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関富士子詩集『螺旋の周辺』より



螺旋の周辺



地形
  
  
 螺旋の道がけして交差することのないひとつながりの径であるた
めに、その道のどこかしらでおち会うことを約束した人々は、必ず
そこで待ち合わせの相手と会うことができるかのごとくである。
 そうと信ずるあまり人々は、約束した相手の、自分への心変わり
やら、妙なおもわくやら緊急の仕事やらめんどうな突発事に、思い
至ることができない。そこにたたずむ一刻一刻の待ち時間には、螺
旋型の山の麓に開ける町の方からか山の上りの方角からかどちらで
もよいのだが、何事もなくほほえんでゆるゆるとこちらに向かって
くる恋人、あるいは息子あるいは友人などの、なつかしい待ち人の
面影が、眩むようなコマ落としで待つものの心に思われ続ける。
 このようにも出会いが必然であるために、長い待ちぼうけののち
に人々は、ついにもうひとつの偽の螺旋型の山を思い描くことにな
ろう。その麓には、彼の待ち人が、彼を待って、彼と同じくらい長
い間、偽の坂道に不安定にかしいで待ちぼうけている。
 こうして、この地方の一方に、もうひとつの螺旋型の山ができあ
がり、そこには、おそらくは待ち合わせのさまざまな手違いを防ぐ
ために、再度の談判にも巧妙に応じることができ、しまいには、待
ち合わせの相手そのものであると信じこませることができるような
有能な監視員を置いている。




落差
  
  
 水源地からの水脈がやまなみを流れ落ち、そこに住む人々の胸を
叩きその指先を冷やす。彼らの水はこのように届き、しぶきと冷気
が人々を覚醒させその呼吸をいっそう深める。
 胸を打たれて人々は、彼方の水源の水の様相を見る。ゆっくりと
高まる水位の変化を、まぶたを開く速さで測る。落ちてくる水のそ
の下に顔をあおむけにして、水源を見つめる目のあき具合を、刻々
と変わる水位に合わせ、水脈が胸を連打し息を詰まらせるのによう
やくうす目になって。あんな高みにこそ水は溜るから彼らの水は落
下する水だ、その脈拍が彼らを叩き指先までも流れこむ。
 髪や布靴を水びだしにして、人々は見えるものを隣の者に伝える。
水源地の果実はたがいにぶつかりあいながら、水の中で実っている。
水の中に光る花で幹のたまごが数えられるくらいだ、草がつるりと
浮きあがるとひげ根には蒜のような球がついているよ、葦どもは肉
を削がれて繊維だけ、その葉にふくらはぎを切られながら、次々と
水の栓を抜いている男は、あれはここの者ではないのか。
 水源はいつも増水しいつも流れて人々の指へ届く。彼らのうかさ
れた熱いからだを、かちかちのつめたい水が冷やしている。




防災
  
  
 ここは、洪水も旱魃もない温暖な土地である。土地を流れる川は
かつて一度として氾濫したことはなく、真夏の霜が畑の葉野菜の柔
らかい肉をちぢらせたこともなかった。
 天災をつねに免れているものたちが、では天災を忘れ果てている
かというとけしてそうではない。用水路や大堤防ダム防風林、巨大
な地震避難壕いなご絶滅用スプリンクラー区画ごとにめぐらせた防
火シャッター、崖を覆う鉄網積みあげた砂袋や鉄製鉤の類いが、一
度としてその用をなすことなく、点検され整備されてあるさまは、
山や川が身を鎧って天災を待ちもうけているかのようである。
 押し寄せる山津波、大発生する地鼠、風があおる山火事、吹きつ
けて畑を焦がす熱砂や、喉を真っ白に荒らして息を絶やす疫病が、
このようにしてくまなく想像されみごとに対処されるのだから、待
ちもうける天災がけしてやってこないとすれば、この光景の凶凶し
さはむしろ、何ものかへの、一族の執拗な面あてではないのか。





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