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母ノンキだね日記 2000年12月


(上から順に古い日記です。不定期に更新します。)


2000年12月

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12/01(金)
今日はお昼過ぎにお母さんの鹿児島時代の同級生の方からTEL。
こちらからかけ直して、母の実情を説明してから、電話をつなぐ。
電話はすぐ終わり。でも楽しそう。その後、1時間近くエンドレスで
昔話を聞かせてくれる。
 母:『あの頃はおもしろかったね〜』って。
でも、自分の学生時代から銀行員時代まで、お父さんと結婚のくだりに
くると、クルリと別の方向に話が向かう。
お母さんのシアワセな時代は、そこまでなのか?
仕事の都合で夕食の手伝いに行くのが遅れると、油責めに遭う。
なんで揚げ物がそんなに好きなのか?
初めて24時間風呂の電源が切られていて、困る。

12/02(土)
今日はお昼過ぎにお歳暮を送った方からのお礼のTEL。
わたしが取り次いでから、お母さんに受話器を渡す。
お母さんはすごくしっかり受け答えしていて、
お父さんが亡くなっていることも、
わたしたちが隣に暮らしていることも、
今日は一発OK!
ヤマブシタケの威力か!?
そんなわけないか〜

12/05(火)
今日は買い物に一緒に行って、少し歩いただけなのに、
キツイ、キツイを連発。
手紙を書いてと言っても、イヤ!
夕食の支度も手伝いなしだった。
またお布団を敷いてくれて、ってことは、
わたしたちが隣に住んでるのは、また、なしに戻ったのね〜
なかなかうまく行かないものです。

12/09(土)
今日は、わたしの友達の出産祝いに一人外出。
楽しい時間を過ごしたあとは、ソワソワと気もソゾロにダッシュで帰る。
帰りながら、携帯でダーリンに確認。
お弁当を買ってくるから、ジタバタしないでいいよ〜と伝言して、
帰ると二人で母屋の居間でなごんでる。
ふ〜っ。一安心で3人でお弁当をいただく。
後片付けもないし、ゆっくり過ごせる。

12/15(金)
今日は、ダーリンが夜飲み会の予定だったので、
夕方、お母さんもついでに街へ連れてった。
(飲み会の日は、送り迎えしてあげるのが、習慣だったので。)
買い物するかな〜と思ってイロイロふったら、
毛皮の襟巻きを買ってご満悦。
わたしの靴選びには、くたびれたのか付き合ってくれそうになかったので、
早目に切り上げて帰る。
夕食は二人なので、簡単なもので済ます。
夕食の準備にバタバタしないで済むと、精神的にも楽みたい。
夜もゆっくり一緒に過ごしたので、満足したみたい。
 母:『ふとんを敷こうか?』と何度も言ってくれるので、
別棟に帰る。

12/16(土)
今日は、母屋に5時過ぎに行ったら、また振り出しに戻ってた、
 母:『お父ちゃんはどこいったの?』攻撃に始まり、
早〜い、食事の支度。
油モノを上げた後の、冷めた油のヤな匂い。
冷め切った揚げ物、一つ多い皿数。
減りっぱなしで、増やしてないお風呂のお湯。。
やはり半日以上顔を見せないと、元に戻るのね〜
土曜だからって、気を抜かずに早く顔を見せに行ってあげなくちゃ。
そのための、半同居だしね!>自分

12/17(日)
お歳暮送ったよ〜とお母さんの東京の実姉さんから、留守電。
(別棟で電話を取るようにしてから、朝起きない二人なので迷惑おかけします。)
こちらから、電話し直してお母さんにつなぐと、楽しそうに話してるけど、
メモ書きしてあげないと、何で電話してるのか、どっちがかけたのか
分からなくなっちゃう。
自分がもうお歳暮送ったのも、憶えてないので、お礼の電話をさせる度に、
こっちからも何か送ってあげるね〜と言ってる。>もう送ったよ、お母さん。
今年は、喪中欠礼を送って初めて父の亡くなったのを知った方も多く、
そういう方から、お供物料やお供物を送ってもらったけど、
誰からか、何でか、お礼をしないと。。そんなことは、全然思わないらしい。
気付くのが遅れると、誰からのいただきモノかも分からなくなって、
結局、失礼してしまうことに。
極力、注意して見てるけど、手紙みたいに隠されると、
分からないんだな〜コレが。
ふ〜っ。

12/18(月)
昨日今日と、お母さんに代わってハガキの代筆。
よくハガキや手紙を状差しに入れずに、いろんな場所に隠しているので、
8月に来た手紙に、今頃返事を書く失礼が発生してしまう。
今年は喪中欠礼を見て初めて父の死を知った方からも、
お供物を頂いたりするが、誰から?もすぐ忘れてしまうし、
名前を見ても、誰なのか分からないということも発生した。
お金まで送ってくれるような、お母さんの友達。
でもわたしにとっては、知らない人。
わたしは今、二人分の人生を生きようとしているのか?
事情をどこまで話して受け入れてもらえるのか分からないが、
せっかく声をかけてくれる方を一人でも失いたくない。
お母さんの記憶を、少しでも消したくない。
その一心で、代筆します。
今日は、お味噌汁を自力で作れてた。
うれし〜い!

