「プライベート・ナース -まりあ-」 プレイノート

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忘れないで 愛に満ちた世界に 君は生まれてきた
1日目−始まりの朝−
 大丈夫?
 苦しくない?

 もう……平気だよ
 安心して

 だって……わたしがいるよ
 アナタの側には、わたしがいるよ


 OPと同じ神秘の声。
 夢の中に響くその声に、優しく揺り起こされるように目覚める広樹。
(うう……やっぱり気だるい……)
 数ヶ月前から続く、激しく気だるい、頭も重い、絶不調な体調での寝起き。
 しかし、この「不思議な声の夢」を見た朝だけは、少しだけ体が楽な気がするという。
(そういう意味では、「あの夢」を見れた今朝は、ラッキーと言えるのかもしれないが……)
 それでもやはり、体調は悪い。できれば、このまま寝ていたい。
(布団の中にいれば、寒さくらいは感じなくてすむもんな。……あれっ?)
 広樹は、自分の身体が、かけた覚えのない毛布にくるまれていることに気づいた。
(どうしてだ? 寒かったから、身体が無意識にかけたのか?)

 何はともあれ、目覚めたからには、起きねばならぬ。
(……このまま寝ていたところで、体調がよくなるわけでもないしな――)
 いささか苦い思いを抱きつつ、広樹は温もりの残る布団を跳ね飛ばした。
「ええい、やっぱり気合だ! 気合で起きないとなっ!」
 声を出して起き出すと、素早く着替え始める。
(何事も早いのが俺の自慢だ。身体が不調だからって、それを表には出したくはないし、ならば、気合で……)
 と、脱ぎ捨てた寝巻き代わりのトレーナーに目をやると、近くにあった目覚まし時計が目に入った。
「……マジかよ、まったく」
 時間はまだ、6時半を少し回っただけであった。8時に出かける彼にとって、それはあまりに早すぎる時間であった。
 あの夢を見たからか? 体調の悪さに眠りを阻害されたのか?

「クソッ! なんにせよ、こんなに早く起きるなんて、何か損した気分だよなぁ」
 などと一人で荒れている広樹だったが、
「あっ……広樹さん、おはようございますっ!」
「えっ……あっ」
 ふすまを開ける音もなく現れた「彼女」に、明るく元気な声をかけられて、ようやく自分の置かれていた状況を思い出した。
「まりあ……だよな。随分早いんだな、起きるの」
「えっ……そうですか? 普通だと思いますけど」
「ウソだろう? 普通のヤツなら、まだ寝てるぞ」
「そんなのもったいないですよ。あっ、そうだ、一緒に来て下さい、広樹さん」
「お、おいっ!?」
 突然、広樹の腕を引っ張り、部屋の外へと引っ張り出すまりあ。

 思いっきり伸びをしたまりあの身体は、朝の白い光に照らされた。
「ん〜! やっぱり良い気持ちですね。朝のお陽さまの光って」
 会心の笑顔のまりあに対して、広樹のほうは、身体を丸めて縮こまった。
「そ、それより、寒いじゃねぇかよ。早く戻ろうぜ」
「朝のお陽さまの光はね、とっても健康にいいんですよ。天気の良い日は、毎日しっかりと浴びた方がいいですよ」
「あっ、そ……でもさ、寒いもんは寒いんだよ!」
 それを聞いたまりあは、広樹の腕にそっと触れた。
「そうですね……広樹さんの身体、冷たくなってます」
「だろ? だからさ……」
 言いかけて、広樹は、不思議な暖かさを身体に感じていることに気づいた。
 まりあが触れた指先。そのわずかな接点から流れ込むような暖かさが、身体の冷たさを薄れさせていく――そんな感覚。
「そろそろ、入りましょうか」
「……ああ」
 そして、まりあが見せる柔らかな笑みは、さきほどまでの身体の不快感を、少しばかり忘れさせてもくれた。
(何と言うかこう……不思議な子だ)
 
