「プライベート・ナース -まりあ-」 プレイノート

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忘れないで 愛に満ちた世界に 君は生まれてきた
2日目−風邪?−

 ゆさゆさ。
「んっ……何だよ……」
 ゆさゆさゆさ。
「だから……何だってば」
 ゆさゆさゆさゆさ。
「起きて下さい、広樹さん。朝ですよ」
「ハイハイ、起きますよ……って、オィ!」

 柔らかく揺り起こされた広樹は、時計を見てむしろ飛び起きた。
 なにしろまだ六時半だったのだ。
 文句を言う広樹に、「早起きは健康の第一歩ですよ」とにこやかに諭すまりあ。そして、まだうだうだ言うのを聞き流し、ほいほいと着替えを渡して、先日と同じ「朝のひなたぼっこ」に連れ出した。相変わらず、けっこう強引だ。

「今日も良いお天気ですね。う〜ん、朝陽が気持ち良いです」
「でも寒いぞ! 風邪が悪化するじゃないか!」
「広樹さん、風邪なんですか?」
「さあ……何なんだろうな……」
 自分の病名すらわからない。そのやるせない現状に、自嘲にも似た感情をこめた言葉を吐く広樹。
 昨夜も彼は、その『病魔』に襲われたのだった。
 痛みにも似た……言葉では言い表せないような、奇妙な『気だるさ』に。
 医者も、原因がわからないとてどうにもできず、広樹の方も、そんな病院にいくことを拒絶してしまっている。どうせどうにもできないなら、それがお互いのためだ……とすら。

「いろんな元気、いっぱい吸収しましょうね、広樹さん!」
「………………」
 だが、まりあの元気な笑顔を眩しく見つめつつ、広樹は思った。
(……まりあはどこか、違う気がする……治療らしい治療もしない……仮にも、あらゆる医療を極めた『プライベート・ナース』なのに。普段の生活の中に、織り交ぜられるような治療。不思議な……なんとも言えない様な……)
「それじゃ、戻りましょうか」
「ああ……」
 まりあにうながされて、部屋へと戻りながら、広樹はふと疑問に思った。
(それにしても、まりあのやってることは本当に意味があるのか? 本当に良くなるのか、こんな治療で?)
 だが、そのことは考えないようにした。
(どうせまりあがここに居るのは、あと数日の事……なんだからな)
 
いってらっしゃい!
「……いただきます」
 今日はトーストの朝食。広樹は妙なクセを持っている。バターとジャムと砂糖を混ぜたモノを塗らないと気が済まないのだ。他の食べ物も混ぜるのが好きだったらしいが、それは彩乃や母にやめさせられたらしい。しかしこれだけは、「見た目が気持ち悪いですよ」とまりあに可愛い声でたしなめられても、やめられない。
「美味しいって思うんなら、それでいいですけど……」
 と言いつつ、まりあはパンをほおばる広樹の顔に、手を伸ばした。
「な、何だよ」
「ジャム、ついてますよ。もぉ、子供みたいなんだから」
 広樹の口元についたジャムを、細い指でそっと拭い取り、そのまま自分の口の中にぱくっと入れてしまうまりあ。
「…………」
 そんなまりあの顔を、思わずじっと見てしまう広樹。
「んっ、どうかしましたか?」
「……なんでもない」
 と言いつつも、(あんな仕草一つが気になってしまうとは……まだまだ青いな俺も)などと、照れくさそうに考える広樹。いや、無理ないって。
 
 今朝もまた、妙な味のジュースを飲み終えた広樹は、玄関へ向かった。そこにまりあが、
「今日の帰りは、早いんですか?」
 と、ナースというより、愛妻のような言葉をかける。
「一応、そのつもりだけど」
「絶対無理しないで下さいね。約束ですよ!」
「ああ、わかってるよ。……じゃあな」
 靴を履いて立ち上がった広樹を、
「いってらっしゃい!」
 元気な笑顔で送り出すまりあ。
 そんな暖かい雰囲気に、心が揺らぐ広樹。あくまでも彼女の『契約』を断りたい広樹にとっては、その笑顔での見送りは、まさに最強の攻撃であった。……プレイヤーの心にも刺さるくらい、最強。
(だからと言って、彼女を簡単には……受け入れるワケにはいかない……)
 いささか意固地に考えつつ、アパートの階段を降りる。
 
