天からの贈り物じゃないけど、黙って受け取って?
第14話前編『お正月を届ける』
めっちゃ短い前回までの話。
「初詣と称し、目立つ社員に、目立つ格好をさせ、宣伝活動に勤しんだ腰越人材派遣センターの面々。見事それにひっかかり、新規顧客を開拓したのだが!さて彼女の依頼は一体何?」
「あの…、おせち料理を届けていただきたいんですけど…」
「はい!おせち料理っ。どちらにですか?」
豪華な古典柄の振り袖を翻し、書類片手にすっとんでくる正広を、びっくりしたように、依頼人は眺める。
「え、と…。島根、なんですけども…」
「島根」
にっこり笑いながらも、正広の視線が、ちらっと由紀夫に動いた。正直、ゲェーっと思った由紀夫だが、そこはそれ、せっかくの初めての客。縁起もんだと思って付き合ってやるかと肯く。
「島根に、おせち料理ですね?」
「えぇ、それで…」
依頼人が言いづらそうにするため、正広以外の人間がさりげなく離れる。
「できれば…。温めていただきたいんです」
「はぁ」
「あの…、私、父が島根にいまして、母がもういないものですから、おせち料理も準備できてないと思うんです」
「親孝行な娘さんですねぇ」
一人娘で東京で仕事をしている、という彼女の事情を聞き、野長瀬はほとほと感心したように呟いた。
「一人暮らしのお父様に、温かいお雑煮を食べていただきたい!けれどデパートにお勤めの娘さんは、二日から仕事で帰れない!だから、我らが由紀夫ちゃんにお雑煮を託して…!」
「なぁに浸ってんだよ」
さすがに、新年早々島根まで出張かい!と由紀夫は不機嫌そうに、野長瀬の座っていた椅子を蹴っ飛ばす。
大晦日まで働いて、元旦休んだだけで、初売りに追われまくっていた、デパガの彼女は、五日がお休みで、そのたった一日のお休みで初詣に来ていた。そこであまりに目立つ一群につられて、ついフラフラっと事務所までついてきてしまったらしい。
「島根ねぇ。それで、向こうでお雑煮作らなきゃいけない、と。由紀夫、あんたできんの?」
「正広よりうまいよ、俺」
「えぇーっ?えぇぇーっ!?」
ぶー!という正広に、ウィンクを投げて、ふふん、と由紀夫はふんぞり返る。
「料理なんて、しったこっとないくせっにぃーっ!」
「正広の料理の力をつけてあげてんじゃん」
しないくせに、しないくせにぃー!と言いながら、島根の地図を眺めていた正広が、あ!と声を上げた。
「温泉が、ある…」
「温泉っ!?」
「山陰のカニっ!」
「雪見酒!」
「いやぁーん!由紀夫と混浴ぅーっ!」
奈緒美、野長瀬、典子、千明のセリフである。
「典子!交際費まだ余ってる!?」
「いや、それはもうゼロに等しいです」
「ちぃっ…!」
「でも、レク費がありますよ」
レクリエーション費。腰越人材派遣センターの正社員&バイトが、強制的に徴収されているもので、社員旅行などの費用に当てられる。
「いくら!」
「一人頭、1万2千円」
月々の徴収額は2千円である。
「1万2千円…。島根行きの飛行機代にもなりゃしない…」
じっと考え込んだ奈緒美は、ポンと手を叩いた。
「じゃあ、由紀夫のギャラから、ひろちゃんの分を出すとして」
「なんでっ!」
「だって、ひろちゃん行きたいでしょー?」
「行きたい!俺、温泉行きたいーっ!」
が、正広の貯金は、現在ゼロに等しい。こつこつと貯めてはいたのだが、由紀夫へのクリスマスプレゼントで無くなってしまっていた。
「それで、由紀夫とひろちゃんの分のレク費が2万4千円あるから、それを」
「それはおかしいだろーっ!!」
おかしい。
確かにおかしいが、無理が通りまくって、道理が引っ込みっぱなしの腰越人材派遣センター。僅か8分で、冬の社員旅行の詳細が決まってしまっていた。
物がおせち料理なだけに、急がねばならない。出発は翌6日。依頼人が出勤する前に、おせち一式を受け取り、ただちに島根に移動することが決定した。
受け取りに行った由紀夫に、依頼人は、赤い顔をして荷物を差し出す。
「こ、これ…」
「すみません!久しぶりなもので、つい…」
ついって…、と由紀夫は軽いめまいを起こす。人数が増えたのは正解だった。三段のお重が二つに、ポット。
「こちらが普通のおせちで、こっちには下拵えしたお雑煮の材料が入ってるんです。作り方はこちらで…」
そのメモを見て、頭のいい人なんだろうな、と由紀夫は思った。綺麗な字で、解りやすく書いてある。
「お父さんがお好きなんですね」
だから、珍しく営業めいた言葉を口にした。
「はい」
穏やかに、けれどきっぱりと依頼人は答える。
父親か…。
由紀夫はふと、自分の実の父親、すちゃらかオヤジの事を思い出した。今、この世界のどこにいるかしらないけど、たとえ隣に住んでても、おせち料理を届けてやろうとは思わないな、とも。
