質ないたずらなどではなく、人々の寝室での熱狂をこ
しらえあげる、いわば前戯ともいうべきものであろう。
 そして、最後に苦しげな叫びをあげるのは、この虫たちであり、
建材の狂いがとうに直った明け方には、腹が異様に膨れあがったさ
まざまな屍体が、あちこちに転がっている。




憧憬
  
  
 狡猾で欺瞞的な挨拶に見送られて、海岸地方から追放された人々、
一説には、執念深さを感じさせるほどの怠け癖のために、その発祥
地を追われて、螺旋に形造られた方向を持たない山を奉りあげ、こ
の内陸地方に腰をすえた彼ら一族は、うにもなまこもいそぎんちゃ
くも、そのうすぎたない透明感を、いわば食欲の根源のように、最
上等の供物にすることを夢みてきた。半世紀に一度の戦さは、海を
取って食おうとする、故郷を知らない若者たちを駆りたてる、最も
盛大な祭儀である。





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