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関富士子詩集『螺旋の周辺』より



記録


  
  
北に採掘場
南に大漁岬
東に産院
西にテレフォンセンター
  
坑夫が短調でつるはしをふるい
漁師が灯台の鏡をふき
妻たちは銀紙を胸に縫いつけ
娘たちは遊び好きのオペレーター
手首のテンポ完全に一致して
狂いがない彼ら一心同体となり
労働は確実に高まる
うつくしい午前中
8時岩場は苦もなく砕かれ
9時島は渦巻にうたい
10時汗みずくの一卵性双生児
11時快晴の情報交換済
正午中央広場では
祭日にまんべんなく祝いあうための時間割づくり
上昇とテンポ最高度マーク
するとすぐだ
人々はあおむいて
真上の円盤がぐらり傾くのを
頭皮の裏側にさむく確かめる
1時原石を新しがり屋の一途な恋慕にまかせ
2時出会いがしらに入港するやせた船の不機嫌に感づいて
3時みそっかすの貧困がミシンを途絶えさせ
4時すでに天気予報は自信のない折伏をあきらめる
午後の苦い時間を落下し続け
5時人々の鼻の軟骨が地面に砕ける
それぞれ帰途につくと
みんなで決めた祭日はあと一週間後に迫っている
おそらく落下の衝撃で死ぬことはないだろうさ
祭日までは繰り返すのだが
祭日までは






納骨


  
  
打ち合わせがあったとしたら
あの時だ
鏡をなにげなく頭にかざし
妻がなけなしの睫毛を揃えたときだ
近所の若い奴らが半鐘を打ち鳴らす
ひとつ打てば陽は落ちて
ふたつ打てば納屋は燃えあがり
みっつ打てば使者が家紋を月に描く
  
約束事は秘密らしくラジオでもらしていた
みんなは胸にたたみこみ
俺は呼吸を違えて祈った
めんどうみてくれ
反りかえった例の頁を
夢の後始末を
ゆきのしたかいつむり青臭い青大将や憐憫を
  
合図とともに
こどもたちは遊動円木から駆け降り
母は豆手拭いで目隠しし
妻は笑いの形に顔を整え
それぞれ力を測り比べた
  
俺はぎざぎざに骨を折ったよ
関節はまるくすべりもよくてんで死にやしない
でも折りたたんで箱に納め
うやうやしく運ぶそうだ明けぬうちに
俺の母親と妻とこどもとで






梅林桜林杏林造り


  
  
暗いところからでかけておいで
あの日見初めた裸樹が待つよ
しんねりむっつりごまかしきかず
何度通っても見知らぬ街並
病んだ涙でこさえたはずの
固い土塊何年もして
人魂見初めて浮きはじめるから
足にもかまけず手にもかまけず
すすいだ歯にだけエナメルを塗り
暗いところからでかけておいで
  
梅林桜林杏林造り
人まかせになどできようものか
不精を売り物の健康が
ある日愛撫や告解をはじめ
その殺戮をなんと愛だと豪語して
唯一くったくない腹をかきいだく
  
暗いところからでかけておいで
気づかないことの幸福は
食卓を荒らす朝の光に
ていねいな幻覚と粗雑な咀嚼を
まずとりもってくれるだろうが
肥えた世界の魚や二枚貝が
裏と表だけで死につつあるから
暗いところからでかけておいで





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