1〜4月5月6月7月8月・9月・10月11月・12月

年頭挨拶 2003/01/01(水)
新年、明けましておめでとうございます。



――明けたんですよね?



――本当に正月なんでしょうか……?



韓国は正月を旧暦で祝うため、休日は一日のみ。
大晦日なんざありません。

昨日は夜までネット越しにPCと格闘してました。

――まぁ、日本にいたときも現行の〆切に追われまくりでいつが仕事納めか良く分からん生活でしたが。


そこで、夜は韓国で寂しく正月を迎える居残り語学院生たちでモヨって(集まって)NHK紅白を見たあと、ソウル中心街へ繰り出してみました。
するとなんと、大通りが歩行者天国となり、集まってきた人々が30連発花火を片手に練り歩く、一大花火ショーが繰り広げられているではないですか。

――いいもんだねぇ

日本と違って初詣はないが
――って言うか、日帝時代、強制的に神社参拝させられていた忌まわしい過去を持つ韓国人がお参りするわけも無いのだが、西洋のニューイヤーカウントダウン的で結構楽しかったっス。

渋谷とかじゃ車通行止めにしないし、着ぐるみ着た変なヤローどもが奇声を上げながら騒ぐ程度だし、
こんな新年の迎え方もいいかなーなんて。


――が、しかし午前0時が過ぎ、新年を迎えた途端、さっさと家路に向かう人の波は何?

もう少し余韻に浸ればいいのになぁ...

せっかく終電が2時まで延長されたんだし。

一応明日は休みなんだし...




映画を観に行くと良く分かるのだが、話が終わってエンディングテロップが流れ出すと一斉に席を立って出て行くのな。
映画の余韻に浸ろーって発想がありません。
切り替えの速さは天下一品です。



――あ、当然我々はノレパンで歌い初めをして参りましたが(^_^。


さぁこの一年。どんな年になることやら。

平穏に過ごす事は無理だろうが、退屈はしそうにないね韓国。

今年一年生きていられますように(切願)





ちなみに初ネムセがポンテギだったのは内緒にしておきたい(爆)

韓国の冬 2003/01/03(金)
今年の冬は半端じゃなく寒いと聞いてはいましたが、

冗談じゃなく本っ気で寒いっス。

とくに私の部屋









オンドルが効かないんすよっ(泣)


家自体かなり古いということと、二階建て地下ありの家を一つのボイラーでまかなっているため、
オンドルの効く部屋効かない部屋があり、私の部屋がまさにその効かない部屋なのだ。


死にます。

ソウルの冬をなめちゃいけません。

日中氷点下なんですから。

氷点下って知ってます?零℃以下の、水が凍る温度のことっすよ。
それが日の出ている昼間中もずっと。

窓から流れ込むヒンヤリとした冷気はまさにクール宅急便の中身そのもの。

生もの放置していても腐る心配はありません(泣)

そこでついた私の部屋の別名。



シベリアパン(意味:シベリア部屋)

そう言ったらロシア人留学生に
「ロシアの部屋は暖かい」と指摘されてしまいました。

寒い国って基本的に部屋は暖かいんですよね。半袖で過ごせるくらい。



改名

シベリアパッケパン(意味:シベリアの部屋)

何が悲しくて韓国の室内でダウンジャケット着てなきゃならんのだ?
日本じゃあるまいし。(事実練馬に住んでいた頃はエアコン代ケチって厚着してました)



――ところが最近

冬休み期間に入って学生がいなくなり、使用していない部屋のオンドルを切ったところ

暖かくなったんですよ。ウチの部屋が!

同じ部屋の韓国人学生なんて、
床に頬擦りして喜んでました(微笑)




結論。

どうやらウチの部屋は毛細血管らしいっス。

年初めを振り返り…… 2003/01/14(火)
新しい年が出発してはや2週間が経とうとしている。
――というか、既に経ってしまった。

新年を迎えるに当たって1月1日の日記に

 》 さぁこの一年。どんな年になることやら。

 》平穏に過ごす事は無理だろうが、退屈はしそうにないね韓国。

 》今年一年生きていられますように(切願)


――と、半分ネタのつもりで書いたのだが(半分は本気なのが怖いが)

ここ最近MSN Messengerで表示される私の名前のサブコメントを見直してみると冗談では済みそうに無いことが判明。


1/ 4:今夜は徹夜でお仕事(T_T)

1/ 5:今夜も徹夜でお仕事(;´д`)ノ

1/ 6:今日「徹夜」と打ち込んだら「て通夜」と変換されました(死)

1/ 7:今欲しいのは自由な時間です(T-T)

1/ 8:職場のPCにウィルス600以上(死)

1/ 9:ひと仕事終えたら新たにふた仕事来た(泣)

1/10:仕事量と反比例して減少してゆく時間と体力と語学力(泣)

1/11:最近人生相談づいてますが、誰か相談に乗って下さい(泣)

1/12:このところ食事するのがおっくうになってきました

1/13:そっとしておいて下さい..

