「プライベート・ナース -まりあ-」 プレイノート

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忘れないで 愛に満ちた世界に 君は生まれてきた
3日目−平和な日常−
「おはようございます、広樹さん!」
 元気な声。元気な笑顔。きょうもまりあは、朝の光のように眩しい。
「……ああ、おはよう」
 朝陽が昇り始めたばかりの、早起き。そして出かける前の朝食。その健康的な生活に、すっかり広樹は馴染み始めていた。ばかりか――
(それもここにいるまりあのおかげだ。大感謝、大感激!)
 ――とまで、考えてしまっていた。あわてて、
(いかんいかん、完っ全に流されてる。アラを見つけて、辞めてもらうんじゃなかったのか、俺!)
 と、思い直したが……。
 コツン。いつもの、おでこで熱計り。
「はい、熱もないみたいですね。いってらっしゃい♪」
「……行って来ます」
 流れは止まらなかった。というか、まりあが上手い……。

 玄関で靴を履く広樹に、まりあが声をかけた。
「今日の予定は、何かありますか?」
「いや、普通だけど」
「それじゃ、早めに帰ってきて下さいね」
 完全に新妻のセリフである。口調も、健康管理を考えたものというより、早く帰ってきてくれると私も嬉しい……みたいなものだ。
 こんな可愛い子に、こんな風に尽くされて、メロメロにならずにいられようか。広樹も、流されることを止めようがないようだし、私はすでに魅了されきっている。見ちゃいられん顔になっているのが自分でわかる。
 コンコン。そこに、ドアを叩く音がした。
(今日はちゃんと来たみたいだな)
 広樹が、鍵がかかってないことを告げると、彩乃がそっと顔を出した。
「……おはよう、ヒロちゃん」
 おずおずと声をかけた彩乃に、あえて広樹は言った。
「おお、我が召使い! お迎え、ご苦労!」
「……何ですってぇ!」
 怒りの表情に変わる彩乃を見て、むしろほっとする広樹。
(うんうん、これでこそ、いつもの彩乃だ。まりあがウチにいるからって、何も余計な気など遣わなくていいのだ)
 
「おはようございます、彩乃さん」
 そんな彩乃に、まりあが柔らかな声をかける。ふざけ半分のものにせよ、口論に発展するのを恐れたのか。見事なタイミングだった。
「えっ、お、おはよう……まりあさん」
 どう接していいのか、とまどいがちな彩乃に、にっこり微笑むまりあ。
「まりあ、でいいですよ」
「じゃあ、わたしも彩乃、でいいよ」
「はい! わかりました、彩乃さん」
「…………」
 まりあ得意のボケに、声を失う彩乃。だが、そのおかげで、構えていた心がほぐれたのも事実だろう。まりあのボケも、けっこう計算なのかもしれないと思い始めた。上手すぎる……。
 そのヘンな会話に、この二人がどういう関係を築くのか心配だったであろう広樹も、なんとなく安心しつつ、スニーカーを履き終える。
「んじゃ、行くか」
「お〜!」
「いってらっしゃ〜い!」
 平和な朝だった。
ダメだよ、行こうよ!

 ――授業はとっても気だるかった。
 つまらないから、だけじゃない。例の、「発作」である。
「……顔色、ちょっと悪いよ。具合、悪いの?」
 休み時間。寝てばかりいた広樹をたしなめにきた彩乃も、一転して心配げな声に変わる。
「気のせい、気のせい」
 そんな広樹の強がりに騙される彩乃ではない。
「ダメだよ、保健室に行こうよ!」
 その声に込められた気持ちが……普段、明るく接していても、どれだけ深く広樹を心配しているのかがわかって、切ない。
 と、ここで――

  選択肢 : おとなしく、保健室に連れて行かれる……
         意地でも行かない!