ごちそうさま

 部屋に戻ると、まりあが台所に立って、朝食の支度を始めた。
「どうしてまりあがそんな事を?」
「……何か困る事、ありますか?」
「いや、そんな事はないけどさ……」
 看護婦じゃなかったのかコイツは? などと、とまどいつつも、まあ有難いことだと受け入れる広樹。
(こんな事は、かなり久しぶりだな――誰かの作る朝ご飯を、こうして待ってるなんて)
 キッチンから聞こえる、軽快な庖丁の音と楽しそうな鼻歌を、眩しく思いつつ、
(普通の家なら、これが当たり前の光景……なのかも知れないが)
 少し、寂しそうなその感慨に、私自身も同調していた。両親が共働きだった私も、そんな朝はほとんどあった記憶がないからだ。なんだか、ますます他人に思えなくなってきた。

 待つほどもなく出てきた料理は、見事なものではあったが、それを見た広樹の、膨らみかけた食欲は、一気にしぼんだ。
 そこに盛り込まれていた主な素材――ピーマン、ほうれん草、きゅうり――は、ことごとく彼の嫌いなモノばかりだったからだ。
 当てつけとしか思えないそのメニューに文句を言う広樹。しかし、まりあは――
「今の広樹さんに足りないものを作っただけですよ」
 と、にこやかに答えた。さらに、
「食事は大切です。今の自分に足りないものを取り入れ、より良い状態に保つ――そういう意味もある事も、覚えておいて下さいね」
 とも付け加える。
「わかんないよ……そんなの」
 と、ぶつぶつ言いながらも、箸に手を伸ばす広樹。出されたものは食べる。それが男だと、彼は思っているからだ。それに――
(それに……ここ最近、何かを美味いと思ったことなんて、ないしな……)
 それの意味する事を苦く思いつつ、「いただきます」と挨拶をして、料理を口に運ぶ。

「……んっ?」
「……どうですか?」
「う〜ん……ま、まずくはないかな」
「そうですか……よかったです」
 嬉しそうに笑うまりあ。
(そんなふうに喜ばれると……やっぱり悪い気はしないよな……)
 とはいえ、お世辞を言っているわけではなかった。まりあの料理の腕が良いのか。
(いや……ほうれん草はほうれん草の味だし……強いて言うなら、心がこもっている……とでも言うのか? って、なに言ってるんだか俺は)
 ともあれ、夕食を抜いてそこそこ空腹だった広樹は、もくもくと箸を動かした。
「ダメですよ、もっとちゃんと噛んで食べて下さい」
 まりあに、ナースらしい注意を受けて、「……んぐ、んぐ」などと答えつつ。
(こうして人と話しながらの朝食も久しぶりだな……昔はちょくちょく行ってた彩乃の家にも、ずいぶんごぶさただし)
 なんとなく暖かい気分に包まれた広樹は、箸を置くと、学生らしい生活を送れそうな今日一日を思い、気合を入れた。そして、登校の支度をすべく、お膳から立ち上がろうとした。
「ちょっと、広樹さん」
「んっ、何?」
 そんな広樹を、まりあが呼び止めた。そして、キッチリと促した。
「――『ごちそうさま』は?」

 選択肢:「素直に言おう、それが良いに決まっている!」
      「意地でも言わないぞ! ぜぇ〜ったいに言わない!」


 ――ここで、初の選択肢かょ!
 このゲームが「AVG」であることを忘れかけていたため、ひっくり返るプレイヤー。忘れすぎて、プレイノートってより、ノベル化状態になってるし。
 しかし、よりによってこんなんを選択肢にしなくても……ねぇ。
 とりあえず、下らん意地を張ることもあるまいと、「素直に言う」ほうを選択。
健康ジュース
「……ごちそうさま」
 どこか幼く見えるくせに、まるで口うるさい母親だ……。と、なんとなく不満そうにしている広樹に、まりあは笑顔で告げた。
「食べ物にはちゃんと、感謝して下さいね。広樹さんの中で、生きる力を与えてくれるんですから」
「わ、わかったよ……」
 う〜ん、ますますうるさい。などと思いつつも、その言葉が間違っているとは思えないので、素直に答える広樹。――しかし、次のまりあの言葉に、狼狽する。
「あっ、それから、食後なんですけど……」
「……ゲッ!」
 家に居ても、彼女は「ナース」なのだ。医者に食後と言えば……そう、薬。
 医者嫌いの薬嫌いである広樹は、嫌いな食べ物でも我慢はするが、薬だけは絶対お断りだ! などと決意を固めるのであった。
 そんな広樹に、まりあはコップを差し出した。
「これ、飲んで下さい」
「イヤだね、絶対ごめんだ! 『薬だけは飲むな』と、夢枕に現れたご先祖様から毎晩言われているんだよ」
 いささか混乱状態の広樹に、
「これ、薬じゃありませんよ。ジュースです」
「……えっ?」