1/14:空ってなんで青いんだろう...




そろそろ限界かも(;´д`)ノ



どうも頼まれると断れない性格の上に、
頑張ればできるんじゃないだろうかという、
やる前から諦めたくないという無謀さが、己自身を追い詰めております。

とくに〆切までに完成すればよいという種の仕事は大抵時間をかければかけただけクオリティーが向上するものが多く、また、完成作品によって私自身の評価が決定するため妥協が許されない、必要以上に投入してしまうという蟻地獄業種なのです。

しかも、アイディア勝負のものは、納得のいくものができるまで完成予想がつきません。

出ないアイディア、迫る〆切。

これはヘタなホラー以上に恐ろしい状況です。


いや、大丈夫だ。
これまでもなんとかなってきたじゃないか。

正気を保つためになにか良い先人の言葉は無いか?


神は越えられぬ試練を与えることは無い!


俺は聖人じゃぁない!


失敗は成功の元


失敗できないんだってば!


ダメで元々


やっぱダメなんじゃん(T-T)



なにがダメって、この日記のオチが落ちないって事かなぁ(爆)

サイバーテロ 2003/01/25(土)
今日、いつもに増してネットのつながりが悪く、仕事のデータがなかなか送受信できず無駄な時間を費やしてしまった。
聞くとことによると私の住むイムンドンだけでなく韓国中全国的にインターネットの接続が困難だったらしい。
世界でも有数のブロードバンド大国の韓国にとってこれは痛い損失である。

少なくとも私にとってはとても痛い損失である(泣)

製作中のCDジャケットとプログラムに韓・日・英の三ヶ国語を使用すると言うことで、職場のPCで韓・英を、日本語のデータは私のPCで作成してアウトライン化して合成するというとても面倒な手順を踏むこととなり、日本語のテキストデータが届き次第作成し、それを職場へ転送し、その上で私自身も職場へ移動、今日中に仕上げる予定であった。

そこに今日のネットの不調。

いつまで経ってもデータが来ない。待ち時間がもったいないから他の仕事をしようと思いつつもついついスタークラフトを起動。
クリアする度にサイトを覗くのだが、ネットにさえ入れない。
そもそも専門用語を多用しなければならない仕事ゆえ、コミュニケーションに翻訳サイトが不可欠な私(爆)。

致命的です。

仕方なく電話で連絡を取り合いながら、簡単な単語を並べて代案を立てて職場へ行った時にはもう夕方。
半日遅れた仕事は夜になっても終わる目処が立たず、韓国で初めて終電に乗りました。

ソウルの終電って東京と違って空いてるのな。座って帰れるとは思いもしませんでした。

――で、12時回って帰宅後メールチェックをしてみると韓・日同時サイバーテロだというじゃないですか。
このサイトもPOPサーバーも日本ですから、いくらアクセスしようとしても繋がるはずがありませんね。

なぁんだ、どおりで。

はっはっは...





俺の今日一日を返してくれ!(マジ)

最近本当に煮詰まってます。ハングルで言うところの『キガマッキョソ チョンシミオプソヨ』って感じ


ケンチャナの国 2003/01/28(火)
今日、久しぶりに朝帰りしそうです。

まだ職場で仕事が終わらず、終電も終わりを告げる時間です。

−−そう、韓国は終電時間が早い。
まるで大晦日でも容赦なく終日運転しない目蒲線のように(あ、今は目黒線か)

日本では月に一度くらいの割合で終電に乗り遅れ、渋谷から練馬まで2時間かけて徒歩で帰宅してたので、今日も同じようにすればよいのだが、外は雪。
しかも水道も凍る冷え込みだそうで、入り組んだ道の多い韓国の夜道を方角もわからぬまま闇雲に住居を探してうろうろする元気もありません。

−−ていうか、そもそもなんでこんな〆切ぎりぎりまで仕事が終わらないかといえば、いざ降版って時になって

「これは使っちゃいけないフォントなんだよ」とか、

「日本語が化けちゃってるから、画像化して」とか、

あらかじめ確認しておけば起きようのないような、
デザイン以前の、基本設定上の問題でトラブってます。

これだからDTPののように最後のしわ寄せがくる仕事はいやなのだ。
そもそもできるかできないか前もって私が質問したときに「ケンチャナヨ(問題ないよ)」といってたくせにこれです。

まったく、なんて大雑把な...

