年金法の国籍条項と立法裁量

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国民年金法と外国人問題 ] 公的年金の外国人差別 ] [ 年金法の国籍条項と立法裁量 ] 三文書掲載について ] 清水さんの原稿を掲載するにあたって ]

 

 

 

社会保険労務士  清水直樹 

 

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年金法上の国籍要件

これまでに在日韓国朝鮮人に係わる年金関係訴訟において旧国民年金法の国籍 条項に関して、社会保険法上の国の立法について、在日外国人を如何に処遇するかは、特別の国際条約がない限り、諸般の事情に照らして政治判断により決定することができる ものとされてきた。そして、限られた財源の中で在留外国人より自国民を優先的に扱うことも許されるとされてきた。(最高裁平成元年 3月2日)そして、国籍条項が立法府の裁量の範囲内にあるとされてきた。

 また、国民年金制度発足後に日本に帰化し日本国籍を取得した者に対する障害 福祉年金を支給しないことに対しても憲法第14条第1項の問題はないとされ てきた。憲法第14条第1項は、合理的な理由のない差別を禁止するものであ り、自国民と在留外 国人の社会保険上の法的取扱に区別を設けることもまた立法裁量に属することであり、合理性を否定できない、とされてきた。 簡単に言えば、自国民優先は当然であり、 社会保険上の取扱も「区別」であり、差別ではないとされてきた。(塩見訴訟等) 

しかし、立法裁量が無制限に認められるものではないであろう。しかし立法裁量の合理性自体には、全く触れられていない。立法府はいかなる法律であろう と、合理性に とらわれることなく、自由に立法できるのであろうか。合理的理由のない条理に反する立法裁量まで許されるとは思えない。そこで、いくつかの側面から年金法上の国籍条項の不条理を検討してみたい。

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厚生年金に持ち込まれた国籍条項

 これまでの議論の中で国籍要件は国民年金法の問題とされてきた。しかし、「公的年金と外国人差別」で触れたように、昭和36年4月を境にして、それ まで公的年金(厚生年金保険・船員保険)において同一の法的地位を持っていた日本国籍者と外国人(主として韓国・朝鮮人)に新たに差別を実質的に持ち 込んだといえよう。新規立法での新たに差別の持ち込みを許す合理的理由はないと考える。

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公的年金制度一元化と国籍条項

次に、昭和60年改正を端緒とした「公的年金制度の一元化」の問題である。 この改正により、旧制度と異なる年金制度が誕生した。国民年金はいわゆる「一階部分」の基礎年金となり、厚生年金等被用者年金は「二階部分」として 基礎年金の上乗せとし て位置づけられている。 原則的な考え方として従来の厚生年金保険等の「定額部分」が「基礎年金」と 位置づけられている。

仮に、昭和56年改正法による昭和57年1月からの国籍条項撤廃がなかったとしたらどのように構成されるのだろうか。外国人には、「基礎年金=国民年 金」は受給権が発生しないことなる。「二階部分」にあたる「報酬比例部分」のみの支給にするとしたら、従来の「定額部分」に関して、在日外国人被保険者への支給は日本国籍者と扱いを別にしなければならなくなる。外国人被保険者から定額部分の受給権を基礎年金と別個に受給権を発生させる特別規定をお かねば新制度への移行に伴って整合性を欠くものとならざるをない。 このように考えると昭和60年には国民年金法上の国籍条項が撤廃されていたために矛盾が表面化しなかったといえよう。難民条約という「 外圧」に救われ たのである。