 まりあが差し出したそれは、コップの中に入った薄い褐色の液体だった。
 混乱状態から脱した広樹は、それをなんとなく美味しそうに感じた。なにより、薬のもつ異質の存在感(と、広樹には感じられるようだ)がないのがいい、と。
「う〜ん、野菜や果物で作った、健康ジュースって感じだな」
「あんまり美味しくないかも知れないけど、頑張って飲んで下さいね」
「そうか? 色は美味しそうだけどなぁ……ぅぷっ!」
 予想とはまったく違った、表現しがたい異様な味に、思わず吐き出しそうになるのを、必死に堪える広樹。
「な、何だよこれ! 材料は一体、なんなんだ!」
 なんとか中身を飲み干した広樹は、コップを叩きつけて叫んだ。
「これが美味しく思えてきたら、身体が良くなっているって事ですよ」
 だがまりあは、驚きもせず、しかしちょっとピントのズレた答えを、にこやかに返す。
「そんな事は聞いてねぇよ!」
 文句を言う広樹を、楽しそうに見つめるまりあ。
(なんだか、すっかりコイツのペースにはめられてるような……)
 このままではイカンと思ったのか、広樹は、もう出かけてしまおうと、立ち上がる。
「それじゃ俺、学校に行くからな」
「そうですか、気をつけて行ってきて下さいね」
 にっこり微笑むまりあ。笑顔。いつでも、笑顔。
(本当に、笑顔の絶えないヤツだ……)
 そんなまりあの笑顔を、少し眩しく思いつつも、玄関に向かう広樹。
 と、そんな彼を、まりあが呼び止めた。
「ちょっと待って下さい、広樹さん」
「何だよ、まだ何か用か?」
「具合、どうですか? どこか苦しくありませんか?」
「…………う〜ん」

  選択肢: 「まあ……悪くはないと思うけど」
       「ダメっぽいな。かなり身体が重いよ」」


 また、意表をついたところでの選択肢。
 しかも、後で知ったところでは、ここでの選択肢は、ルート選択でけっこう重要だったりするのであった。いや、このゲームは選択肢少ないので、どれも重要なんだけど。
 とりあえずは……。
熱、計ってるんですよ
「まあ……悪くはないと思うけど」
 どこか確信を持てない様子で、うっそりとつぶやく広樹。
 と、そんな広樹に、まりあはずいっと顔を近づけた。
「な、何だよ?」
「ちょっとだけ、ジッとしてて下さい……熱、計りますから」
 と、聞いたその瞬間、広樹は再び激しく狼狽した。頭の中に、ガラスと水銀の「不気味な」輝きの記憶が蘇る。なにやら、「体温計」「と「熱計り」にトラウマがあるらしい。トラウマだらけだな、コイツ。
「い、いいよ! 別に熱なんてないから!」
 必死の叫びにも、まりあは耳を貸そうとはしなかった。
「ダメです! 少しの間だけ、動かないで下さい……」
 そして、顔を近づけたまりあは、大きなポケットから体温計を取り……出さず、更に顔を寄せた。
「えっ!?」
 コツン。まりあは、広樹の額に自分の額を、やさしく押し当てた。
「すぐ終わりますからね。え〜っと……」
 広樹は、まりあのその行為に、別の意味で激しく動揺した。
 目を閉じたまりあの顔が、信じられないほど近くにあった。鼻と鼻が触れ合いそうな距離。なんとも言えない衝動に、胸が苦しくなる。ほのかな淡い香りが鼻腔をつつき、
(もしかしてこれが、女の子の……いや、まりあの匂いなのか?)
 などと思ったこと自体に、更に動揺したりする。
「あ、あのさ……何、してるの?」
「熱、計ってるんですよ。もうすぐ終わりますからね」
 母親が、小さい子供の熱を確かめる。そんなやり方だ。
「い、いいからやめてくれ、計らなくても平気だって!」
 照れくさいのもあろうが、どうも広樹は、「熱を計る」という行為自体に相当なトラウマを持っているらしく、怯えた声で叫ぶ。だが、まりあは聞き入れない。
「ダメですよ。体温は、毎朝きちんと確認したほうが……」
 と、その時。
「おはよう、ヒロちゃん!」
 玄関の扉が開き、いつものように彩乃が飛び込んできた。

