「プライベート・ナース -まりあ-」 プレイノート

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忘れないで 愛に満ちた世界に 君は生まれてきた
六日目――まりあ追い出し作戦、開始!――

 いつものように、まりあが広樹を起こしに来る。
「起きて下さい、今日はとぉ〜っても、良いお天気ですよ!」
「……」
 だが、広樹は、布団の端をつかんだまま、無言で後ろを向いたままだ。
「起きて下さい」
「……起きない」
「起きて下さい!」
「起きないったら起きないぞ!」
「どうしてですか?」
「起きたくないからだっ!」
 正直、身体が辛かったのもあったのだが……実はこれが、広樹による「まりあ追い出し作戦」の第一弾――「絶対言う事聞かないぞ作戦」だった。
 こうして、とことん言う事を聞かなければ、そのうち愛想を尽かすだろうという……説明するほうが恥ずかしくなるような作戦だった。
 できれば、まりあに自主的に辞めてほしいというのが広樹の本心だったのだ。

(我ながら、情けない気はするけど……)
 そう思いつつも、しっかり布団の端を掴んで離さずに、叫ぶ。
「今日は起きないぞ、絶対に起きないから……ぅ、ぅわあぁぁっ!?」
 だが、次の瞬間、広樹は自分の身体が宙に浮き、わけもわからずひっくりかえされたことにあわてた。
 そして、ベッドの上にすてんっとばかり転がされた広樹は、いつのまにか、あんなにしっかり握っていた布団が、魔法のように剥ぎ取られていることに気づいたのだった。
(手品でも使ったのか? 信じられないほど馬鹿力なのか?)
 あっけにとられつつも、辛うじて広樹は抗議した。
「なにするんだよ、いってぇなぁ!」
「おはようございます、広樹さん!」
 返ってきた答は、いつもの、会心の笑顔だった。二の句の継げなくなった広樹は、こっそりつぶやいた。
(ったく……ズルいよな、可愛い女の子の笑顔は……)

 無事、広樹を起こしたまりあは、楽しそうに朝食の支度をしている。
 そんなまりあを見ていた広樹は、ふと気になったので、何気なく聞いてみた。
「……まりあってさ、怒った事ってないのか?」
「いいえ、何度もありますよ。よくジュリエットに言われるんです。『まりあは感情的すぎるよ』って」
「……ジュリエットって?」
「あっ…………と、友達です。わたしの、友達なんです」
 なぜだか激しく狼狽するまりあだったが、広樹は別のことに気を取られて、まりあのその様子には何も気づかなかった。
(どう考えても、日本人の名前じゃない。外人なのか、アダ名なのか? それはともかく、信じられんな……このまりあが、怒りっぽいなんて)
 そっと目をやったまりあのいつもの笑顔は、柔らかな朝の光の中で、ますます眩しく輝いて見えた。
(この顔が怒りに満ちた図なんて……想像もつかないな。……彩乃なら簡単に怒らせられるのに)
 またカカトで足を踏まれそうなことを呟く広樹であった。
奇行?
「……ごちそうさま」
 朝食を食べ終えた広樹に、
「はい、次はこれ、どうぞ」
 いつものまりあ特製ジュースが差し出される。
 たまに色味が違うような気もするが、味は似たり寄ったりだ。ハッキリ言って、とても美味しいとは思えない……。
 だから――(突然、ラクガキ調に変わる画面)。

 手に握られたそれを、激しく叩きつける広樹。
 割れるコップ、飛び散るガラス、汚れる床。
「こんな得体の知れないモノを飲ませ続けやがって、全然良くならないじゃないか!」
 ラクガキ調で、激しく怒鳴る広樹。
「そ、そんなぁ……」
 ラクガキ調で、涙ぐむまりあ。
「お前といるとなぁ、余計に具合が悪くなるんだよ! 出て行けよ!」
「酷い、酷すぎます、広樹さん!」
「いくらでも泣け! いくらでも怒れ! そしてさっさと、出て行ってくれ!!」
「言われなくてもそうします! さようなら!」
 ラクガキ調で、プンスカと怒りながら、去っていくまりあ。

