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<雨の木の下で> 坂東里美

銀色の魚  2006.4.4 

   古い本を開くと体をくねらせて素早く走る紙魚(シミ)は翅を持たない原始的な昆虫の一種だ。細長い体の表面に銀色の鱗片が一面に並び、英語では「silver fish」つまり「銀色の魚」と呼ばれている。
 ここ数年、インターネットの古書店で、前々から欲しかった古書を少しずつ手に入れている。当時の詩人の息づかいが感じられるような詩集や詩誌を手にとって見てみたいという思いが強くなってきたのだ。サイン入り初版本など高価な稀少本は到底買えないが、初版を忠実に再現した復刻版(といってもこれもかなりの古書)で充分という気構えで捜せば、時々感動的な出合いを体験できる。
 昨年の感涙ものの出合いは、『左川ちか詩集』だ。彼女が24年の短い生涯を閉じた後、伊藤整の編集で昭和11年昭森社から限定350部発行され、昭和58年森開社から限定550部で再版された。再版本でもよいと半年ほど捜していたのが、偶然、初版本が見つかった。私にしては少々高価だったが、思い切って購入した。三岸節子の装丁の黒い表紙は所々はげ、赤茶けたページをそっとめくると最初の詩は「昆虫が電流のやうな速度で繁殖した」で始まる「昆虫」だ。戦争を越え、七十年の時を越え、どんな人たちの手を経て私のもとへやって来たのか。「詩集のあとへ」で百田宗治「作者のゐないこれらの詩が、どんな風に人々に受け取られて行くのだろうか。(中略)おそらく数少ないであらうこれらの詩の読者の苗床のなかで、この花々の隠し持つてゐる小さい種子がどんな風に根をおろし、延びてゆくかを、いつまでも見守ってゐたい気持ちでいまはゐるだけである。」と書いた。ちかも百田も70年後に私がこの詩集を読んで、心を揺り動かされていることを知らない。詩の命の連鎖というものを考える。銀色の魚は燦めいて繁殖する。
 
(紙版「rain tree」vol.29 発行2006.4.4所収) 
<雨の木の下で>春の庭(関富士子)へ
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