天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?
年末特別編『早坂家の正しい年末年始』
めっちゃ短い前回までの話。
「銀行強盗に人質に取られながらも、傷一つなく由紀夫に助け出された正広。その時出た熱も引き、穏やかな年末を由紀夫と正広は過ごしている。そんな早坂家の年末年始はどう?」
「兄ちゃん起きてー!」
珍しく自分より早くに起きた正広に言われ、お休みモードだった由紀夫は、ベッドの中で薄目を開ける。
ほんやりした目だけを動かして、ベッドサイドの時計を見れば、まだ9時。
「何で…」
「ねぇ、起きてってばー!」
「休みなのに…、何で…」
「大晦日だよぉ!?」
信じられない!って声で言われて、大晦日、という言葉を頭の中で反芻する。
「大晦日…?」
「お・お・み・そ・かっ!」
耳元で怒鳴られ、由紀夫は仕方なく体を起こした。
「大晦日だから何だってぇ…?」
キョロンと大きな目を丸く見開いて、正広は信じられないって顔で由紀夫を見つめた。
「大晦日だよ?大掃除しなくちゃあ!」
丸っきり本気の顔で言われて、由紀夫はゆっくりと瞬きをした。
正広はこの寒いのに半袖のTシャツにジーンズで、手には雑巾を持って由紀夫を見つめる。
「大掃除だし、シーツとか洗濯しようと思って。後、カーテンとか」
「…?」
「兄ちゃんも、自転車とか洗わないとダメじゃないの?」
「え、何で…?」
「何でって!大掃除じゃん!」
互いに完璧認識がずれてる事だけは解った。
「別に掃除は、まぁ、時々やってるし、いいんじゃん?」
言外に寝させろ、という言葉を匂わせながら由紀夫は言ったが、正広は首を振った。
「いつもは窓とか拭いてないし」
「…そこまで、やんの?」
「するでしょ?普通」
「…」
「兄ちゃん」
「ん?」
「『かったりー、んなのやってられっかよぉー』って思ったでしょ」
「…うん」
「ダメぇー」
正広は由紀夫の上から布団を引き剥がした。
「大晦日は、大掃除して、買い物して、おせちつくって、紅白みて、年越しそば食べんのっ!」
「紅白ぅー?」
「そだよぉ。ねぇ、兄ちゃん起きてってば、カーテンとか洗わないと夜までに乾かないって!」
やる気無く、寝間着(つまりグッチのシャツにパンツ←由紀夫ファンへのサービスカット)でカーテンが外された窓を拭いていたら、ふと見た雑巾がめちゃめちゃ汚れているのに気がついた。
「ん…?」
がしがしがしがし!
「うわっ!すっげー、汚ねぇーっ!」
ダッシュで雑巾を洗いに行き、寝室の窓、リビングの窓、ありとあらゆる窓を磨き上げ始める由紀夫。
そんな由紀夫を見て、正広は満足そうにうなずいた。由紀夫の熱中する性質を、密かに熟知している正広だった。
「ちょっと兄ちゃん!」
「ん?」
「そのカッコで外はまずいでしょーっ!」
勢いに任せて、太股むき出しのまま自転車もピカピカにしようとしていた由紀夫は、ジーンズだけ慌ててはいて、外に出て行く。
「熱中しすぎー」
キッチンを磨き上げながら、正広はけらけら笑った。
「どうだぁっ!」
「さすが兄ちゃんっ!!」
天井まで拭いたあげく、偉そうに胸をはった由紀夫を、正広は拍手で褒め称えた。
「これで大体OK?」
「ばっちり!後はー、カーテンが乾くのを待つだけだね」
「OK、OK、やっと終わったー」
脚立からベッドにダイビングした由紀夫だったが、正広にすかさず手を引っ張られる。
「買い物」
「へ?」
「買い物。一杯買うから、一緒に来て?」
「あのさぁー」
「え?」
「このスーパー、明日も開いてるって知ってた?」
カートを押してた正広はくるんと振り返る。
「知ってるけど!でも、大晦日は買い物するの!」