――ケンチャナ……

――そうか、


ここは日本じゃなく韓国だったっけ。

この一言ですべて納得(泣)
PS.今夜の冷え込みは本当に厳しいそうです

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後日談:
帰れちゃいました(^.^;) - 2003/01/29(Wed) 16:43


終電はとっくに終わっていたのですが、
韓国には強い味方がいました。

ちょっとした用事のときに気軽に乗って行く事のできる庶民の味方。

――いや、アッシー君じゃなく。

タクシー

韓国のタクシー料金は日本のそれと比べると破格値で、終電後タクシー代をケチって徒歩で帰るまでもない料金だったりします。
しかも経費で落とせたので深夜帰宅が可能となりました。

しかし帰ってみるとオンドルがまたもや不調。
帰らずに職場にいたほうが凍えずに済んだかも...

ちなみに今日からソルナル(旧正月)の期間PC見れないところに行きます。
帰宅は2月4日。学校は3日から始まるのだが...


■100本の薔薇 2003/04/06(日)
韓国人は日本人に比べてロマンチストなのかもしれない。

ある日、友人と学内の休憩室に居た時のことである。

隣に座っていた女子学生に一人の男子学生が近づいて来た。
「今日、何の日か覚えている?」
「―え?」
「付合いだして100日目の記念日」

と、言いながら100本の薔薇の花束を差し出したのだ!

TVドラマでしか見たことの無いその光景に唖然としたのだが、一緒に見ていた友人が韓国人女性だったので聞いてみたところ、よくある事らしい

韓国人はなにかと記念日を作りたがる傾向がある。
そして、授業中の恋人の教室へ花束の配達をしたり、車のトランクに大量の風船を仕込んで開けさせる等、とても恥ずかしいことを堂々と実行するのだ。
そう。「猟奇的な彼女」は映画だけのことではないのだ。

おかげで私も妻と付合い始めた頃はとても苦労したものである。

私の経験上どうも日本人が「相手の喜ぶものを準備する」のに対して、韓国人は「自分のしたいことを相手にする」ようである。
以前日本の職場で韓国人男性と付合っていた女性が贈られてくる突拍子の無い贈り物にいつも頭を抱えていたのを思い出す。
――事実、実用性の無いものが多かったようだ。

何はともあれ、
韓国女性と付合いたかったらドラマを地ですることである。

しかし、私の友人は
「10代で花束のプレゼントは嬉しいが、この年になると実用性の無いものは嫌だ。」と、淡々と語った。
やはり30近くのお姉さま



どうやらドラマが通用するのは
20代前半までらしい。



●韓国語版(授業で発表に使うために書いたのな)


한국인은 일본인에 비해 romantist인지도 모른다.

어느 날,친구와 휴게실에 있었을 때의 것이다.
옆에 앉아 있던 여학생에게 한사람의 남학생이 가까워져 왔다.

「오늘, 무슨일인가 기억하고 있어?」
「교제다 해 100 일째의 기념일」

라고 말하면서 100개의 장미꽃다발을 냈던 것이다!

TV드라마밖에 본 것이 없는 그 광경에 아연하게라고 했지만, 함께 보고 있던 친구가 한국인 여성이었으므로 물어 보았더니, 
자주 있는 것인것 같다.

한국인은 여러가지로 기념일을 만들어 하고 싶어하는 경향이 있다.
그리고, 수업중의 애인의 교실에 꽃다발의 택배를 하거나 차의 트렁크에 대량의 풍선을 가르쳐 열게 하는 등 , 매우 부끄러운 것을 당당히 실행하는 것이다.

나도 아내와 사귀기 시작했을 무렵은 매우 고생한 것이다.

