「プライベート・ナース -まりあ-」 プレイノート

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忘れないで 愛に満ちた世界に 君は生まれてきた
五日目−雨の朝−
 久々に、雨の朝であった。
 時計を見ると、まだ6時を少し回ったばかり。
「あっ、広樹さん。おはようございます!」
 それでもまりあは、しっかり起きていた。
「おはよう。雨、降ってるだろ?」
「はい。今日はお日様、見れませんね」
 というわけで、朝の日光浴は免除だった。
 とはいえ、もう目を覚ましてしまった以上、また眠る気にもなれず、いささか早すぎる着替えに勤しむ広樹は、外をじっと見つめるまりあに声をかけた。
「なに見てるんだ? まりあ」
「雨ですよ、雨」
「お陽さま大好きなまりあとしては、雨は嫌いだろ」
 だが、意外にもというか、まりあは首を横に振った。
「いいえ、大好きですよ。雨はみんなに恵みをくれるんですから」
「そうか? 俺はうっとうしいだけだと思うけどな」
「感謝しないとダメですよ」
 キュっと、何かを抱きしめるかのような形に手を組んで、そっと目をつぶるまりあ。
「草も木も動物も、人が生きていけるのも……雨が降ってくれるからなんですよ」
「まあ、そういえば、そうだな」
「毎日雨だったら、困っちゃいますけどね。フフフッ」
 一転して、楽しそうに笑うまりあ。いつもの笑顔だ。そんなまりあを見て、複雑な思いにかられる広樹。
(俺は……このままでいいのか。それとも……)


 出かけようとする広樹を呼び止めて、まりあはずいっと顔を近づけると、聞いた。
「具合、どうですか? どこか苦しくはありませんか?」

  選択肢 : 「いいんじゃないかな、今日のところは……」
         「ちょっと悪いかなぁ……うん、悪そうだ!」


 またキタ! 「体調」に関する選択肢が多いのは、それがルートを決める重要なポイントであるかららしい。とりあえず、悪いようには見えないので……、

「いいんじゃないかな、今日のところは」
 と答えた。すると、まりあは、安心したかのように優しい笑顔で、広樹に笑いかけた。
 照れたような広樹。
(きっと、本当に具合が良いんだろう。悪いよりは、いいよな……)
犬も食わない
 外に出た頃には、雨は止んでいた。
 そして、いつものように彩乃とのジャンケン勝負。

  選択肢 : 「絶対に『グー』だっ!!!
        「いや、彩乃はパーが多いから『チョキ』だろう……」
        「ここは思い切って『パー』かな?」

  
 ここから、ついに選択肢込みのミニゲームに!
 ……………………うだぁ! 5回も「あいこ」を繰り返した末、負けた!
 ってか、この勝負も「体調」に微妙に影響する、らしい。つまり、ルート選択にも多少、影響するということ。本気で攻略するなら、セーブは必至です。
 ともあれ、スクーターでぶろろ〜んと学校に着いた二人であった。

「……ヒロちゃん、なに考えてるの?」
 休み時間、何かボーーっとしている様子の広樹に話しかける彩乃。
「別に、大した事じゃないよ」
「もしかして、あの子のこと?」
 鋭い彩乃。
「な、何言ってるんだよ! そんなはずないだろう!」
 狼狽する広樹。『そうです』と言ってるようなものであるが。
「そうかなぁ、ヒロちゃん、案外惚れやすいと思うけど」
「何を根拠にそんな事言えるんだ、お前!」
「ふふ〜ん! 子供の頃から、ずっと見てるんだよ。何となく、わかるもん」
 きっと、その度に、複雑な思いを抱いたのだろう。何というかもう、彩乃って、本当にすごい女の子だ。文武に優れてるからって意味じゃなくて……。

 が、広樹の方は、のんきに回想をしている。
(確かに……小学生の時とか、席替えのあるたびに気になっていたもんな、隣の子の事)
 確かなのかょ! とツッコむプレイヤー。
(だからって、ちょっと気になるくらいだ。まりあの事だって、それと同じようなものだ)
 そう思い込みたいのだろう。なぜなら、そう思わないと、追い出せないからだ。
 あくまでも、まりあには出て行ってもらおうと思っているのだから。
 そして、その決意を固めるべく、広樹は、彩乃に「宣言」した。