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国際人権規約(A規約:社会規約)と国籍条項  

国際人権規約(A規約)は1979年(昭和54年)に批准されている。その第9条で「この規約の締約国は、社会保険その他社会保障についてのすべての者の権利を認める」とされている。同じA規約第2条第2項で「この規約の締約国は、この規約に規定する権利が人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しく は社会的出身、財産、出生又は他の地位によるいかなる差別もなしに行使されることを保障することを約束する」とある。この第2条にある「国民的出身」には国籍も含まれ る。従って国籍による差別は禁止されていると考えるのが自然であろう。確かにこの規定が直ちに具体的権利として財政措置をともなう国内法の整備を求めていないと解することもできるだろう。憲法第25条を「プログラム規定」とすることと同様に立法裁量(立法政策)に委ねられているとされてきた。しかし、一方で「日本国籍者」に必要な措置を取りながら、税を負担してきた在日外国人の差別の是正を怠ってきたのは不当と考える。単に必要な措置を取らなかったばかりか、国際人権規約批准前とはいえ、「公的年金と外国人差別」で書いたように昭和36年4月(拠出制)国民年金、通算年金通則法の施行で実質的に新たに差別を持ち込んだことは、国民年金制度の創設そのものが不条理だった考える。

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国籍条項と多国間年金協定

 また、平成10年に日独年金協定が結ばれた、そして現在日英年金協定の締結交渉が進められている。これらの条約締結において、仮に国民年金(=基礎年金)に国籍条項が残っていたならば、どのようになるのであろうか。 在日外国人は、報酬比例部分にのみ係わる被保険者制度を作るのだろうか。それとも特別規定で対応するのだろう か。

被扶養配偶者も外国人であれば当然に第3号被保険者(被扶養配偶者)を持ち得ない 厚生年金被保険者が生じてしまう。第3号被保険者は国民年金(=基礎年金)の被保険者であるのだから、特別規定を設けない限りこのようになってしまう。平成11年度版の厚生白書でも重視されているように、多国間年金協定の必要が迫られている現在、公的年金における国籍条項の撤廃は、国民年金法、通算年金通 則法の立法者の失敗を救済したといえよう。この点に関しては多国間で公的年金の二重負担を強いられる企業・事業主の利益にも寄与することになる。

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不条理な年金制度の期間

このように検討してくると、少なくとも拠出制国民年金法の創設された昭和36年4月から難民条約批准にともなう国籍条項の撤廃が行われた昭和57年1月前までの期間は、合理的理由のない不条理な年金制度を持った期間といえよう。そして一応の不条理の是正が行われたのは、昭和36年以降の20歳以上 60歳未満の日本在住期間を受給要件を見る場合に合算対象期間とする改正が行われた昭和61年4月施行の昭和60年法改正まで待たなければならない。

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差別の是正を

不条理な年金制度の期間は一応は是正されたかに見える。しかし。「国民年金法と外国人問題」で論じたように日本国籍者との差別が残されている。 また、昭和36年4月以降、昭和61年前までの期間が合算対象期間とされるのは、いわゆる「新法適用者」(大正15年4月2日以後生まれ)に限られる。旧法適用者(大正15年4月日以前生まれ)に対しては、通算対象期間とされず適用されない。国民年金への加入を拒まれ、本人の責に帰する理由もな いにもかかわらず厚生年金保険の年金受給権を得ることができず、脱退手当金のみしか受けられなかった人への措置はされていない。

年金給付において、法の遡及適用は、「国民年金と外国人問題」で書いたように既に中国残留邦人への特例、沖縄特例などで為されている。また、平成6年 改正法においても障害給付に関して、現行法の納付要件を満たしていれば、過去に受給権を得られなかった人を対象に遡及適用している。 国籍条項の撤廃の現実的利益を実現するためにも、既に脱退手当金を受給し年金受給権を失っている人に対し、少なくとも昭和36年4月以降の20歳から60歳までの期間を合算対象期間としたならば発生したで あろう厚生年金保険の受給権を脱退手当金の返還を条件に認めるべきであろう。 これ は旧法適用者にも認めるのが条理といえる。

なお、日本国籍者に対しては、社会保険審査会:平成11年2月26日裁決において大正2年生まれの受給権者に係わる22年前の脱退手当金の支給を取り 消して年金の受給権を認めた行政措置を追認している。外国人の被保険者であった者にも、新法適用者・旧法適用者を問わず同様にあり扱われるべきであ ろう。

 

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