「…………」
 熱測りに集中して、無言のまりあ。
「…………」
 身動きがとれなくて、無言の広樹。
「…………………………な、何やってるの?」
 くっつき合っている二人の姿を見て、上ずった声を上げる彩乃。
 まあ、無理もない。
 そんな彩乃に、何を言うこともできず、立ち尽くす広樹。しかしまりあは気にも留めずに、満面の笑みを浮かべる。
「大丈夫、熱はないみたいですね。あらっ、でも顔が真っ赤ですよ」
「そ、そんな事……ないと、思うけど」
 (当たり前だろチクショー)、とは言えず、なんとかごまかす広樹。
「随分、汗もかいてるみたいですよ?」
 (当たり前なんだよ! どーしてくれよう……)などと言うわけにもいかない広樹は、
「き、気のせいだよ……じゃあな」
 しどろもどろに答えながら、制服の上着を手に、玄関を出て行く。身体をわなわなと震わせる、彩乃と共に……。
「いってらっしゃ〜い」
 屈託のない、まりあの明るい声が、なんとなく恨めしい。
疑惑のキス
 てくてく。
「ど、どうしたんだよ、彩乃?」
 てくてくてく。
「ちょっと、待てって!」
 てくてくてくてく。
 後ろを行く広樹を振り向くことなく、彩乃は早足で歩いていく。
「おい、今日はしないのか?」
「何をよ」
「ジャンケンだよ、ジャンケン!」
 ぴたっ。やっと立ち止まった彩乃。だが、振り向いたその顔は、ただならぬものを漂わせていた。
「ワタシとするのはジャンケンで、あの子とするのは……キスなんだ」

「き……キスぅ?」
 広樹の脳裏に、さきほどの光景が蘇る。唇も触れ合わんばかりに近づけた、まりあの顔。
 あわててその顔を振り払い、泣かんばかりの表情の彩乃に釈明する。
「ば、バカッ! あれはだなあ、熱を計ってただけだよ! まりあは、看護婦だろ?」
「……そうだったの? 本当にそうなの?」
「別にさ、お前にウソつく必要なんてないだろ!」
「……………………」
 複雑な思いをかみ殺すような表情で黙り込んだ彩乃は、それでも一応は納得したように見えた。そう見えるだけかもしれないが。
 ともあれ、いつものように歩を合わせて歩き始めた彩乃に、ほっとする広樹。
 と、突然、ぐぐっと広樹の顔に自分の顔を近づける彩乃。
 思わず、2歩半ほどあとずさる広樹。
「いきなり何だよ、彩乃!」
「ほらっ! あんな熱の計り方しようとしたら、普通、身体を引いちゃうでしょ! 良く知らない人にされたら、イヤじゃないの?」
 少なくとも、彩乃にとってはイヤであるらしい。自分ではなく、広樹がそうされるのが、なんだろうけれど……。
「う〜ん……体温計で計るよりはいいと思うけどな……」
 どこまでもトラウマがあるらしい広樹の答に、じっと疑惑の目を返す彩乃。
 そんな彩乃に、広樹は、その「理由」を力説する。
「体温計はな、怖いんだぞ! ガラスが割れたら、水銀が飛び出してくるんだ。水銀に触れたら死ぬんだぞ、人間は!」

