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vol.32

関富士子の詩 vol.32-1 

甦る9月


甦る9月


   *
大通りは大木のケヤキ並木で
葉が生い茂り夏でも涼しい
空から見下ろすと
(鳥の目になって)
この街は森のようだ
森からたくさんのビルが突き出ている
  
ついきのうまでは
夕方になると電線にムクドリが
押し合いへし合い
駅前の木には止まりきれずに
枝を短く切られたので
夜中までうるさく鳴き立てて
(鳥の目は夜見えないはずなのに)
ところがきょうはどこにもいない
ただ九月になっただけなのに
きのうがかき消されたように
空は静まり返っている
  
人間の世界のすぐ頭の上に
鳥の世界はあって
囀ったり巣を作ったり
木の実をついばんだり糞を落としたり
空を飛んだり地面を跳ねたり
街には猟人がいないし
パチンコを撃つ子供もいないので
空からいきなり落ちてくることもないのだ
  
牛乳工場から見る狼の森は
こんもり黒い針葉樹で
狼の背中に似ているそうだ
 狼はいません と立て札にある
昔は狼がいたはずだ
狼の森に狼がいなくて
狼の森というだろうか
盗人森には盗人がいて
笊森には笊があっただろう
鳩サブレには鳩が
鰻パイには鰻が
ひよこ饅頭にはひよこが
いただろう
昔はいたはずだ
  
一人で泊まるビジネスホテルは
ちょうどいい狭さで
テレビもあるしビールも飲めるし
足指マッサージは無料だし
枕もシーツも風呂もきれいだし
ホテルを泊まり歩く人生
というのはどんなだろう
どうせ年取ってすっかり失くすのなら
(もう失くしてしまった)
家族なんていらない
人生はビジネスホテルで十分だ
  
ビルの二階の美容院の大きなガラス窓の前で
大きなエプロンから頭だけ出していると
下の道の自販機でタバコを買う人が見える
一人の女がタバコを買い
すぐに開けて一本に火をつける
深く息を吸い込んで窓を見上げ
わたしと目が合った
その女はなぜかうれしげに手を振った
見知らぬ女だ(と思う)
しかたなくわたしもエプロンから
やっとのことで手をひっぱり出して
それを振ったのだ
  
飼い犬の背中の皮が一部めくれていて
毛皮の下から現れた白い皮膚の表面に
ぽっちり何か出来ている
病院に行くと
医者  腫瘍です 悪性ではありませんが
    取りますか
    老犬なので体力がもつかな
わたし それなら取りません
    良性の腫瘍を取って死んだんじゃ
    元も子もありません
医者  じゃあクリームを塗っておいてください
  
温泉街の急坂を登ったり下ったり
バスは断崖絶壁を進み
ケア付リゾートマンションに停まった
美しい空と海が
その女主人の部屋の窓を二分していた
空に雲はたえまなく形を変え
海は輝いて船や島を翳らせた
 飽きるのよ 空も海も 何もかも
 退屈なの どうしたらいいの
と彼女は訴えるのだった
 詩でもお書きになったらいかがでしょう
とセールスマンは答えた

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tubu<詩>緊縛の木(関富士子)
<ことばのあやとり>本部から酪農部まで(関富士子)
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