甦る9月
|
|
*
| 大通りは大木のケヤキ並木で
| 葉が生い茂り夏でも涼しい
| 空から見下ろすと
| (鳥の目になって)
| この街は森のようだ
| 森からたくさんのビルが突き出ている
|
| *
| ついきのうまでは
| 夕方になると電線にムクドリが
| 押し合いへし合い
| 駅前の木には止まりきれずに
| 枝を短く切られたので
| 夜中までうるさく鳴き立てて
| (鳥の目は夜見えないはずなのに)
| ところがきょうはどこにもいない
| ただ九月になっただけなのに
| きのうがかき消されたように
| 空は静まり返っている
|
| *
| 人間の世界のすぐ頭の上に
| 鳥の世界はあって
| 囀ったり巣を作ったり
| 木の実をついばんだり糞を落としたり
| 空を飛んだり地面を跳ねたり
| 街には猟人がいないし
| パチンコを撃つ子供もいないので
| 空からいきなり落ちてくることもないのだ
|
| *
| 牛乳工場から見る狼の森は
| こんもり黒い針葉樹で
| 狼の背中に似ているそうだ
| 狼はいません と立て札にある
| 昔は狼がいたはずだ
| 狼の森に狼がいなくて
| 狼の森というだろうか
| 盗人森には盗人がいて
| 笊森には笊があっただろう
| 鳩サブレには鳩が
| 鰻パイには鰻が
| ひよこ饅頭にはひよこが
| いただろう
| 昔はいたはずだ
|
| *
| 一人で泊まるビジネスホテルは
| ちょうどいい狭さで
| テレビもあるしビールも飲めるし
| 足指マッサージは無料だし
| 枕もシーツも風呂もきれいだし
| ホテルを泊まり歩く人生
| というのはどんなだろう
| どうせ年取ってすっかり失くすのなら
| (もう失くしてしまった)
| 家族なんていらない
| 人生はビジネスホテルで十分だ
|
| *
| ビルの二階の美容院の大きなガラス窓の前で
| 大きなエプロンから頭だけ出していると
| 下の道の自販機でタバコを買う人が見える
| 一人の女がタバコを買い
| すぐに開けて一本に火をつける
| 深く息を吸い込んで窓を見上げ
| わたしと目が合った
| その女はなぜかうれしげに手を振った
| 見知らぬ女だ(と思う)
| しかたなくわたしもエプロンから
| やっとのことで手をひっぱり出して
| それを振ったのだ
|
| *
| 飼い犬の背中の皮が一部めくれていて
| 毛皮の下から現れた白い皮膚の表面に
| ぽっちり何か出来ている
| 病院に行くと
| 医者 腫瘍です 悪性ではありませんが
| 取りますか
| 老犬なので体力がもつかな
| わたし それなら取りません
| 良性の腫瘍を取って死んだんじゃ
| 元も子もありません
| 医者 じゃあクリームを塗っておいてください
|
| *
| 温泉街の急坂を登ったり下ったり
| バスは断崖絶壁を進み
| ケア付リゾートマンションに停まった
| 美しい空と海が
| その女主人の部屋の窓を二分していた
| 空に雲はたえまなく形を変え
| 海は輝いて船や島を翳らせた
| 飽きるのよ 空も海も 何もかも
| 退屈なの どうしたらいいの
| と彼女は訴えるのだった
| 詩でもお書きになったらいかがでしょう
| とセールスマンは答えた
|
|