    (;゜д゜) ポカーン。

 その答を聞いて、呆れるというより、頭の中が白くなる彩乃(と、私)。
「誰から聞いたのよ、そんなウソ! それに、最近の体温計は、ほとんどデジタルなんだからね」
「……ウソ!?」
 どうやら広樹の体温計へのトラウマは、子供の頃に母に聞かされた話が元らしい。
 熱を計るのを嫌がり、暴れる広樹を抑えながら、こう言ったらしいのだ。
『そんなに暴れると、体温計が割れちゃうでしょ。中の水銀に触ったら、死んじゃうんだよ、広樹!』
 何度も聞かされたその話に、心の底から震え上がった広樹は、(何で人間は、わざわざそんな危険なもので体温を計るのか!?)という疑問を持ちつつ、すっかり体温計と「熱計り」へのトラウマを抱え込んでしまった……というわけだ。
(あ、あのババァ……ますます許せんぞ!)
 子供の頃からの最大の疑問がウソだった! そのことにショックを受け、ワナワナと怒りの拳を握り締める広樹だったが、もうその事はどうでもよくなった彩乃が、別の質問を重ねる。

「そういえばさ、ヒロちゃん……あの子の事、雇うの?」
「あっ、まりあの事か。まあな、一応……」
 とたんに、彩乃の表情が少しばかり曇る。
(昨日、俺が言った事とは逆の結果になってるからな……不服なのかな……)
 広樹はそう簡単に考えているが、そんな単純なものではなかろう。
 まりあへの嫉妬に似た感情。広樹の体調への心配。その間に立って、自分の感情を、行動を、どう位置づけるべきか……どこに、どう収めるべきか……複雑な思いが交錯しているはずだ。
 だが彩乃は、短い沈黙のあと、穏やかな笑みを見せる。
「このままあの子にさ、居てもらってもいいんじゃないかな。最近のヒロちゃん、すごく辛そうだもん……」
 どう、吹っ切ったのか。少し寂しそうな、しかし迷いのない、静かな声。
 その口調になにかを感じたのか、あわてる広樹。
「おい、まてよ! まだ正式に採用したわけじゃないんだよ」
 もろもろの事情説明。
 彩乃は、何度か頷きながら、静かに言葉を返す。
「うん、そうだね。しばらく面倒見てもらってさ、いいなって思ったら、お願いすればいいと思うよ」
 そこにはもう、なんの反発も反対も感じられなかった。
 本当の所は、早くアラでも見つけて辞めさせよう……などと考えていたが、そこまでは言う必要がなさそうだと、黙っている広樹であった。
特一種看護資格

 いろいろな疑問が解決し、おそらく、それに対しての心の持ち方も固まった彩乃は、ようやく元の――おしゃべり好きの彼女に戻った。
 そして、よほど気になったとみえて、昨夜のうちに散々調べてきたというまりあの――いや、「プライベート・ナース」についての事を、広樹に語った。語りまくった。

 元々、普通の「看護婦」になるだけでも、色々大変な条件があるのだ。
 強い精神力、優しい性格、深い専門知識。
 そして、養成所などで学んでから「准看護婦」の資格を取り、難しい国家試験をクリアして、ようやく国家資格である、「看護婦」になれる。(今は「看護士」なのか?)
 ちなみに学校の「保健医」さんも、その資格を持っているので、広樹が「常連さん」になっている沙生先生も、そういうことになる。……いつもやる気のない態度から、とてもそうは見えないが――。
 だが、その「看護婦」資格の中でも、特例的なものがある。
 「特一種看護資格」――。
 過去に、国民からの支持率が落ち込んだ首相が、人気回復のために50を越える新法案、新制度を作ったことがあり――その中のひとつが、それらしい。
 コンセプトは――「究極の看護婦」。
 VIPや著名人などの重要人物に常に付き添い、いかなる時にも、その体調を完璧に保つ。
 ひとりの「プライベート・ナース」は、国立病院に匹敵する医療技術を持つとまで言われたほどのものだ。
 それほどの資格だ。試験の合格率は極端に低く、0.1%にも満たなかったという。
 首相に付き添い、アイドル並の人気を得た「プライベート・ナース」もいたと言うが……そんなものは、一時の流行りにすぎなかった。
 その首相が退陣するとともに、人気取りにすぎない悪法の8割がたが消滅させられたのであったが、この「特一種看護資格」も、その中のひとつだったのだ。
 「崇高な職業である看護婦を、アイドル扱いする悪辣きわまりない悪法」として。
 だから、「特一種看護資格」をもつ者は「幻のプライベート・ナース」と言われた。
 この世に100人といないのだから、当然だ。
 彼女たちは、普通の看護婦に戻ったのだが……中には、「特一種」としての『治療』を依頼する者もいた。
 多くは金持ちで、その報酬は、サラリーマンの平均年収の数年分とも……。