일본인이 「상대가 기뻐하는 것을 준비한다」들에 대해서, 한국인은 「자신의 하고 싶은 것을 상대로 한다」같다.
일본의 직장에서 한국인 남성과 사귀고 있던 여성이 주어져 오는 엉뚱함이 없는 선물에 언제나 머리를 안고 있던 것을 생각해 낸다.
사실, 실용성이 없는 것이 많은 것이다.

어쨌든, 한국 여성과 사귀고 싶었으면
드라마 대로이게 하는 것이다.

그러나, 나의 친구는 말한
「10대로 꽃다발의 선물은 기쁘지만, 이 세가 되면 실용성이 없는 것은 싫다.」라고.
역시 30가까이의 누님.
그럭저럭 드라마가 통용되는 것은 20대 전반까지인것 같다.

※誤訳を発見された方、速やかにご連絡ください。
明日の発表までに(爆)


期末考査とビザ更新 2003/04/11(金)
今日は冬学期の最終日。

期末考査の日である。

前学期はインフルエンザのために一ヶ月以上授業を欠席した末、放棄した期末考査

今学期こそは!

と気合を入れていたのだが、突然振って沸いた
ビザ更新問題

仕事量の増加に伴い、語学院通学との両立が困難になり、同居ビザ申請を計画していたのだが、

申請には
夫婦同伴が条件との事実が昨日判明

期末試験後に一人で出入国管理事務所へ行こうと思っていた私の予定は大きく覆された(泣)

カミさんはソウルから電車でも2時間はかかる大田(テジョン)。
仕事が忙しくとてもソウルまで呼べない。

・――とりあえず来学期の学費を納めてD-4ビザの延長手続きだけ済ませ、その後カミさんと同居ビザ申請をして語学院をキャンセルするか。

苦肉の策。ビザという個人的都合の為に通うつもりの無い語学院を一時的に利用するとは...

・しかしそれ以外に方法が無い。

――と、腹をくくっていたらカミさんからの緊急メール。

・私の故郷の出入国管理事務所で一緒に申請しましょう。

カミさんの故郷とは益山(イクサン)。全羅北道であり、大田(テジョン)から更に1時間以上かかる所にある。

朝一で出ないと間に合いません(死)。

こうしては私は今学期最終日の今朝、期末考査を行う語学院を横目にソウル駅から無窮花(ムグンファ)号に乗りカミさんの故郷で同居ビザを申請、(ソウルと違い地方だったため最小限の書類だけで申請できました。)
慌てて仕事を休んで来たカミさんはそのまま大田(テジョン)へとんぼ返り。私も高速バスでソウルへとんぼ返りというハードな一日となった。

結局、二学期連続して期末考査を受けられなかった私。

韓国に来てマル一年。三学期通っているのに、

一度も学期修了書や成績証を貰ってません(爆)

――ま、交換留学生と違って成績評価なんざ関係ないし、
この先何十年も済むことになるわけだから、
日常生活に支障ない程度喋れるようになればいいってことで(ヤケ)。

IT用語とソロンタン 2003/04/12(土)
今日、語学院仲間が勤める会社に翻訳の手伝いに借り出された。
(コンピューターに詳しいという一点で、
語学院の修了書を一度も貰ったことの無い(昨日の日記参照)私に翻訳の手伝いを頼む勇気に脱帽)。

行ってみると
数百ページにわたるソフトウェアの取扱説明書の韓国語原本

オフィスには韓・日対応のPC数台と、見覚えのある盟友(日本人留学生)数人が辞書片手に格闘中。
一旦翻訳ソフトを通して訳された日本語を韓国語の原文と照らし合わせながら修正していくという行程を経て、今日はその最終チェックにあたるらしい。
――がしかし、相手がソフトのマニュアルであるため、
IT用語に精通していないと訳しようがないのである。

例えば
  응용 프로그램(応用プログラム)はアプリケーション
  고유 일련번호(固有一連番号)はCDキー
  사설 IP주소(私設IP住所)はプライベートIPアドレスetc...