そういや、そういうのはちゃんとする家だったな、と由紀夫も思い出す。大掃除して、買い物して、母親はおせちを作って。
「ホントはさ、こたつにみかんで紅白なんだけどね。うちこたつないし」
言いながら、みかんだけカートに入れる。他には、おせちの材料があれこれ入っていた。
「おせち料理とか、お雑煮とかって、地方どころか家によって違うよね」
「そうか?」
「うん。違う。あ!知ってた?香川ってぇ、白味噌のお雑煮なんだって」
「京都とかもそうじゃなかったっけ」
「でも、入ってるお餅があん餅」
「…嘘だよ」
「ねー!?そう思うでしょー!?でも、本当なんだって」
「白味噌に、あん餅―?」
「途中から紫になるんだって」
げー、って顔になる由紀夫は、溝口家の雑煮がすましでよかったと心の底から思った。
おもちに、みかん、お飾りなどなどでいっぱいになった買い物袋をそれぞれ両手に下げての帰り道、おせちは何を作るか、という話し合いが行われた。
「俺、栗きんとん食べたいなー!」
「あんまり面倒なのしねーぞ?そもそも作り方しんねーし」
「大丈夫―。俺、奈緒美さんからレシピもらってきたもん。腰越家のだけど」
「あの女、また一人で正月を迎えんのか」
全国50万の(かどうかはしらんが)独身女を敵に回すような発言を平気でしながら、ケラケラと由紀夫は笑う。
「奈緒美さんは、えっと、どこだっけ、パリだか、バリだかにいくって言ってたよ」
「うそ!すげぇじゃん」
「星川さんと」
「つまんなくねーのかよ」
あんたこそ、兄弟で年越しでつまんなくないのかっ!!とパリだか、バリだかから怒鳴られそうな由紀夫だった。
おせち料理を二人で作り、夕食も作ったら、もう7時前だった。
「あ!やばいっ!」
バタバタっ!と正広はテレビの前に座る。
「何が」
夕食のお皿をテーブルに乗せた由紀夫が、つまみ食いしながら聞くと、リモコンを手に輝く笑顔で正広は言った。
「SMAP!見なきゃ!」
「……………は?」
「SMAP。木村拓哉ってさぁ、兄ちゃんに似てるよねぇ」
SMAPだ?
ウキウキとテレビを見てる正広を呆然と由紀夫は眺める。
「おまえ…、SMAPとか好きなの…?」
「うん。結構」
きらりん♪音符がついてるような笑顔で振り返られて、何も言うまい、と思った由紀夫だった。
「今年はさぁ、SMAPの中居くんが紅白の司会なんだよ?」
「あー、そうー」
「最年少なんだって」
「ふーん」
「そんで、安室ちゃんも今日が最後だし、あ、Xもだ」
「そっかぁー」
「…兄ちゃん、聞いてる?」
やっぱりこたつがいい、という正広のために、ローテーブルに毛布をかけ、簡易こたつを作り、それぞれに足を突っ込んでる二人は、じっと見詰め合った。
「…聞いてるよ?」
「じゃあ、誰が今日で最後?」
「え?SMAP?」
「ちがーうっ!!!」
「まぁまぁ、正広さん、ほら、おみかんお召上がりになって?」
自分が剥いてたみかんを白い筋まで綺麗に取って差し出す。ぷんと膨れながらも、受け取った正広は、半分に割って一気に口に入れた。
「ふまっぷわぁ、ひかいれぇ」
「あぁ、あぁ、司会ね」
「美川憲一とか、小林幸子とか、気になんないの?」
その程度のみかんは一気に食べてしまえる正広は真剣に尋ねる。
「なんないよ。あれってすごいんだってな」
「すごいんだから!日本人はね、紅白見なきゃダメ!」
なんてとこで、紅白が始まった。嬉しそうな顔でニコニコで画面を眺める正広。
「でも、レコ大も気になるよね」
「レコ大?」
「レコ大」
正広は嬉しくてしかたなかった。
病院での年末年始は味気ないもので、別に大掃除も、おせちもない。テレビくらいは見られたけれど、やっぱり、正広の思う年末年始とは違う。
家族揃ってこたつに入ってみかん食べながら紅白歌合戦!