12/20(水)
今日はダーリンが東京出張のため、朝から空港へ送ろうとしたら、
朝、とてつも寒くて、母屋にクリーニング帰りのコートを取りに。
混乱するかな〜?と思ったけど。 メモしておいた、
 私:『出張だよ〜』というのも分かってくれたし、
久々に朝パンの準備がちゃんと出来てて、一人でも食べられてるのが
確認できたし、2重によかった。 空港から戻って、
 私:『眠いから寝るね〜』の言葉にも、
ちゃんと別棟に戻って寝るのが分かってくれたし、
今日はホントにいい子ちゃんだわ〜
夕方・夜とそのままのペースで進み。
ホントに楽チンさせてもらいました。
よかったぁ。

12/22(金)
おとといの夜から、食あたりで、夜も眠れず吐いたりしていて、
わたしは、機嫌が悪かった。
でも、お母さんには、関係なし。
いつものように、気の進まぬかかりつけの病院にお薬をもらいに連れて行く。
前回、血液検査用に血を取られていたので、今日は結果の表をもらってきた。
見ると、やっぱり血糖値はべらぼうに高いし、前回は付いていなかった、
コレステロール値にも↑がついて、その薬が増えている。
(新しい薬を出すのに、説明を憶えていられない母に直接薬を渡す、
 この病院が、全く信用できない! 母のお気に入りでさえなかったら。。。)
。。で、ためしに
 私:『お母さんは今年で何歳になるの?』と聞くと、案の定、
 母:『う〜ん、生まれが7年だから、昭和に○足して、なんとかで。。』と、
結局は答えられない。 表を見せて、
 私:『ほら、ここに68歳って出てるでしょ?お母さんは68歳よ〜』
 母:『そうかな、もう、そんなトシになるかな〜?』
 私:『。。。』
年齢を納得してもらうのは、あきらめて、
 私:『ほら、血糖値のトコロに↑マークが出てるでしょ?
  血糖値が高すぎるのよ、これは危ないんだから、
  食事に気を付けたり、運動したりしなきゃいけないんだよ〜』と言っても、
 母:『そんなにご飯も食べないしね〜 何でこんなに高いんだろうね〜?』
 私:『。。。』
やっぱり、切迫した様子はないし、怖いとも思わないみたい。
お母さんにそこのところを納得してもらうのが、一番難しいな。
今日もおかゆ生活。
何で食べないの? このおかずを食べなさいよ、攻撃をかわしながら、
今日は友達と別棟でパーティーの予定だったので、
早々に切り上げて、準備に取り掛かっていると、
気になるのか、一生懸命手伝おうとしてくれる。
ありがたいけど。。座ってていいよ〜
早く来た友達が手伝ってくれて、夜知らない人が来てると思って、
ビックリしたみたい。
今日だけ、勘弁してくれ〜
何度も理由を説明してるヒマがないんじゃ〜
ごめんね〜

12/24(日)
昨日まで3日間、わたしが体調不良のためお母さんの世話が満足に出来なかった。
(わたしが『おかゆ』しか食べられない間、体調が悪いのとか、
 まさか妊娠では?とか、いっさい気にしてくれない様子だったので、
 これは、ホントに妊娠しても期待できそうにないな〜と思ってしまった3日間だった。)
今日から、バリバリ行きたいところ、
クリスマスイブのため、クリプを買いに行かせてね〜 >お母さん
ケーキを見て、クリスマスだと分かったらしい、
 母:『今日はクリスマス?』を連発。
ケンチキを買い損ねて、モスチキになったけど、
こじんまりと、いいクリスマスが迎えられたよね〜
お風呂のお湯はりもOK、ごはんの準備もOK。
お留守番してもらってた割に、モロモロOKでよかった〜

12/25(月)
クリスマス気分もすっかり終わり、25日といえど平日なら仕事が始まって、
お母さんを置いて、外に出たりしなくてはいけません。
今は、出掛ける時に、『〜〜こういうわけで、でかけるよ。ここにメモ書いとくからね〜』と、
居間のテーブルにメモを貼り付けていくと、とりあえず、読んでくれて分かろうとはしてくれてます。
でも夕飯の準備はわたしが帰ってから、一緒にしようという注意書きは無視されることが多いです。
多分、長年の習慣で台所に立ってるのが落ち着くのと、
自分のお腹が空いてくるからなんでしょうが(笑)、
あまり早く取り掛かっても、一度やった温めを、また忘れて何度も繰り返すというようなことを
やっているようなので、チンするだけの料理でも、くた〜っとなってしまっていたりします。
やってくれるだけありがたいと思って、再あたためしたり、なべに戻したりはよしとしましょう。
。。ただ、麺類を作り置きするのだけは、やめて欲しいな〜
二人ともメンクイなので、のび切った麺を食べさせられるのだけはカンベンって感じです。
まぁ、今日も暖房もOK、お風呂のお湯はりもOK、ごはんの準備もOK。
お留守番してもらってた割に、モロモロOKでよかった〜

