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大阪日本橋、はいつも曇天。電気屋街の客引きの声が今
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日はうっとうしく感じないのは、小型人型ロボット組立
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てキットを持って歩いているからだ。これを買った店で、
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「メイド喫茶ヘブン/コーヒー一杯無料券」を貰った。
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まっすぐ家に帰ってロボットを組み立てたいところだが、
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大枚をはたいてやっと手に入れたことだし、まずコーヒ
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ーで祝杯というのもいいかな。ロボットを製作するとい
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えば、少し前までは一部の研究者たちだけのものだった
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が、プラスドライバーと、パソコンさえあれば、シロウ
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トでもロボットが作れるという組立てキットが最近売り
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出された。このことを知ったとき、僕の心の暗闇の中で
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子どもの頃からの夢が一番星のように輝き始めた。
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「メイド喫茶ヘブン」は、メインストリートからひとつ
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角を曲がったビルの3階にあった。木製のドアを押すと
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鈴の音がして、それと同時に「お帰りなさいませ。ご主
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人様!」という声。スカートのふわふわした黒のワンピ
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ースにフリルのいっぱい付いた白いエプロンと白いレー
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スの髪飾りの女の子が3人。思わず一歩退くも、「こち
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らへどうぞご主人様!」という声に俯きながらもついて
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いく。「これが今流行りのメイド喫茶というものか」と
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いう言葉だけがぐるぐる回る。こういうのは苦手だ。コ
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ーヒーを飲んだらすぐ出よう。コーヒー一杯無料券をテ
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ーブルに置くと、「ロボット組立てキットをお買い上げ
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のご主人様には、とぉーっても素敵なお土産をご用意し
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ておりまぁーす。」とアニメから抜け出したような大き
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な身振りでメイドが言った。
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店の中の馬鹿馬鹿しいほどの明るさに比べて、窓の外が
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さらに薄暗くなったような気がする。どこからか「フィ
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ー」「フィヒュー」ともの悲しげな口笛のような音がす
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る。きょろきょろしていると、メイドがコーヒーを運ん
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できて、「鵺でございますご主人様。」「どうぞこれで
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お射止め下さい。」といって、手のひらのサイズの弓矢
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を置いていった。
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祝杯どころではなく、コーヒーを一気に飲み干し、ロボ
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ット組立てキットの包みと、一瞬躊躇したが弓矢も掴ん
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で、この居心地の悪い店を急いで出た。
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家に帰るとさっそくロボット組み立てに取りかかった。
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気持ちが高まってくる。身長三十四p、体重一.二s、
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十七自由度。自由度というのは人間の関節に相当し、自
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由度が大きいほど人に近い動きが出来ることを意味する。
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二十四自由度まで拡張する。ここまでの作業に約四時間。
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小型人型ロボットの本体が出来上がった。ここからは、
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ロボットの動作を作成していく。教示モードに入れると
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ロボットの各関節は脱力しているので、直接ロボットを
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動かしてポーズを作り、そのデータをパソコンのソフト
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ウエアで順番に登録していく。その作業が終わるとロボ
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ットは動き出すのだ。歩いてしゃがんで前回りをしてま
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た立ち上がる。そんな一連の動きもお茶の子さいさい。
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とうとう僕の家にロボットがやって来た。いつの間にか
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深夜になっていた。
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窓の外から「フィー」「フィヒュー」と口笛のような音
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がした。昼間のメイド喫茶でのことを思い出す。「鵺で
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ございます。ご主人様。」
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メイドはそういって小さい弓矢を土産にくれた。ぼくは
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ロボットに「頼政」という名をつけた。そして弓を射る
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動作をひとつずつ登録していった。だけど、弓を引く動
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作は複雑でなかなか上手くいかない。矢は飛ばず、ぽと
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りとロボットの足元に落ちるだけだ。やっているうちに
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意地になった。鵺という正体の判らず、そして実体の無
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い仮想の敵。それを射落とすというどうでもいいような
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ことのために、僕は多くの時間を費やすことになった。
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だが思いがけなくその無駄な時間が地味な僕の生活を活
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き活きとさせた。高性能ロボットコントローラーをさら
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に拡張して、弓を射ることはもちろん、自由自在に動き
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回る自立ロボット「頼政」がとうとう完成した。
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窓に想像で描いた「鵺」の絵を貼り、それを的にしての
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鵺退治ごっこに僕と「頼政」は毎晩興じた。そして「頼
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政」はかなり正確に矢を的に当てることが出来るように
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なった。そのうちに絵の的に当てるだけでは退屈になり、
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本物の「鵺」を求める気持ちが日ごとに増してきた。得
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体の知れない邪悪な異形。葬り去らねばならないものの
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象徴としての。窓の外では、北東の方向から黒い雲が沸
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き上がり、春の嵐が。
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「フィー」「フィヒュー」強風が窓を叩く。稲光。雷鳴。
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と同時に停電した。「鵺!」と僕が叫ぶより早く闇を貫
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く音。左胸に鋭い痛みが走った。そして生暖かい波が溢
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れた。
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弓を握るロボット
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の金属の腕
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に映る白い月。 |