「……だからさ、すごい貴重な存在なんだよ、あのまりあって子はさ」
 ほとんど楽しそうに話す彩乃の顔は、夕日に照らされていた。
 すでに二人は、授業を終え、アパートの前まで帰ってきていたのだ。
「ふ〜ん……でもさ、俺には関係ないよ」
「そう……それじゃ、また明日ね」
「ああ、じゃあな」
 あっという間の一日だった。
 ほとんど、彩乃の「説明」しか聞いてなかったような気分の広樹は、辿り着いた自室のドアをそっと開けた。
「……ただいま」
「あっ、広樹さん。おかえりなさい!」
 明るく答えたまりあのその姿を見て、広樹は目を丸くした。

「何してるんだ、まりあ?」
「えっ、TV見てるんですよ?」
 数年前の時代劇の再放送が映っている。
 まりあは、広樹の面倒を見る以外にやることはないのだろうし、家族がTVを見ている姿など普通の家庭では、当たり前の光景なんだろう。
「だけどなぁ……」
「んっ、どうかしましたか?」
「いや、何でもないよ」
 広樹は、苦笑しながら軽く頭を振った。
(……彩乃の話から、勝手に想像を膨らませた俺が悪いんだが――)
 プライベート・ナース。ものすごい資格を持った、選ばれし看護婦――。
 ちょこんと机の前に座って、じっとTV画面に見入るまりあは、その印象からは、とても遠く思えたのだった。
 
問診
 学ランを投げ捨て、一息ついた様子の広樹を見て、まりあはTVを消した。
 そして、広樹の前にビッと立つ。
「ジィィィ……」
 っと顔を寄せて広樹を見つめるまりあに、
「……何?」
 と思わず聞く広樹。
「そんなには、悪くないみたいですね」
「ああ、まあな」
 顔を見ただけでわかるのか、というセリフは飲み込む広樹。確かに、その通りではあったからだ。
 と、まりあは一歩下がって、大量の質問を開始した。問診ということか?

「学校、遅刻しませんでしたか?」
「お昼、何たべました?」
「体育の授業はありましたか?」
 ――云々、云々。
 それらに、ダルそうに答えていた広樹だったが、
「今日、どのくらい自然と触れあいましたか?」
 という質問には思わず、
「知るか! 大体、『自然と触れ合う』って何だよ」
 と、ツッコまざるを得なかった。しかし――
「緑や木々と心を通わすことです」
「へぇ、そうすると健康になるとでもいうのかよ」
「……そんなことも知らなかったんですか、広樹さん?」
 しれっと答えるまりあに、
(知らなかった。本当に知らなかった。体温計といい、この世の中には、まだ俺の知らない事が……!?)
 と、思わず感心してしまいそうになる……が。
「ちょっと待て!」
「なんですか?」
「お前の質問ってさ、何か医学的根拠でもあるのか?」
「これから広樹さんの治療をしていく為に、とっても大切な事なんです。だから毎日キチンと答えてくださいね」
「……はいはい、わかりましたよ」
 楽しそうに答えるまりあに負けた格好で、思いっきり生返事の広樹。
「それから、それから……」
「まだ続くの、質問?」
「はいっ♪」
 学校に行くより疲れそうだ……と、ぐったりする広樹であった。
楽しい食事