「……もうすぐ辞めてもらうんだよ。まりあには」
「えぇっ、どうして!?」
 広樹は、まりあと最初に交わした「約束」のことを説明した。「一週間の返事」の件を。
「そうなんだ……そういう条件つきだったんだ」
「分かったろ? だから、あと3日でいなくなるんだよ、まりあは」
「本当かな〜? 言えるのかな〜? ヒロちゃんには、言えない気がするな、ワタシ」
 なにかを見透かしたような、からかうような笑みを浮かべる彩乃。
「言うぞ、ぜったい言う! 言うったら言うからな!」
 ムキになる広樹だったが、
「……じゃあ、何て言うつもりなの?」
 ずいと顔を寄せられて問い詰められると、
「それはだなぁ……まだ考えてない」
 その答を聞いて、またさっきと同じ、すべてを見透かしたような笑みを浮かべる彩乃。

「やっぱりね。……まあ、無理に辞めてもらわなくてもいいと思うけど、ワタシは」
「……お前、最初は反対してなかったか?」
「してないよぉ。突然だったから、驚いただけ」
「やだやだ。女の嫉妬ほど醜いものはないからなぁ!」
 いくら『言い負かされた』形になったのが悔しかったとはいえ、これはちょっとデリカシーに欠ける一言だった。彩乃の顔がたちまち『怒り』モードに。
 ぼこんっ! 激しい打撃音が教室に響く。
「もぉ、図に乗るなっ!」
「うっ、ウウ……病人を殴るなんて、酷いやつだなお前」
「コラコラ、こういう時だけ病人ヅラしないの」
「じゃあどういう時にすればいいんだよ! いつもはすぐ『大丈夫?』とか聞いてくるクセによ」
「もぉ! いい加減にしないと怒るよ、ワタシ」
「えっ、今までは怒ってなかったのか?」
 すぅっ……と、彩乃の顔が『怒り』を通り越して、笑顔すら浮かべた。
「……一度死にたい、ヒロちゃん?」
 ただし、出てきた声は、氷の刃のようだった。
 こうなるとブチ切れ寸前だと、長い付き合いでよくわかっている広樹であったが、ここで引くのも悔しいと、あたふたする。

 だが、彩乃のその静かな怒気は、周囲の声によってかき消されていった。
「また始まったよ、夫婦ゲンカ」
「飽きないよな、お前たちって」
「ほんとホント、見せ付けてくれるよな〜」
 まあ、周りからは当然、このように見られているというわけだ。この二人は。
 それはそうだ、ぶろろ〜んと仲良くバイクで2ケツ登校、いつも一緒にこうして和やかに話したり時にはケンカしたり、広樹がぶっ倒れれば、彩乃が真っ先に介抱して、そのまま目覚めるまで側に居たりさえしているのだから。
 そして二人も、いちいちそれを訂正する手間をかけようとは思わないようだった。
「……いやぁ毎度まいど、すみませんね、同じようなネタばかりで」
 彩乃が照れ笑いを浮かべてみせると、広樹もそれに乗った。
「ふぅ、本当だよな。あははは……ゥゥっ!」
 だが、笑顔のその陰で、彩乃は広樹の足を思いっきり踏んでいたのだった。
 それも、カカトで。

ぽっきぃ問答
 と、犬も食わない夫婦ゲンカばかりをしていられれば幸せなのだろうが、今の広樹は、そういうわけにはいかなかった。
 またしても『発作』に襲われたため、気が進まないながらも、保健室の扉をくぐる。
「お邪魔しま〜す……」
「……本当に邪魔だっつ〜の」
 机に突っ伏していた美緒センセが、耳を疑うようなセリフをつぶやいた。
「えっ、今、何か……」
「何でもないよ、適当に休んでろ」
「は〜い……」
 という広樹の返事を聞くまでもなく、再び机に突っ伏して寝てしまう美緒センセ。
(やる気ゼロだよな〜)
 と思いつつも、いつものようにベッドで寝込む広樹。