12/26(火)
今日は東京のお義姉さんから姪っ子のMちゃんのビデオテープが届きました。
内容は、通ってる音楽教室での発表会の様子。
さっそくお母さんに見せてあげる。
大喜びで、ビデオを見てくれました。
よかった、よかった。
でも、見終わってしばらくしたら、もうビデオ見たことは忘れてる。
同封の手紙を見ては、何度も、
 母:『Mちゃんのビデオが送って来たの?』 その度に、
 私:『うん、そうだよ。さっき見たけど、また見てみる?』
 母:『ふ〜ん、見たっけ?』
 私:『。。。』
その繰り返しで、飽きるほど見ました。
やっぱ、孫は可愛いんだね〜

12/27(水)
最近はお母さんも、自分自身も落ち着いて、日々を過ごせるようになってきて助かってます。
でも、わたしたちが起きるまでの時間、お母さんがどう過ごしているかは見張ってられないので、
わかりません。
わたしとしては、趣味でも見つけて欲しいのですが。。。無理かな〜 もう。
昔はパッチワークや、俳画の教室に通ったり、
その又昔は、洋裁も和裁も出来る、スーパーウーマンだったんですけど。。 ススメても、
 母:『もうキツイから、目が疲れるから。。』と、
否定的な言葉しか返ってきません。
なんか無いかな〜 お母さんが楽しめること。
興味を示してくれることがないか、イロイロ模索中です。
折り紙にクラフトテープに指編みに俳句にと、イロイロ。
雑誌や本を持っていっても、興味が続くのは瞬間。
なかなかうまくいかないものです。
ふ〜っ。
さて、これまでいろんな新しい事柄を、たいてい2ヶ月ぐらいかけてモノにして来たお母さん。
でも、わたしたち夫婦が隣に住んでいるという事実を、
なかなか憶えてくれません。
何でだろう?
一緒に住むようになって、いいこと増えたと思うんだけどなぁ〜
 私:『隣に戻るね〜』って言っても、
 母:『気を付けてね〜』って、
アパートに帰ってるころと同じ文句が返ってくる。
。。って、じゃぁ同居してもしなくても一緒じゃん!
ふ〜っ。

12/28(木)
今日は暮れも押し迫って、明日はいっぱいだろうからと思って、
髪を切りに、お母さんもパーマをかけに連れて行きました。
俗に言う『正月あたま』ですか?
お店は、空いてはいましたが、結構遅い時間になったので、
夕ご飯も外食することになりました。
。。こうなると、混乱するのは必至なのですが、
やっぱり、家に帰ってからも
 母:『ごはんは?』攻撃&パーマかけたの憶えてない攻撃でした。
パーマかけたかどうかは、憶えてなくても
 私:『鏡見てみれば分かるよ〜』で
切り抜けられますが、ごはんは、
 私:『お腹に聞いてくれ〜』としか言えないので、
困ってしまうのでした。
今日から隣に住んでるのを憶えてもらおうWeekとして、
居間のテーブルの張り紙が増えました。
分かってもらえるように、気にかけてもらえるように、
張り紙の内容しだいで、聞き分けのいいお母さんの出来上がりですから、
わたしの文才の責任大というところでしょうか。

12/29(金)
今日はわたしが忙しく動き回っていたので、
お母さんにかまってあげる時間が少なかった、
でもそのわりに聞き分けのいいお母さんで、
ホント助かりました。
それはそうと、最近お母さんはちょっとしたことで、むせることが多いです。
今日は薬でむせてた。
(わたしからのサプリ攻撃で、いっぱい飲まなきゃいけないからね〜)
飲み込んだりするのも、脳からの指令なので、
指令がうまく伝わらないのかな〜
ゴホゴホして、かわいそうだった。

12/30(土)
今日は師走真っ只中、忙しく動き回りました。
大掃除は無理そうだったので、小掃除。
別棟は新築なので、ほっといて、母屋の窓拭きを全部片付けました。
お母さんには、部屋中に掃除機をかけといて〜と頼んで、
外の窓と、玄関をキレイにキレイにしました。
その後、友達の花屋に正月花を買いに、お母さんを連れて。
(この友達がお花屋さんをオープンさせてやってるっていうのも、なかなか憶えてくれないな〜)
でも、まぁまぁ、いい感じで過ぎた一日でした。
おせちはサボろう。 そうしよう。

12/31(日)
2000年の最後を飾る大仕事として、この日記をアップすることに決めました。
世紀をまたぎつつ、千年紀までまたいでしまうという、まれな機会にめぐまれたのも縁。
この日記を読んでくださる、あなたと巡り合ったのも、なにかのご縁でしょう。
今年もイロイロお世話になりました。
来年もヨロシクお願いいたします。