「……」
「広樹さん、起きて下さい」
「んっ……ン……」
「晩御飯、できましたよ。起きて下さい」
 あれっ?
 いつのまに寝ていたのかと、驚く広樹。時計を見ると、夜の七時。まりあの質問攻めの後、軽く横になっただけのつもりだったのに……と。
 まあ、一人暮らしの頃は、メシを食うのも忘れて、そのまま寝てしまうこともよくあったしな……などと考えつつ、半ば眠りの世界に片足を突っ込んだままでいた彼を――台所から漂ってくる、鼻をくすぐるような香りが、激しく現実へと呼び戻した。いつもはロクに食欲もない広樹であったが、この日は違った。
「今持ってきますから、ちゃんと座って待ってて下さいね」
 そして、次々と並べられる、湯気を立てた料理たち――それは、朝とはまったく趣向の違うものだった、
 ――わかめと大根の味噌汁、揚げたての香ばしい匂いを立てるエビフライ、マカロニとポテトのサラダ……。すべて、興信所でも使って調べたのではないかと思うほどの、広樹の大好物ばかりだったのだ。
「こういうの、好きなんじゃないかなと思って……。嫌いですか?」
「全然! いただきます!」
 さっそくかぶりついた大好物のエビフライを見て、広樹は思った。
(俺の好物は、母ちゃんにでも聞いたとして。もしかして……これは俺のご機嫌取りか? この一週間で俺に気に入られないと、クビだしな……)
 どうしてもマイナス思考な彼を、揚げたてエビフライの弾ける油がとがめた。
「熱ッ!」
「ゆっくり食べて下さいね。揚げたてですから……」
 向かい側に座って、柔らかな笑顔で広樹を見つめていたまりあは、床を見回し、落ちていたTVのリモコンを拾って、スイッチを入れた。
 静かだった部屋の中に、大げさな笑い声が響き渡る。
 『笑って転げる54分』――人気のバラエティ番組だ。同じ料理を食べながら、何度もTVの方へ向き直るまりあ。
 朝から、小言みたいなことばかり言われてきた広樹は、ちょっとだけ言い返したくなった。
「TVを見ながら食べるのは、行儀悪いんだぞ」
「でも、楽しいじゃないですか。楽しく食べると、健康にも良いんですよ」
「……本当か?」
「はいっ♪」
 ――勝ち目なし、といったところであった。
 言いくるめられてるような気もしたが、画面の中のドタバタを嬉しそうに眺めるまりあの顔を見ていると――何となく、彼女の言っていることが正しくも思えてくる。
(まあ、今日一日くらい、細かい事は気にしなくても、いいか……)
 いつもより、満足した夕食になった。それはTVのおかげ……ではなく、やはりまりあの料理の腕と――まりあという存在そのもののチカラ、なのかもしれない。
 
くつろぎの時間
 ただし、その後に、少しばかり不満に思うことが起こった。
 食後すぐに風呂に入ろうとすると、
「お風呂に入ると胃の働きが鈍くなるので、しばらくしてからにして下さい」
 と、まりあに止められたのだ。
 細かい事を言われるのは苦手だ……などと思いつつも、一応は凄い資格を持った専門家の言う事だと、渋々従う広樹。

「ふぅ、まったく……」
 湯船の中で、今日一日を振り返り、妙な気分に浸る広樹。
 たった一日なのに、えらくまりあに振り回された気がしたが、それも悪いことばかりではなく思えた。楽しかったり、良い気分になったりもしたのだ。
「まあ、一ケ月くらいなら、こんなのも……いや、イカンいかん!」
 流され易いのが自分の欠点だ、と自分の頬を両手でピシャンと叩いて気合を入れ直す。
「一人暮らしの気楽さを、取り戻すんだったよな……」
 風呂上りの格好も、普段は気にしないのだが、今日はそうもいかない。きちんと下着を持ち込んで、それに着替えてから出る。そのひと手間がまた、「決意」を固めさせる理由になったのかも知れない。