いつもと違う朝、いつもの勝負、いつもの……
 そこで広樹は、『何か』が足りないことに気づいた。
 いつもの朝と、どこか違うような。
「う〜ん……」
 考え込んでいた広樹に、
「……おはよう、ヒロちゃん」
 そっと彩乃が声をかけた。そして気づいた。足りないモノはソレだったのだ。――彩乃が、迎えにこなかった。
「お、おはよう。……今日はどうしたんだ、寝坊でもしたのか?」
「ううん、違うよ」
 何か、いつもと違う雰囲気の彩乃。確かに、初日の『お迎え』の凄まじさに比べたら、えらくおとなしいというか、どこか沈んでるというか、考え込んでいる感じだ。
 理由といったら、まず思いつくのは『それ』しかない。広樹は『それ』を言ってみた。
「遠慮ならいらないからな。まりあがいるのは、気にしなくていいんだぞ」
「そ、そんな事じゃないよ……別に」
 言葉とは裏腹に、『そんな事』だというのがよくわかった。
(けっこう気を遣うタイプだからな……コイツ)
 だが、それ以上は何も言わず、「さ、早く行こうぜ」と歩き出す広樹。
「待った! あれ、いくよ!」
 いつものじゃんけん勝負を挑む彩乃。広樹の気遣いに、少し気を取り直したようだ。
 ちなみに勝負は彩乃の勝ち。
 ぶるるぅぅ……とスクーターが走る。いつ被っても恥ずかしく思う、カエル好きの彩乃の『カエルのヘルメット』とお揃いの……『おたまじゃくしヘルメット』を頭に被らされた広樹を乗せて。

 学校についた広樹であったが、体調はすぐれなかった。
 そして……午前の授業も終わらぬうちに、例の『気だるさ』を覚えた彼は……気が付くと、見慣れたベッドの上だった。
「おっ、やっとお目覚めか」
 ぶっきらぼうな声がかけられる。保健医である、沙生美緒さんであった。彼女がいるということは――いつもの、保健室ということだ。
「……今、何時間目?」
 広樹の質問に、美緒は黙って壁の時計を指差した。
「…………」
 それを見た広樹は、再び布団に潜り込もうとする。
「……まだ、寝る気か?」
「だって、もう授業は終わっちゃったんだろ」
 外にはすでに夕日が差していた。
「……授業が終わったら、家に帰るのが普通だろう」
 不機嫌そうに、口にくわえた「ぽっきぃ」を揺らしながら言う。これで、前の学校では「保健室の天使」とまで言われた名保健医だったというのだから、信じがたい。
 いや、信じ難いというか、とんでもなくアレな理由があるのだが、当然ここではまだ、わからない。
「へいへい、わかりましたよ」
 追い出されるように部屋を出る広樹に、とってつけたような見送りのセリフが贈られた。いかにもやる気のなさそうな口調で。
「……お大事に」

やる気ゲージはマイナス
 広樹は下校の途中、夕日の迫るグラウンドで、『お仕事中』の彩乃に会った。
 彼女は、勉強もできるが、スポーツも万能というすごい女の子なのだが……飽きっぽいため、ひとつのことを長く続けることができない。そこで、各クラブの『助っ人』をして、お菓子などの『報酬』をもらうという行為を、『お仕事』と称して行っているのだ。

 本日の『お仕事』は、ソフトボール部のお手伝いらしい。
「そこのグラウンドで、今から始まるんだ。ヒロちゃんも、見ていかない?」
「う〜ん……いいよ、遠慮しとくよ」
 彩乃としては、いっしょに居たい、応援して欲しい……という気持ちも、少しはあるのかも知れないが――、広樹のほうは、そんな彩乃を遠くから見ていることしかできないことに、そしてそんなふうに自由に動ける彼女への羨ましさに、やるせない思いをつのらせてしまうのだ。
 そこに、ソフトボール部のひとたちからの呼び声。
「は〜い、今いくよ。それじゃ、ヒロちゃん、気をつけて帰ってね」
「はい、はい、はい、はい」
 そんな何げない一声にも、それを病人扱い、子ども扱いに感じてしまい、険のある答を返してしまう広樹。
 だが、子ども扱いはともかく、病人なのは確かなのだ。現に、ついさっきまで、倒れて寝ていた……。グラウンドに駆けていく彩乃を見送りながら、広樹は、そんな自分の現状を不服に思った。本当は、運動部に入って、充実した放課後を送りたい。思い切り、あのグラウンドを駆け回りたい……。
(いやいや、俺は立派な『帰宅部』じゃないか……)
 悪いことばかりが堂々巡りし始めそうな頭を軽く振って、広樹は『部活』に精を出すことにした。