(――てな展開は、出来ない)
 画面は元の、おだやかな微笑みを湛えたまりあが、机の向こうに静かに座る画面に戻っていた。
 言うまでもなく、その奇行は広樹の想像である。
 いっそそんなふうにした方が、あれこれ遠回しにするよりは手っ取り早いとは思うのであったが、そもそもそんな事ができる性分なら、初めからこんな苦労はしていないだろう。
 それは自分でもわかるので、奇行は諦め、おとなしくジュースを飲み干す広樹。
作戦続行

 だが、「追い出し作戦」そのものを諦めたわけではなかった。
「……ぅうっ!」
「ど、どうしたんですか、広樹さんっ!?」
 突然、苦しげな声を上げる広樹に、あわてて駆け寄るまりあ。
「ちょっとさ、苦しいような気が……ぅっ」
「痛いところとか、ありませんか?」
「そういえば、身体のあちこちが痛いかもな。やっぱりジュースなんかで病気がよくなるはず、ないんだよ……」
「…………」
 痛い『かもな』ってオマエ。と、プレイヤーがツッコむまでもなく、これは広樹の仮病であり、そしてこれこそが、『まりあ追い出し作戦」の第二弾、『仮病で文句言ってやれ作戦』であったのだ! ……頼むから、説明するのが恥ずかしくなる作戦はやめてくれ。
 だが、作戦は続行された。しかし――。
「今日は学校行くのやめとくかな……えっ?」
 突然、それは出た。――コツン。おでこで熱計りである。
 これにはいまだに慣れず、ドキドキして身動きできなくなる広樹なのであった。

やがて、身体を離したまりあは、ホッとしたような笑顔で、『診断を下した』。
「……大丈夫です! それほど悪くないですよ、今日は」
「そうなの?」
「はいっ!」
「熱はないかも知れないけどさ、他のところが悪いって可能性もあるだろ! 肝臓とか、腎臓とか、すい臓とか……」
 そんなこと言っている時点で、そんなことはないという証拠みたいなものだが。
「大丈夫ですよ!、わたしには分かりますから♪」
「……はいはい、そうですか(ムカッ!)」
 自身満々、やけに説得力あるセリフだった。
 だが、それだけに、少しカチンと来る広樹であった。患者の自己申告はまるで無視かよ……というイラ立ちだろう。
 しかし、それ以上はなにも言い返せなかった。そんなに悪くないのは事実であったのだし、やはり仮病作戦は恥ずかしいという事も、あったのかも知れない。

 玄関まで広樹を送り出しながら、それでもまりあは、心配そうに声をかけた。
「でも絶対、無理はしないで下さいね!」
「……へ〜い」
 作戦失敗と、まりあに完全に『負かされた』形になったのが悔しいのか、広樹の返事は、自分でも呆れるほどに、投げやりだった……。
最終作戦

「どうしたの? ヒロちゃん」
 登校途中、彩乃が心配そうに声をかける。
「何でもないよ」
「そう? ちょっと不機嫌っぽくない?」
「何でもないったら、ない!」
 そのムキになるところに、更に不安そうな顔になる彩乃。
「悪いの? 具合……」
「んにゃ、今日は良いらしいよ。バリバリ絶好調だって!」

 彩乃に文句を言っても仕方ない。そんなことはわかっていた。
 だからと言って、まりあに怒っているわけでもなかった。
 広樹は、自分自身に怒っていたのだ。不甲斐ない自分に――まりあの笑顔を、そしてあの慈愛に満ちた瞳を見ると、気持ちが揺らいでしまう自分に。そして何より、まりあの言う事はすべて正しいんじゃないかとさえ思えてしまう、自分に。
 そのことがなぜ『怒り』に繋がるのか――という部分は、きっと考えないようにしているのだろう。考えてしまうことを、無意識に恐れているのだ。
「クソ……ちくしょう!」
 とにかく、自分の『怒り』は、『まりあ追い出し作戦』という自身の立てた誓いを完遂できないことへの悔しさだと思い込みたい広樹は、更に自分を追い込む。
(こうなったらもう、絶対的な状況を作り上げるしかない……! まりあが俺に、何も言い返せないような、状況を!)
語らぬ天使