  ……意表を突く選択肢を出すよう、心がけてでもいるのか?
  流れから言うと、「連れて行かれる」べきなのだろうが……ここはあえて、突っぱねてみたりする。
  すると……場面はいきなり放課後に飛んだ。

 下校時のグラウンド。
「いっくよ〜!」
 聞きなれた元気な声に、広樹は目を向けた。
 彩乃が、白線で囲まれたコートの中で、大きなボールを相手コートに投げつけている。
「今日はドッジボール部か……ごくろうさま」
 ポツリとつぶやくが、それ以上見ていると、またしても「自由に動ける彩乃」への嫉妬のような思いが頭を占めそうになるので、すっと向きを変えて、校門へと向かった。
 と、突然。広樹の後頭部に、強烈な衝撃が襲いかかった!
「ひ……ヒロちゃんっ!!」
 その悲鳴のような声に、
(……お前の流れ弾かよ、彩乃)
 と理解した広樹は、薄れゆく意識の中、その馬鹿力を呪いたくなったのだった。

「ただいまぁ……」
 痛む頭を押さえつつ、ようやく帰宅した広樹。
「あっ、広樹さん、お帰りなさい!」
 いつもの――まだ3日目だというのに、もはやそう感じ始めていた――明るい声で迎えてくれたまりあに、ホッと一息つけ……なかった。今日は。
「な、なんじゃこりゃああああ」
 叫んだ広樹が見たモノは――部屋を埋め尽くす、恐ろしいモノだった。
キノコ健康法?

「……ふぅ」
 やっと片付けを終えた広樹は、まりあに言った。
「あれは、どういうつもりだ?」
「今日、お昼のTVで言ってたんです。『キノコは疲れた身体に良い』って」
「だからって普通、キノコで部屋中埋め尽くすか?」
「いっぱいあった方が、いいって思いませんか?」
「ブ・キ・ミだ、どうみても!」
 部屋を占拠していたモノとは――無数の鉢植えキノコだったのだ。
 あのままでは、広樹の部屋は、種類限定の植物園になっていただろう。それも、けっこう薄気味悪いだけの――。
「とにかく! ああいうのはせめて、ベランダに置いてくれ」
「はい、これからは気をつけますね」
 といいつつも、まったく悪びれた様子はない笑顔のまりあ。もちろん、悪気はないのだろうが……やっぱり、彼女のボケは、計算だけじゃないのかも知れない……。

「あの、お腹空いてますか、広樹さん?」
「……少しはな」
「そうですか……それじゃすぐに支度しますね、晩御飯!」
 にっこり笑うまりあのその笑顔に、体調の悪さも、後頭部の痛みも、キノコ部屋のショックも、その片付けの疲れも、すべて吹き飛んでしまう――。
 まりあに、すっかり魅了されてしまっていることを自覚した広樹は、ポツリとつぶやく。
「このままじゃ……ダメかもな」
 どんなものでもいい、まりあを解雇する決定的な『理由』を用意しなくてはダメだ。
 でないと、このまま流されていって、キッパリ断ることなどできない。
 そう、あくまでも彼は、まりあの滞在を断ろうと――この期に及んでも――思っていたのだ。
 のどかな団らんに、満たされた気持ちを感じつつも、広樹は必死になって、『その事』に頭を巡らせ始めるのであった――。
 
四日目−まりあといっしょの休日−

 まりあが来てから、初めての休日。
 だが、『早朝健康法』は続行され、ますます広樹の『まりあ追い出し、一人暮らし取り戻し大作戦』への決意は固まった。
 しかし……朝食後の彼は、ベッドにひっくり返ってしまった。
「たまの休みくらい、好きにさせろよ」
 と強がってみせたが――実のところ、体調が優れなかったのだ。
 それでも、そうした苦痛の『発作』の回数そのものは、ここ数日、ぐんと回数を減らしてはいた。これが、まりあの『治療』のおかげだとしたら……。

「だ〜か〜ら〜! ちょっとした事で流されちゃいかんと言ってるだろ!」
 思わず声に出してしまった広樹に、きょとんとした顔で返事をするまりあ。
「……何に流されるんですか、広樹さん? 川にでも落ちるんですか?」
「……………………何でもない」
 顔を赤らめつつ、かろうじて言い逃れた広樹は、なるべくまりあを無視しつつ、追い出し対策を考える。が――、
(浮かばん! なにも浮かばん!)
 そんな、なにやら悩んでる様子の広樹を見かねてか、まりあが声をかける。
「あの、広樹さん……たまにはお散歩でも行かれたらどうですか? 今日は外、暖かいですよ」
「…………そうか、んじゃ、そうするよ」
 家にいても浮かばないなら、外で考えたほうが気分転換にもなっていいだろう。そう考えた広樹は、珍しく素直に従う。幸い、しばらく休んだので、体調も持ち直していた。