 気楽なのはいいが、なんとなく寂しい、一人での帰宅。
 さきほどの暗い気分を引きずりつつ、アパートの階段を昇ろうとした広樹は、二つの元気な声に呼び止められた。
「あらヒロキくんっ!」
「お〜、ヒロキッ!」
 それはお隣の、由乃と優乃の宮森親娘であった。彩乃の母と、幼い妹である。
 尋常に挨拶を返す広樹であったが、それを聞かばこそ。
「最近、遊びに来てくれないのね……あんまり来てくれないと、わたしから遊びにいっちゃおうかな〜♪」
「ユーノも、行くいく〜♪」
 ――激しく明るく軽いノリで、言葉を重ねる親娘。
「…………はぁ」
 いつもニコニコしていて、温厚なのはいいが、このノリが果てしなく続くのがこの親娘の困ったところだ。半ば逃げるようにして、自室に戻る広樹。
おかえりなさい

「おかえりなさい、広樹さん!」
 とたんに、まりあの元気な声が、色々あって腐りかけていた広樹の、心と体を優しく包み込む。
 家に帰ると誰かがいる。ずっと、物心ついた時から一人暮らしだった広樹にとって、それはけっこう嬉しいことだった。
 そして、自分の心が、少しずつ揺らぎ始めているのがわかる。
(そんな、『小さな幸せ』と、『一人暮らしの自由』……後者を強く望んでいたはずの俺が、何を戸惑っているのだろうか……)

 定番になりそうな、帰宅後の質問攻めをクリアした広樹は、買い物に出かけたまりあを見送ったあと――ベッドにうずくまってしまった。
「……くっ……ツゥッ……」
 ぐったりとベッドに倒れこむと、そのまま気を失いそうにすらなる。
 いつもなら、『気合』で耐えるしかなかったのだろう。だが、今の広樹の頭に浮かぶのは、まりあの笑顔であった。
 この二日でも、こういう場面はそれなりにあった。それを気遣ってくれるまりあが、まるで母親のように――実の母親は居るのではあるが、『ババァ』呼ばわりしているそれではなく――そう、理想の母親のように思えるようになっていたのだ。
 少しずつ、まりあを受け入れ始めている――それどころか、頼りにさえし始めている。そんな自分に、ますます戸惑う広樹……。

 夕飯後、お茶を飲みながら、まりあが言った。
「広樹さん、ちょっと辛そうですね……。箸も進まなかったみたいですし」
「そんなことないよ、ちょっと食欲がなかっただけ……だよ」
 白々しいそのセリフでごまかせるとは、本人も思っていないだろう。
 案の定、連続ドラマのクライマックスで、まりあはTVのスイッチを消した。
「今日は早く寝た方がいいですよ、ねっ?」
 優しく気遣うその笑顔が眩しい。しかし――。
「寝られるわけないだろう、まだ9時過ぎだぜ」
「それじゃ……子守唄でも歌いましょうか?」
「……いい、遠慮しとく。一人で寝るよ」
 例によって、控え目で、柔らかで、慈愛に満ちた笑顔で接してくれるのではあるが。こうと決めたことは、頑として譲らない――特に広樹の健康に関することに対しては、ほとんど強引に実行させるのだ――ということもわかってきたため、おとなしくベッドに横になる広樹。
(疲れている、か。本当にそうかもしれないな。身体を……休める……か……)
 奇妙な暖かさを感じながら、明かりを消した部屋の中で、ゆっくりと眠りにつく……。



 「二日目」の総括。

 まりあが新妻だ……(笑)。
 そして、一見、めちゃくちゃ優しいばかりのヒトのように見えるけれど、けっこう強引なこともわかってきた。まあ、相手のことを思い遣っての強引さなのだが、それだけに逆らえない。
 あの笑顔は、いろんな意味で、最強の武器なのだなあ。

 一方の彩乃は、けっこう悩めるヒトであることも見えてきた。
 そうしてみると、OPでのガサツさは――あちらの方が、むしろ広樹に心配かけまいとする、ポーズなのかもしれない。
 文武の両方に天賦の才を持つということが今回描かれたが、まさか「ソレ」が彼女の悩みの原因のひとつになっていようとは、この時点ではまったくもってわからず。

 そして、今回やっとまともに出てきたのが、沙生美緒センセイ。
 サブヒロインなんだけど……あー、ツンデレなのか?(笑)
 とりあえず今回は、「ぶっきらぼうな元・保健室の天使」とだけご紹介。

 由乃(よしの)・優乃(ゆうの)の宮森親娘も登場したが、これは顔見せのみ。
 まりあと同じように、常に笑顔なひとたちで、まりあと同じくらい優しいひとたちなのではあるが……あの独特のノリがなんというか。

 そうしてみると、まりあの控え目だけどキッパリと引っ張って行ってもくれる優しさというのは……心をほんとに癒してくれるものなのだなあと。特に弱っている心には。そう、広樹のような心、そして……。


 まあ、これで一通りの人物と日常を紹介したことになるので、次回からはもう少しストーリー展開が早くなります。お楽しみ(?)に!
 

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