 そして、終業のチャイムが鳴った。
 これ以上ここに寝ているのも……と、だるい身体を起こした広樹。
 美緒センセは、やっと起きてはいたが、気だるそうにお菓子を食べていて、やっぱりやる気は感じられない。
「沙生先生は、いつもそのお菓子、食べてんだ」
 このまま無言で立ち去るのも……と思った広樹が、何気なく声をかける。
「……悪かったな」
 答は、不機嫌そうなその一言だった。思わず「すいません」と謝ってしまう広樹。
 と、立ち上がった美緒センセは、くわえたお菓子を広樹の方に突き出した。
「……何か、気づいたか?
「さ、さぁ……(何が言いたいんだ? この人……)」
「物覚えが悪いな、お前」
「す、すいません……(って、なぜ謝らないといかんのだ)」
「この前のはイチゴ味。こないだのはピーチ」


 センセイの「答」に、呆れ果てるしかない広樹だった……。

 
本当の心
「それじゃワタシ、『お仕事』あるから」
「ああ、それじゃあな」
 元気にグラウンドを駆けていく彩乃を見送った広樹は、ゆっくり歩き出す。
 朝は二人、帰りは一人。すっかり慣れてしまった下校パターン。
 少しばかり寂しいことは否めないが、おかげで、一人静かに物思いにもふけれる。
「まだ朝の雨が水溜りを……歩きにくいったありゃしないな」
 ぶつぶつ言いながら歩きつつも、思う。
「でも……天の恵み、か」
 あらゆるものに恵みを与えてくれる雨。乾いた地面も、きっとあの雨を喜んでいるのだろう……。
「って、何考えているんだ俺……」
 少しずつ、まりあに感化されていることに気付く広樹。
 本当は、彼女の存在を認めたいのだろう。
 面倒だと思うようなことも、まりあに言われると、さほど抵抗なくできてしまう。
 少しずつ、まりあの存在が広樹の中で、大きくなっていく。
 だが……だからこそ、まりあには辞めてもらわなければならない。
 一度決めたこと、だからだ。
 決めたことは貫徹するのが、自分のやり方だからだ。
「彩乃にも、宣言しちゃったしな……」
 今度こそ、本当に何らかの手段を講じないといけない。
(たとえそれで、俺の心が痛むとしても、だ。まりあがいたら……このままだったら、俺は……)
 俺は……どうなると、言うのか。

 彼はまだ気づいていなかった。自分の本当の心に。
 そうまでして、まりあを拒否したい、本当の理由に……。
 
五日目総括
 
 まりあはすっかり、広樹との共同生活に溶け込んでしまっている。
 川が流れるように、風が吹き渡るように、そこにいるのが当たり前になってしまっている。
 まだたった五日目だというのに、たぶん広樹には、もう彼女が居ない部屋のほうが、不自然に感じてしまうのではなかろうか。
 だから――、


 広樹が戸惑っている。
 自分でも、もうすっかりまりあのことを認めてしまっていることは、認識しているのに。
 それどころか、頼りにすらしていることも、わかっているのに。
 彩乃にからかわれるまでもなく、魅かれて行ってることにも、気づいているのに。
 無理に追い出したりすれば、なにより痛むのは、自分の心だということも――知っているのに。
 でも追い出さなければならないという、強迫観念のようなものにとりつかれている自分自身に、なにより戸惑っている。

 彩乃は、何気ない「夫婦ゲンカ」の中にも、自分の想いを注いでいる。
 広樹を心配していること、いつも見守っていること、広樹の心が揺れる度に、自分の心も揺れてきたこと。
 まりあに対する広樹の心の「揺れ」が、今までにないものだとわかるので、自分の心も震えているのだろう。それは、彼が離れて行ってしまう不安と――「治る」かもしれないという期待と、に。

 美緒センセも、あいかわらずやる気はないものの、すこしだけしゃべってみた。

 広樹を取り巻く環境が、少しずつ変わっていく。
 その中で、広樹自身も変わって行かざるを得ないのだが……、どう変わるのか。
 彼にとって、その答はひとつしか思いつかないのだろう。
 だから、こんなに戸惑う――というより、怯えているのだ。
 次回は、そんなお話です。

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