 とはいえ、むやみに歩いても疲れてしまうだけと、とりあえず近場の公園へと向かう。
 吹き抜ける風は肌に冷たかったが、降り注ぐ光が、それを緩和してくれた。
 そして、その光が照らしている木々を見て、まりあの言葉を思い出す。
「自然と触れ合う、か……どういう事なんだろ」
 そんなことを呟いてみたところに、聞きなれた声がした。
「あっ、広樹さん!」
 振り向くと、当のまりあがそこにいた。(今の呟き、聞かれてないだろうな)などと慌てつつ、
「何だよまりあ、お前も散歩か?」
 と答え、改めてまりあの姿をよく見る。部屋ではもう見慣れたその制服も、町の風景と重ねると、違和感バリバリであった。持っている傘というかパラソルが、それに更に拍車をかける。だが、考えてみれば、外でこうして会うのは初めてだ。そういう意味では、新鮮でもあったりした。
「いいえ、これから買い物です。広樹さん、今夜の夕食、何がいいですか?」
「何って言われても……いつもまりあが勝手に作るんだろ?」
 追い出し作戦思案中のせいか、少々不服げに答える広樹。
 だがまりあは、にこやかに答えた。
「勝手に、じゃないですよ。今の広樹さんに必要なものを考えて、作っているんです」
「だったらさ、俺に聞かなくてもいいんじゃないの?」
「夕食は別ですよ。好きなものを食べると、身体が満足して眠れるんですよ」
「はぁ……そうですか」
 気のない答を返す広樹の腕を、まりあは突然、掴んだ。
「それじゃ、一緒に行きましょう!」
「お、おいっ!?」
 いきなり腕を組み、歩き始めるまりあ。否応なしに引きずられる広樹はこうして、『まりあ追い出し一人作戦会議』の中断を余儀なくされたのだった。

野菜たちの主張
「……ニンジン一つ選ぶのに、そんなに時間かけてるのか? どれも同じだろ?」
 カゴをぶら下げて手持ちぶさたな広樹が聞く。
「この子たちの声を聞いているんです。みんなそれぞれ、主張が違いますから」
 真剣な口調で、スゴいことを言うまりあ。
「あっ……そ……。だったら、このカゴの中のほうれん草は、なんて言ってたんだ?」
「この子はですね……『俺がヒロキを元気にしてやる、まかせとけ』って言ってましたよ」
「ウソだ……ぜぇっぇったいにウソだ」
「キミも広樹さんを心配してくれてるの? どうもありがとう」
「おいおい、大根にお礼を言うの、やめてくれよ……」
 周囲の主婦たちの視線を全身に浴びながら、(まりあの買い物には2度と付き合わないようにしよう……)などと誓う広樹であった。

 帰り道。
「はぁ……これまた随分買い込んだな」
「ハイ! ですから、いっぱい食べて下さいね」
「そんなに食べないぞ、俺」
「運動不足なんですよ、広樹さん。せっかくですから、お散歩して帰りましょう!」
「おいおい、俺、さっきまで散歩してたじゃねぇか……って、聞いてないし」

 そして、再び公園。
 周りの景色を見渡しつつ……こうしているのも、まんざら悪くないと思う広樹であった。
 いつ、あの気だるさに襲われるかもわからない――その恐怖からか、すっかり外を出歩くこともなくなっていたからだ。
 まりあが来てから、自分の毎日は、生活は、変わって行く……。無理やり変えさせられているとも言えるが――。
(今、横にいる彼女は、俺を変えていく……)
 本当に、不思議な存在だ……。広樹は感慨深げに、思った。
「ほらほら、あの木……すっごく元気ですよ。広樹さんも早く、あんな風になれるといいですね」
「……………………ああ」
 そんな日は……たぶん、来ない。そう思いつつも、まりあの横顔をみていると、もしかしたらと、思ってしまう。この子なら、あるいは……と。


  選択肢 : ちょっとお腹が減ってきた……早く帰って、夕飯にしよう
         もう少し、のんびりと夕暮れを楽しんでみるか……


  また意表をついて来た。そして、ここの選択肢もまた、かなり重要だと後で知る。
  まあ、せっかくここまで『散歩』を気に入っているようなので、続行させてみる。

 かなりの遠回り。
 広樹たちがアパートに帰りついた頃には、すっかり夕方になっていた。
「あっ、ヒロちゃん……まりあ」
 聞き覚えのある声が、ふたりにかけられた。
「お、おっす……」
「こんにちは、彩乃さん」
 それは、どこか戸惑った様子の彩乃だった。
 まりあを中心に、何となく妙な雰囲気が漂う。
「あ、彩乃……今からお出かけか?」
「う、うん……ちょっとね、夕飯の買い物にね」
「そうですか……残念ですね、時間が合えば、一緒に行きたかったです。今度、是非一緒に行きましょうね!」
「そ、そうね……それじゃ……」
 屈託のないまりあに対して、彩乃は終始、ぎこちなかった。
 やはり、まりあに対する複雑な思いが、整理しきれていないのだろうか……。
母へ