また韓国OSのWindowsを使用した人ならばよく目にするとおもうが
 도우미(助け):ヘルプ
 탐색기(探索器):エクスプローラー
 미리 보기(あらかじめ見る):プレビュー

など、訳してみるとなにげに新鮮な思いに駆られるネーミングが多い。

なにはともあれこの仕事、

素人のするものじゃありません(泣)

プロの翻訳なら一枚あたり3万ウォンが相場のこの仕事を語学院生に時給4000ウォンでやらせようなんざ正気の沙汰ではありません。
こっちとしても時給4000ウォンに見合った程度の仕事で済まさせて頂きやす。

この翻訳確認作業にあたりましてプロの翻訳家よしりんさんの韓国翻訳の世界にUPしてあるIT用語辞典が大変役に立ちました。감사합니다

え、今日のタイトルの意味?夕食に食べたソロンタンが美味かったってことで。

仕事の後のチャルガパーティー 2003/04/12(土)
翌13日に日本へ帰国する語学院仲間の送別会(身内では通称チャルガ잘가パーティー)があり、翻訳のお手伝いを途中で逃げ出し종로(チョンロ)へ。
私が合流した時には既に二次会に突入しており、韓国最後の夜を一人で過ごしたくないと言う彼の要望に応えてそのままナイトでオールナイト突入。

いろいろ書きたいこともあったのだが、朝帰りのため、もう寝ます。
起きて気が向いたら追記の予定。

タカシー。いつでも遊びに来いや。

因縁の試合 2003/04/16(水)
今日はサッカー日韓戦。
在韓日本人が最も警戒しなければならない日でもある。

なぜならこの日は、

8月15日(日帝時代解放記念日)、
3月1日(3・1独立運動)


に次いで
最も対日感情が強くなる日なのだ。

サッカーだけは日本に負けるわけには行かない。

この空気は韓国に済む者にしか分からないだろう。
外大語学院の春休みは僅か一週間しかないのだが、
この日ゆえに敢えて日本に一時帰国する者がいるほどである。(無論、他の用件もあるのだろうが)

正直韓国で日韓戦の応援はしづらい。

日韓戦でなく、韓日戦だと突っ込まれるだけでなく、ウリナラ韓国。敵国の応援は許されません

日本人だけでこっそりと集まってのひそやかな応援。

まさに
共産主義制圧下で信仰をもち続けたクリスチャン

はたまた
ナチスドイツの制圧下で身を潜めて生き延びたユダヤ人の気分である。

しかし、外国に暮らして分かる愛国心。
どれほど迫害されようと、たとえカミさんが韓国人であろうと私は熱く日本を応援したい!
韓国に住んでいながらなんだが、
韓国にだけは負けたくない

だから今日の試合は内容はともかく結果には満足だ。

日本 1-0 韓国

大声でマンセーを叫びたい。
だがしかし、日本の勝利は同時に戒厳令発令の合図でもある。
今夜だけは私が日本人であることを周囲の韓国人に知られてはならない。
たとえ気の知れた友人であったとしてもサッカーの話題だけはタブーだ。

韓国は情で動く民族性があり、時に
人情が法律を上回ることもしばしばである。

おかげで一つ困った問題が生まれてしまった。

先週申請した同居ビザが明日下りる予定なのだ。
明日、再びカミさんの故郷まで取りに行って来るのだが、
出入国管理事務所の担当員がくれぐれも


熱烈なサッカーファンでないことを祈らずにはいられない...(結構マジ)

一年越しの同居ビザ 2003/04/17(木)

無事同居ビザを取得いたしました(感涙)


やはりソウルより地方のほうが取得は楽ですね。必要書類も最低限のもので済んじゃいましたし。

本来居住している場所の管理事務局に申請すべきなのだが、カミさんの不動産登記書類が実家の方だったので、とりあえずそこで取得して後から住所変更という形をとりました。(――反則技だったらどうしよう...)

とりあえずこれでこの先一年間は語学院に行かなくても韓国に滞在できるわけで今後の方向性をじっくりと見据えて行こうと思うのだが、それにはあまりにも外大語学院生活に馴染み過ぎてしまっているかも。

週明けには春学期が始まります。
くしくも一年前の今日、初めて外大語学院に足を運び、クラス分け試験を受けた日である。
あの日の面接試験でハッタリかましたせいでいきなり実力以上の2-Cに配属され、戸惑いながらもクラスの雰囲気に救われた語学院生活の第一歩。
あれから色々ありました。日記や留学体験記で紹介し切れない様々な出来事が……
特に先週までの冬学期のメンツは濃いキャラが集まり、来学期も皆クラスが持ち上がれば楽しいこと間違いなしなのだが...

今回も
期末試験を受け損ねた私(泣)

三度目の3級はちょっと...