いや、あーゆーオヤジだから、呼んでもねぇのにやってきて、ひろからまでお年玉とか巻き上げていったりして。
…まだ、溝口の父親と血が繋がってるだったらよかった…。
ごくごく平凡なマイホームパパだった正広の父親。自分の父親が、岸和田(本名?)で、正広の父親が、溝口の父、だと違いについて、一瞬考え込んでしまった由紀夫だった。
由紀夫と野長瀬がお重。正広がポット。奈緒美がカニフォーク、典子がマイぐいのみ、千明がセクシーな水着を持ち(以上の文章からおかしなところを挙げよ)、一行は出雲空港に降り立った。
「えっと、ですね…。ここからは車、で…」
一応、正広が今回の責任者、というか、企画者って事で、一行の先頭に立つ。
しかし、タクシー乗り場に到着した時、越権行為に出るものがいた。奈緒美である。
「じゃ、由紀夫、お仕事がんばってね」
そう言い置いて、さっさとタクシーに乗り込んでしまい、典子、千明がそれに続く。
「てめっ!遊ぶだけかぁ!人のレク費使っといてぇーっ!」
「だって、これはあんたの仕事でしょーが。ひろちゃん、ほらカニが待ってるわよー」
手招き、手招きされたが、正広は動かなかった
由紀夫がため息をつく。
「いいよ。先、宿行ってろ」
「でも、兄ちゃん、一人でこんなに持てないよ。俺、荷物持ちで行く!」
「あ、そりゃすみませんねぇ」
野長瀬が、自分が持ってたお重を正広にパスした。
「てめっ!てめぇは荷物持ちだって言ってるだろーっ!」
「社長―っ!待ってくださぁーいっ!!」
さっさと出てしまったタクシーを追いかける野長瀬の背中は見る見る小さくなって行った。
「…信っじらんねぇー…!」
「野長瀬さんって、いつもこんな気持ちなのかなぁ…」
ぽつんと正広は呟く。
そーなんじゃねぇのっ!と言い捨てた由紀夫は、正広の手からお重を取り上げようとして、抵抗された。
「持つ!」
「持ってくれんの?」
「だから、持つって言ってんのに!それより、急ごうよ。アポ無しなんだから」
そうだった。と由紀夫たちもタクシーに乗り込んだ。
こういう届け物は、突然の方が喜び多かったりするものだかが、敢えて連絡を取らなかったのだが。
依頼人から教えられた住所についた時、そんな事をするべきじゃなかった、と、由紀夫も正広も思った。
「デパガ、ってのはさぁ。…なんか資格とかいんの、兄ちゃん」
「さぁー…。ま、眉目秀麗、ってとこかなぁ…」
そもそも住所がおかしかった。番地がなかったのだ。町名までしかなく、正広が尋ねたら、それでつきますと言われ、よっぽど田舎なんだな、と思ったものだった。
が。
目の前にあのは、大名屋敷か?と思うような、重厚で分厚そうな門に、どこまで続くのか解らないような、白壁。
「これ、あの人の、うち、なんだ…」
「町名一つ分…」
どうりで、名前と町名が一緒だと思った…。
門には、呼び出し用のチャイムの類は見られない。
「これは…。勝手に入る訳にもいかねぇしなぁ…」
門の両脇にしつらえられている、小さな(と言っても、大人が悠々立って通過できる)木戸を押したり引いたりしてみるが、開く様子はない。
「こりゃ、やっぱりあれかな」
「何?」
「『頼もうーっ!!』ってさ」
同情破り風に言いながら、門にもたれ掛かると、わずかにその門が開いた。
「えっ」
「兄ちゃんっ!?」
後ろに倒れそうになって、由紀夫は慌てて体勢を直し、どうにか転倒を免れる。
「びっくりしたぁ!こっちが開いてんのかっ!」
「大丈夫!?」
「へーきへーき。ちょっと、入ってみっか、これじゃラチが…」
そう言いながら、門の中をのぞいた由紀夫は、ふいに言葉を切った。首を傾げながら、正広も覗いてみる。
「…なんか、荒れて、ない?」
外の綺麗な白壁とは対照的に、その庭は。庭、と言うより、野原、だった。
「秘密の花園みたい」
「秘密の花園ぉー!?」
「違うからねっ!AVとかじゃないんだからっ!」
由紀夫をにらみながら、正広は言った。
「なんか、おっきなお屋敷に、こんな寂れた花園があるんだよ。…確か」
「どんな話だ、それ」
んーと…。
なんとなく、奥へ、奥へ、歩いていきながら、正広は話を思い出そうとした。
その庭は、やたらと広く、けれど、手入れはされてないようで、数多くの植物が好き勝手に伸びている。
「ひょっとして…、あの山も、敷地なのかなぁ…」
目の前にそびえる山を見て正広は、そう言い、まさかぁと由紀夫が肩を叩いた時、その声がした。
「敷地だが」
ギョっとして、二人は立ち止まった。
<つづく>
とりとめのない話ですんません。私、ちょっとした事情がありまして、今、東京です。時間が、時間がないのです…!明日は大雪!私は目的地に到着できるのか!そして、高松へ帰れるのか!!誰か助けてー!
次回、来週の水曜日!の予定は未定にして決定にあらずっ!