「……ごちそうさまっ!」
「良く食べましたね、すごいです、広樹さん!」
「そ、そうか……」
 散歩がよかったのか、いつもより食欲旺盛だった広樹は、ボリュームあふれる夕食をきれいに平らげ、お茶をすすっていた。
 そんな彼をじっと見つめていたまりあは、
「今日は顔色もいいみたいですね。熱も計ってみましょう!」
 そう聞いて、女性とのスキンシップに慣れていないせいか、まだ『熱計りへのトラウマ』が残っているのか、とたんに尻込みする広樹をよそに、いつもの『コツン』は行われた。
「……やっぱり今日は、熱もないみたいです。安心ですね」
「あ、ああ……」
 まりあの笑顔を見て、ふと広樹は、子どもの頃のことを思い出していた。
(早くに父ちゃんを亡くし、女手ひとつで俺を育ててくれた母ちゃん……たまに帰ってくる度に、ギュッと抱きしめてくれた……風邪を引くと、今のまりあみたいに額を当て、熱を診てくれた……)
(忙しいから。仕事があるから。子供ながら、それは分かっていた。それでも俺は――もっと、母ちゃんの側にいたかった、接していたかったんじゃないのか……)
 広樹が、まりあの母性に、拒否しようとしつつも激しく魅かれていくのは、おそらくそうした過去があるからなのだろう。

 そんな感慨にふけっている広樹に、まりあのタイミングよい(?)質問が飛んだ。
「あの……広樹さんのお母さん、何をやっている方なんですか?」
「母ちゃんね……アイツはさ、トラックの長距離運転手だよ。仕事ばっかでさ、滅多にウチにも帰ってこないんだよ」
「そうですか……きっと、広樹さんの為に頑張っているんでしょうね」
「…………ああ、そうかもな」
 素直にそう、口に出来た。そう、ババァ呼ばわりしたり、悪態はついていても、感謝だけはきちんとしているのだ。そうでなければ、その程度のことさえできない、本当のひねくれ者の主人公であるならば、私もとっくに、そんなヤツの語る物語など聞くに値しないと、スイッチを切っていたことだろう。
(待てよ……でも……!?)
 ふと、ある不安が広樹の頭をよぎった。
 そんな母が、まりあを――「プライベート・ナース」を、雇ったのだ。法外な料金がかかるという、特別な存在を。
(本当に払えるのかよ、あの母ちゃんに……)
 違う意味でも、まりあは断るべきなのではないか。そう、思ったのかも知れない。



 3〜4日目、総括。

 まりあが絶好調! 朝の会話も、広樹のコントロールの仕方も、キノコ部屋に仕立てるボケに至るまで。
 ただ、野菜たちとの会話は……ちょっと、「中身」を見せすぎたのではないかと。
 まあ、この時点では、広樹もプレイヤーも「ヘンな奴」程度にしか思わないのも確かなんだが……。

 彩乃はまだ、少し戸惑っている様子。まりあを――「友達」として受け入れていいのか、いろんな意味での「ライバル」なのか、あくまでも「お医者さん」なのか……。
 メインヒロインは間違いなくまりあなんだが……彩乃のいじらしさのほうが、だんだん気になってきてしまっていたり。

 広樹は――往生際が悪い(笑)。
 ただ、意地を張っているだけなのかと思いきや……まあ彼にも色々とね……。
 しかし、どんどんまりあに魅かれていってしまっていることだけは、自分でもはっきりと自覚せざるを得ないようだ。
 それはそうで、あれだけ、自分が「欲しいと思っていたもの」をすべて、それも自分ではそうと気づいていなかったものまでも、完璧な形で与えられてしまったら……嫌いになれ、という方が無茶であろう。
 だが、それだけに……彼の、無意識における苦しみも増えていくのだ……。


 そしてそろそろ、「試用期間」も終わりに近づくのである。
 彼はどうするのか、請うご期待。

 

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