家族揃っておせち前にしてお屠蘇飲んであけましておめでとう!
正広はそんな年末年始を過ごしたかった。
「兄ちゃん」
「ん?」
「楽しい?」
「うん」
その時由紀夫は、Every Little Thingを見ながら、和田アキ子と面接するの嫌だったんだろうなぁー、なんて事を考えていた。
「中居くん、うまいよねぇ」
「歌?」
「歌ってないでしょー?まだー!」
「あ、司会な。うまい、うまい」
「さっきのもカッコよかったよねぇー」
「さっき?」
「長野五輪のヤツ。やっぱりさぁ、絶対木村拓哉って兄ちゃんに似てるよ!髪切っちゃったから、雰囲気変わったけど。ね?」
「そっかぁ?」
時々言われる事もあったが、別に似てると言われたからと言って、別に自分は芸能人じゃないし、どう返事をしていいか解らないと言うのが正直なところ。
「あ!SMAP!」
「うわ、ホントに自分で自分紹介してる!」
美川憲一、小林幸子の衣装、だか、装置だかにツッコミ、天童よしみの衣装にツッコミ、これぞ日本の大晦日!な風景が早坂家で繰り広げられた。
「すごーい!絶対紅がかつと思ったのに!」
白組の圧勝を見て、正広が言う。
「何で?」
「だって、安室ちゃんだよ?安室ちゃんって、これで1年休業だし、結婚したし、妊娠してんだよぉー!」
「めでたい事じゃん」
「やっぱり、中居くんのがんばりかなぁ」
「そーいや、中居とおまえって似てない?」
「俺ぇ?名前は一緒だけど…」
近づいて、マジマジと画面を眺め、そう?と振り返る。画面では、中居正広が優勝旗を手に、白組メンバーの間をちょこちょこ動いていて、うん、と由紀夫は首を縦に振る。
「あっちの方がオヤジくさいけど」
ギャハハー!と正広は笑い、即席こたつに戻って来た。
「そろそろ年越しそば…、あーっ!!」
「何っ!!」
驚く由紀夫にかまわず、正広はチャンネルを変えた。
「カウントダウン!」
「…なんだ、行く年来る年じゃねぇのか」
「SMAPのカウントダウン見なきゃ!」
「え?だって、中居ここにいんじゃん」
「そうなんだって!だから、NHKホールからお台場まででしょ?あそこって1時間で行けるの?」
「NHKホールって、どこだよ」
「渋谷!」
「んー?どうだろうなぁー。あ、でも、今はレインボーブリッジ通れないだろ」
「木村くんカッコイイーッ!!!」
「はぁっ!?」
「眼鏡かけてる!ほら!」
「目が悪けりゃかけるだろう、眼鏡くらい」
「悪いのかなぁ。あ、あれみたいだ、瀬名くん」
「せなくんー?」
ろんばけのせなくーん、と由紀夫にとっては呪文にも等しいセリフを正広は言う。
夢中になってるみたいだから、年越しそばでも作るか、と由紀夫は立ち上がったところで、正広に足をつかまれた。
「ねぇ!」
「んー?」
「レインボーブリッジ通れないってホント!?」
「え?あぁ、今?無理じゃねぇか?クリスマスの時もすごかったみたいだし。渡るだけで3時間とか言ってたぜ?」
「じゃあどーすんだよぉ!!バスなんかじゃ絶対つけねーじゃん!」
「番組用に一本路線確保してんじゃないのか?」
「んな事できんの!?」
「そりゃ…、テレビ局の力次第じゃねぇか?」
そんじゃ、とキッチンに行こうとする由紀夫に、さらに正広はすがりついた。
「兄ちゃん運んでよ!」
「はぁ!?」
「兄ちゃん、中居くん、フジテレビ運んでよぉ!」
「ま、正広?」
「自転車だったら、渋滞関係ないじゃん!ね?運んで?だって可哀相じゃん!一人でカウントダウンなんてぇ!」
