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螺旋の周辺』もくじへ
関富士子詩集『螺旋の周辺』より



はやびけ


  
  
奇体な風体で目の前を横切った幼なじみに気がついて
あれからの変わりようをおもんぱかれば。
  
ある日狂言強盗を思い立ったあの男
ポストの真似ではない被害者の真似
やろうかやめようかやめようかやろうか
動かしがたい生活苦 扇動者の輝く未来
やってみよう別れわかれの道すじに
落ちていた幾多のがらくたを残らず拾って
王子になった例もあるではないか
いざとなればどこかへ逃げたはずの犯人の真似
ところが狂言たちまちばれて運の尽き
人目に付く札びらだらけのトランク一つ
逃亡する犯人にとなりすました
あれから何年
ああ幼なじみあたしがあげたあのお財布
あの人はまだ持っているかしら
あああの人の鳥打ち帽黒めがね黄のカラー
犯人、犯人になりきれず
あれからの転落航路を想像されるはめになる
この夕暮れよ待って
もうひとり連れがいる






縛られたプロメテウスへ




舟のつくり方

  
たくさんの魚の浮袋を採集し
じゅずつなぎの十四個を
それぞれの関節にふりあてる
袋をとられた魚たちが沈むと同時に
浮きあがる掌
やさしくあおむけにひらき
乗るものを包むようにポキポキ折れて
まるい籠をつくると
それは膝の上の瞑想のかたち
どうか死んだものにも自然の猛威を


野生の動物を家畜にする方法

  
屈服して三日目の朝は
いまだ甘い夢を待ちながら
ようやく明けたのだが
抱かれなかったことをどう悔やんでも
差しのべた手を踏みつけたあれらの神々は
赤いリボンを巻いた請願を
おのれの頭上にいつまでも振らせるために
このように厳しくあられるのだから
黄色い鳥は黄疸をなおし
赤牛は傷をとざし
樹木は女のように伸び
老人と老婆は薪にして
わたしの野生は
あらゆるものを癒しながら
年をとる


敵と味方の見分け方

  
二手にわかれて追うものが
追いながらその池の端に着いた時
追ってやってきた道以外のすべての道を
疑わしく見やって
永遠に増えてゆく
池からの放射状の逃げ道に
途方に暮れはするのだが
追われる者がその中心に潜んで身の行末を今は知らず
二人の敵はお互いが疑わしく
お互いを池に映して嘆くのだろうか


盲の希望を持つために

  
この風年譜の風零落の風
さまざまの意匠がよどみなくやってきて
待つあいだには
時計老人の盲の希望がますますつのる
ときどきは間合いの短さ長さにうっとりとして
こういう手あいは
台の上にあおむけに寝かせ
うなじではなく喉を切るのも一案なのだが
なにしろかれは盲の希望を持っている


文字を書き綴る方法

  
まちがいなく打ちこまれたレターが
午後五時までに
USAから千代田区を一巡すると
依頼主たちがまたもや
怒りをこらえてダイヤルを一巡させる
めざましくやせほそりながらも
確実に蓄積するカロリーによって
くちひげの豊かな分量を確保している
彼らのやりくちはこうだ
新たな依頼に望みをたくして
彼らはひそひそ話しだす
――わたしはLだLONDONエル
  あなたからの手紙ときたら
  いつも未刊の報告ばかり――
L氏のLがその腕や耳にはりついて
やせほそるごとに密度を増すが
そいつを一粒こそげおとすために
わたしが打ちこむLの数は
L氏のLに比例するか
まるで際限ない未刊の報告
しかしまたもや依頼主たちは
その氏名を確保する






ペネロペイアのつづれ織り


  
  
 見識高いあなたのことこの熱さましが毒ではないかと見破る時に
毒こそ飲もうとなさるだろうそれが欲だ
 あの日からひとりだけの挨拶が始まった。船さえも原野にあり置
き忘れられ墓碑銘も刻まず熱病だけを連れて明かす夜のことを考え
てみたかいあなた。行き倒れのあなたは部屋の中の昼夜を知りはし
ない、ベンチの凍結は知っていても日射と熱風は知っていてもか。
 人々があなたを噂する、弔いを述べるようにだ、採寸さえおぼえ
ていて棺を用意するあいつらだもの。
 てんとんと打ち鳴らす銅鑼の鎖を首にさあ首にあなたを縊らすあ
なたをしびれさすその鎖か毒か選ぶがいい手段を。
 さてこそこの女待ちに待った凱旋の前日まで、明け方から口説か
れ明け方に決意し明け方までを眠らずに待つ、つづれ織りの時間を
なんとか昼に持ち込むために、
 夜には明るい額の夫を夢に見て、朝には求婚者たちの石の群れと
鐘の祝詞をめあわせ、昼には伝令の歩合の明細を調べ羊飼いの証言
を口述させ弔い合戦を引き延ばし、日暮れには、空の船の原野が太
陽をかきいだくのをみつめた。
 とんでもない、並みいる男たちはみなオデュセイアー、その囁き
は死を匂わせ死を腐らせ立ちあがる鋼の草がいちめんに勝鬨、いち
めんにあなたの死骸。てんとんてんとん馬の脚音馬の鼻の笛馬の尾
の点呼、連立の草原もくもくと育つ戦士たちののあし。
 ああ広いああ深い高いのかああ深い。死ぬことを手に入れたか、
手に入れる前に死ぬのか、話したいのだこの錦のことをこの棉のこ
とを。つづれ織り、その上に血を吐き固まってつづれる花模様のこ
とを。

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