一学期置いて夏学期にもう一度クラス分け試験を受けて4級に挑戦してみようかと。
――でもその頃にはみんな5級なんだろうなぁ(爆)

とちらにしても外大語学院を離れ難くなっている私。第二の母校ってやつでしょうか。
あ―来学期も行きて―

ついにデビュー 2003/04/20(日)
冬学期を終え明日日本に帰国するコのチャルガパーティー。
韓国最後の記念に彼女がリクエストしたのは
保身湯(ポシンタン)

いわゆるケコギ。

犬の肉料理である。

滋養強壮に効き、美容に、体質改善に絶大な効果があるとまで噂される韓国の伝統料理。
海外では犬を食べるのは残酷だとか動物愛護団体からの批判もあるが、豚や牛がよくて犬がダメだと言うのは差別であり、韓国固有のの食文化に対する内政干渉である。あえて犬を食べることを批判できる者がいるとしたらそれは一切の動物を食べないベジタリアンだけだと私は思う。

――まぁそんなことはさておいて実際に食べてみた感想なのだが、噂されるほど臭みもなく(鼻が詰まっていただけかも)食感はコラーゲン質が多いせいか噛み切れないがとてもやわらかく、ぷにぷにしていた。味付けが香味野菜にすりゴママスタードなど、なかなか絶妙な取り合わせであった。
1人分で16000ウォンとちょっと高めだが、二次会に行く予定だったので6人で2人分だけ頼んでも、充分満足できた。

冬学期同じクラスの子コがやはり保身湯を食べた経験があり、ある韓国人男性からとても気に入られたという。その男性によると
犬の手の甲の部分が特に格別らしいのだが、食べた時点でどれがどの部位に相当するのかは最後まで分からずじまいだったのが少々残念ではある。

今度あったら詳しく教えてもらおう(――ていうか、次食べる機会があるのだろうかは不明)


p.s. 食後に後ろから犬の鳴きまねをするのはどうかと思うが...

春学期スタート 2003/04/21(月)
ついに今日から春学期スタート
昨日までの雨が嘘のようなすがすがしく晴れ渡った空。新学期をスタートするのにこの上ない陽気である。

しかし語学院の名簿の中に私の名前はどこにもない。

楽しく過ごした冬学期の仲間は私を除いて8人全員が参加。
しかもそのうち6人は同じクラスなのだ。
毎学期末に同じクラスだった皆に似顔絵を描いて渡していたのだが、ビザ更新のため渡せなかったので代わりに今日、皆のクラスを訪問して渡してきたのだが、行ってみるとやはり私の席がそこにいないことが悔やまれる。

今日から皆と違う時間を過ごすことになるのか。

日本に帰るメンバーは新しい環境が日本で始まるが、韓国に残留し、尚且つ語学院の目と鼻の先に住んでいながら通えないのは別の意味でまた辛い。
皆とはいつでも会えるのだが、やはり寂しいものである。

――ああ、また授業で習いたての韓国語でボケたり突っ込んだりしてぇなぁ。

みんな、どっかで騒ぐ時はいつでも誘ってくれ。


――てゆーか、毎日終業時間に玄関先で私が待っていても邪険にしないでね(爆)

別の時間... 2003/04/23(水)
毎朝9時登校の必要がなくなり、徐々に生活のリズムが夜型にシフトしつつある今日この頃。
本来入るはずの仕事が月末からのスタートとなり、今週はちょっと暇になったので『留学体験レポート』を一気に補填しようと頑張っているのだが

現在のUP、やっと
年末(爆)

実はビザ更新のためカミさんの実家まで片道3時間、2往復で12時間の移動時間を使って紹介すべきレポートを整理してみたのだが、さすが韓国
ネタに事欠くことなし
厳選に厳選を重ね、有益な情報を含むものや、友人の出演するものを選りすぐっても


優に40超します(死)


なにげに更新を楽しみにしている人もいらっしゃり、頑張ってはいるのですが、
みんなが語学院で
新しい韓国語の文法を勉強している時間に一人で過去ネタ整理している自分ってどうよ?

在宅作業だから、その気になれば一言も口聞かずに一日を終えることもできる現在の環境。

韓国にいながら語学力低下しまくりです(泣)。

しかも最近
日本語も変です(大泣)。

人として生きていけるように何とかせねばならないと真剣に思う今日この頃。
人は一人で生きるものではありませんね。金八先生...