「正広、落ち着いてくれるか??」
頭の上にポンと手を置いて、由紀夫は言った。
「それくらい、テレビ局だって考えてるって」
今度こそキッチンに行こうとしたところをさらに止められた。
「どこ行くの?」
「え?年越しそば。食うんだろ?」
「でも、もう、すぐカウントダウンだよ?」
くいくいと足を引っ張る。
「一緒にあけましておめでとーしようよぉー」
見上げてくる正広を見て、由紀夫は思わず笑った。
「なにぃ」
「はいはい。一緒にカウントダウンしましょう」
へへっと笑って、正広は由紀夫から手を離す。
テレビでは、カウントダウンが始まっていた。
「3・2・1!あけましておめでとーっ!!」
正広が隠し持ってたクラッカーを鳴らして、驚いた由紀夫を見てゲラゲラ笑う。
「兄ちゃん、あけましておめでとうは!?」
「あぁ…。お、おめでとう」
こたつから出て、正広はその場に正座した。
「旧年中はお世話になりました。本年も、どうぞよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ」
由紀夫も正座して、頭を下げる。
「年、越しちゃったけど、そば食うだろ」
「うん。あ、でも!」
「何」
「ドミノ、始まるよ?」
由紀夫は諦めたように座り直した。
「中居もまだ来てないしな」
「うんっ!」
何でだかSMAPが好きな弟につきあって、由紀夫は最後まで番組を見た。
「間に合ってよかったぁ!」
「ちょっとギリギリだったな」
「兄ちゃんに最初っから任せてくれりゃあばっちりだったのに」
ぷんぷん、と言う正広に苦笑しながら、今度こそ、と由紀夫は立ち上がった。
キッチンに入ったら、母親の後を追ってくる子供みたいに、正広もくっついてくる。
長い一日だったけど、そろそろ終わりだな、としみじみ思いつつ、ふと聞いた。
「何玉食う?」
「一玉でいいよぉ」
「お?食欲大王が珍しいこって」
「だって、初詣いかなきゃいけないし」
「え?だって、大晦日は、大掃除して、買い物して、おせちつくって、紅白みて、年越しそば食うんじゃなかったけ?」
「そだよ。それが大晦日の過ごし方。でも、もう元旦だから」
「元旦…?」
「元旦は、初詣に行って、初日の出見て、帰って来てからおせち食べて、年賀状分けて、テレビ見るんだよ?」
「初日の出…」
1月の夜明けが一体何時か解っているんだろうか、この弟は…。と思いながら、ホッカイロの準備をしなくては…、と思う由紀夫だった。
正広が目をつけていた、という近所の神社には、近所の人たちの姿があるだけで、静かにお参りができる。
「ご縁がありますよーに」
「…おやじか、お前は」
五円を投げた正広に由紀夫は呟く。
「いーの。こういうのは、様式美ってのが必要なんだって」
「様式美。あ、じゃあ、こういうのだ。『正広くーん、何お願いしたのぉー?』」
「『由紀子ちゃんと同じー』」
ギャハハハハーっ!!夜中にも関わらず、はた迷惑な笑い声を上げる二人。
「どこで初日の出見るんだよ」
「やっぱお台場かなあ。理子ちゃんと哲平みたいに歩いて渡ったらいいんじゃん?それか、自転車!チャリニケツ!」
「あんな混んでるとこやだよ、俺」
言いながら一度家に戻る二人は、それぞれの願い事が、お互いの健康、幸せを祈るものだった事を知らない。
<つづく>
間に合わなかったか元旦!!なんだかくやしいだーっ!!!
次回、来週の水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!