 ともあれ、部屋に戻った広樹は、洗い物を終えてくつろいでいたまりあに声をかけた。
「……風呂、入れば?」
「ありがとうございます。後で頂きますね。でも……」
 まりあはなぜか、少し不機嫌そうな顔で広樹を見つめた。
「でも、ちょっと早すぎませんか、広樹さん?」
「何が?」
「お風呂の時間ですよ。こんな短い時間じゃ、身体も温まっていませんよ」
 いきなりのツッコミに、返す言葉も出ない広樹に、まりあは更なる指摘を続けた。
「それに身体もちゃんと洗いましたか? 一日の疲れを洗い流す、それはとても大切な事なんですよ」
「ふ、ふざけるなよ! ちゃんと洗ってるよ! 大体さ、俺の病気と風呂の入り方、なにか関係あるのかよ?」
「あります……それもすごく、関係ある事です」
「そうかよ、だったらその理由ってヤツ、ちゃんと聞かせてくれよ」
「分かりました。では説明しますね……」
 不潔呼ばわりされたような気がした広樹の、腹立ち紛れに叫んだ言葉に、にっこりと笑顔で答えたまりあ。この時点で、ほとんど勝負は決していた……。
 
おやすみなさい

「…………ふわぁぁ〜ぁ」
 ベッドに倒れこみ、暗くなった天井を見つめていた広樹は、ドッと出た疲れにため息をついた。
 まりあの「説明」は、結局彼にはさっぱりわからないものだったのだ。
 全身の気の流れがどうとか、血行と体温の関係云々……。わからない以上、否定もなにもできないので、彼にできることと言えば、ただ黙って頷くだけだった。
(……悪徳商法とかにも、すぐ騙されそうだな、俺)
 その『完全敗北』にちょっとヘコみつつも、ちょうどいい眠気がやってきた。
 いつ何時、また「あの」気だるさに襲われるか分からないのだから、眠れそうな時に眠るのがいいだろう――。そう決めて、
「……おやすみ」
 誰にともなく呟いた広樹の言葉は、しかし、ふすまを通して聞こえてしまったのだろう。隣の部屋から、まりあがやって来た。
 ベッドの横にそっと座ったまりあは、広樹の顔を静かに見下ろした。
「広樹さん……もう寝るんですね」
「あ、ああ。おかげさまでさ、すっかり疲れたからな」
 少しばかり皮肉を込めてみたのだろうが、
「そうですか、ゆっくり休んで下さいね」
「………(イヤミも通用しないのか? それとも聞き流しているのか?)……」
 平然とした顔で……いや、なんとも言えないような目で広樹を見つめながら、まりあは静かに囁いた。
「おやすみなさい、広樹さん……」
 控え目な笑顔、優しさに満ちたその瞳。
 何となく気恥ずかしく、でも何となく安らげる……まりあの顔は、そんな顔だった。
 


 広樹が安らかに眠ったところで、「初日」までの感想。
 長っ!
 すっかりノベル化させてしまったが、いくらなんでも、もう少し縮めることはできた。
 もう少し、感想なども散りばめた、「プレイノート」らしくすることも。
 しかし、朝の日課、食後のジュース、おでこで熱計りなど、これからの日常の基本が出てくることと、まりあのひととなりが紹介されること、彩乃の決意が、さりげなくここですでに成されていること――等から、キッチリ書いてしまった。

 それにしても、声優さんが上手い!

 まりあはけっこう「お小言」を言うひとだが、説教臭くならないように、きちんと慈愛をこめて話しているのがわかる。すべてのセリフに、思いやりが込められている。特に最後の「おやすみなさい」は、思わずこちらも安らかに寝てしまいそうに。CVは、本井えみさん。素晴らしい。

 彩乃は……最初は、典型的な幼馴染キャラかと思ったものだが、今回の、まりあが広樹の部屋に同居することが決まったと聞いたときの、短い沈黙。そして、そのあとの静かな言葉。
あれで、内に秘めた様々な深い想い、葛藤などが見えて、見たままのキャラではないということがわかった。それをきちんと伝えて見せたCVは、こおろぎさとみさん。さすが超一流。

 次からは、もう少し急いで書いていこうと思います。



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