戦陸のウクライナ騒動... 2003/04/30(水)
一週間のご無沙汰です。
この期間色々ありました。
ええ、本当に色々と

特に今週に入ってからの3日間は戦々恐々の日々でした。

月曜日、朝一番の飛行機で下宿の主人が生まれたばかりの子供と奥さんに会いに日本へ出発。
その直後かかってきた一本の電話。

明日、ウクライナの学生10人そちらに連れて行きます。

――は?

聞いてません。そんなこと。

話はついているので、とにかく明日連れて行くので。ガチャッ。ツーツー。

――もしもし?もしもし?
(当然会話は全て韓国語)


下宿主人は5/8まで帰ってきません。
そんな留守中に
学生だけで誰を迎え入れろと?

ウリ下宿は家族的な共同生活スタイルをとっており、ゴミや食事は当番制で住民たちが持ち回りでこなしているのだが、

ここで住人が増えれば負担も減るから大歓迎だと言いたいところだが、そんな単純なものではない。

一年前、ウクライナに近いモルドバの学生4人とウリ下宿で共に生活していた時期があったのだが、

あらゆる面で違いすぎるのだ


食事をする時、ありとあらゆるものを食するのだが、その時使用するマヨネーズ、ケチャップの量が半端ではない。

食事当番を任せれば、
卵を殻ごとフライパンで炒めたり、

主人が胃を傷めるような
異様な物体を食卓に並べること多々あり。


見慣れぬ韓国の調味料や食材を駆使して努力しているのだろうとは思う。
食文化の差は来た早々克服できるものではない。


だが、
フライパンの上でゴロゴロ転がる卵を目撃した時はさすがに彼らに台所を委ねる事のリスクを深刻に考えさせられた。




そして生活面においても、かの国は
入浴の習慣がないらしく

とても
体臭がキツイ

女性はともかく男性はとにかく凄い。

どのくらい凄いかというと、
部屋の入り口に立っただけで、誰が来たのか分かるくらい臭うのだ。

昨年彼らと同室だった連中は地下室の水はけの悪いシャワー室のかび臭さの方がまだ耐えられると口を揃えて言うのだからその凄まじさは計り知れない。

昨年は他の学生たちが彼らの代わりに全ての当番をこなしていたため事なきを得ていたのだが、当時の入居者が20人弱いたから可能なことであった。

――現在の入居者




3人



週二回食事当番
回ってきます。

それだけで大変なのにその一回の食事の量が一気に
4倍になるわけだからたまったモンじゃない。





だれがそんなことを決めたのか?

国際電話で主人に確認を取ったところ、
連絡は受けていたが、詳しい入居条件について詰めようとしたら


「あとから連絡する」


一方的に電話を切られ、それ以降一度も連絡がなかったと言う。

――主人、






ハメられましたね
(泣)



一番かわいそうなのは受け入れ先のないウクライナ人である。

どうせいつものことで計画性もなく簡単に招待してしまったのだろう。
――で、受け入れることのリスクに後で気づき、慌てて人柱を立てようと人のいいウリ下宿の主人に話を持ちかけてきたにちがいない。



――ていうか、
その主人すらいないってば


その後今日までの3日間、最悪の事態をシュミレーションしながらの眠れぬ日々。

月曜日に電話があって火曜日に到着予定だったのだが、一切の音沙汰なし。
何事もなく終わるかと思いきや水曜日の今朝になって

今から空港に迎えに行ってくるから昼過ぎにはそちらに連れて行くから。







連れて来なくていいです!




主人に電話しても、うろたえるだけで解決しません。

やむなくこれまでに培った人脈を駆使し、代わりの引き受け先を探しまくる我ら日本人留学生(泣)

とりあえず打つべき手は全て打った。あとは結果待ち。

私は午後から前学期のクラスメンバーと飲み会があったため後を託して 逃避下宿を後にした。


深夜帰ったとき、下宿の玄関を開けたら
異様な臭いに迎えられたらどうしよう。

などと友人たちにネタを振りながらの深夜帰宅。

異様なほどの静かさ。人の気配もない。

翌日になって分かったのだが、無事別の受け入れ先に到着したとのことだった。



――いや、来たら来たで賑やかで楽しいとは思うのだが、管理人不在、彼らの生活の面倒を見る専属スタッフも居ない状況では無理ってことで、ついつい
ネタにさせて頂きました。






ウクライナ学生諸君。よい韓国生活になりますように..(ナムー).

1〜4月5月6月7月8月・9月・10月11月・12月