 イラつきすぎたのか、またしても発作を起こした広樹は、今日も今日とて、保健室三昧だった。
 この日は、ベッドに横になりつつも、相変わらず机に突っ伏して寝ている美緒センセを観察する広樹。
 ……かれこれ一時間。

「保健医っていうのも、結構ヒマなんだ」
 ようやく身を起こして、軽くあくびをした美緒センセに、思わず言ってしまう広樹。
「…………」
「……あの……」
「ああ、ヒマだ。楽な仕事だと思うよ」
「あ、やっぱりそうか」
「……お前がこないと、もっと楽なんだけどな」
「……(聞こえるように言うなよな)」
 やっぱり苦手だこの人……。などと思いつつも、このまま帰るのはシャクだと思ったのか、更に言葉を続ける広樹。

「前の保健医さん、けっこうおしゃべりな人だったぜ」
「……」
「……」
「……私とおしゃべりしたいのか、お前」
「いや、そういうわけじゃ……」
 どう見ても不機嫌そうな、美緒センセの鋭い目線に、タジタジとなる広樹。
「機嫌が良ければ、もっと喋ったりするかもな……」
 ぼそっとつぶやいた美緒センセの言葉に、
(この人が機嫌のいい時なんて、あるんだろうか……)
 と、あくまでも心の中でツッコミをいれつつ、今日もなんとなく後味の悪いままに、保健室を後にする広樹であった。
最終作戦、発動

「あれっ? ヒロちゃん、次の授業は体育だよ」
 びっくり顔で声をかける彩乃。
「ああ……だから?」
「どうしてそんなの持ってるの?」
「ああ、これね。今日は絶好調だからさ。久々に出ようと思ってな」
 広樹は、手にしたジャージを軽く持ち上げて見せた。
 彩乃が驚くのも無理はない。彼がそうしてジャージを持ってきたのなど、1年の時以来であり、しかもその時は、ランニングを始めてすぐに、倒れてしまったのだから。

 そう、これが広樹の『最終作戦』……ウソが通用しないのなら、『実際に具合を悪くしてしまえ作戦』だった! 保健室のお世話になるほどなのだから、バッチリだ! ってお前……。
(俺が倒れれば、無理やり学校に行かせたまりあも、責任を感じるだろう。あの性格なら、尚更だ。これなら……きっと……クッ)
 瞬間、広樹の視界がグラリと揺れた。少しだけ、胸が苦しくなっても来た。
 その視界には、信じられないモノを見て固まっているような表情の彩乃が立っている。
 その顔を見て、少しばかり気がとがめる広樹。

(そうまでして俺は……まりあを拒否したいのだろうか? 半ば、意地になっているだけなんじゃないのか?)
(あんなに一生懸命、頑張ってくれている彼女を、俺は……)
 だが、思いとどまろうとはせず、重い足取りで教室を出ようとした広樹の腕を、いきなり彩乃が掴んだ。
 いつもの明るさなど欠片も見えないほど、心配そうな顔で広樹を見つめながら、
「やめて……お願いだから、やめてよ、ヒロちゃん……」
 今にも泣き出しそうな声で哀願する。
「今日は大丈夫……大丈夫なんだよ……んじゃあな」
 必死に自分に言い聞かせるような言葉をつぶやき、強引にその腕をふりほどく広樹。
「あっ……」
 胸に刺さる、悲鳴のような彩乃の声。
 だが彼は、振り向かずに廊下へと駆け出して行った。
(こうなったら、徹底的にやってやる! この身体がボロボロになるまで、ひたすら走ってやる!)
 なぜそこまで、自暴自棄な行動に出なければならないのか、自分でもわかってはいないのだろう。
 だが彼は、もうこれしか手段はないのだから……などと無理やり思い込もうとしながら、廊下を駆けた……はず、だった。
 そして……暗転。
 

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