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母ノンキだね日記 2000年のまとめ
同居という話は、ダーリンのご実家の方から具体的に言ってくれて助かりました。(感謝!!)
お母さんは、実は、もう数年前から少しずつ言動におかしなところが見えてきていたけど、
回りに知れることもなく、兄も東京暮らしで、家族もあることですし、なかなか相談もできず、
(年に1度帰るか、帰らないかぐらいで、母の異常を知っても、『頼んだね』の一言だけ。)
自分一人モンモンと考えて、夜も眠れないことが多かったのです。
痴呆症やボケについて書かれた本は数え切れないくらい、入手しました。
突き詰めて知りたいタイプなので、ネットでの検索にも明け暮れました。
そして、先の見えない樹海のような精神世界に、自分一人分け入っていくような、
心細い気持ちでいました。
もちろんダーリンには相談していましたが、そこから外に広がることもなく、
自分の内世界だけで、不安が空回りしていたのです。
問題行動もお父さんが生きている間は、まだ均衡が取れていたというか、
ボロの出そうなところは、わたしが週1回とか通うたびに、繕っていたということですね。
失せモノが多発し、心配で大事なものの置き場はたびたび確認し、
母が聞き届けられない父の望みは、代わりに果たし、
季節が変わっても、着たきりすずめの服は、入れ替え、クリーニングに出し、
宅配のサービスは頼みすぎて、冷蔵庫の中で腐り、
(嗅覚が衰えて、腐ったものの匂いに気付かない。お腹こわさないか?とヒヤヒヤでした。)
家の中はゴミでいっぱいになり、通うたびに、わたしはお手伝いさんかしら?
と思いながら、片付けばかりして、アパートに帰ってはメソメソしていました。
でも、お父さんの死→お葬式という人目に多くふれる機会に、
みんなに異様な様子が知れて、わたしとしては、かえって肩の荷が下りたような気がしました。
今、あの頃よりはゼンゼン心おだやかにいられます。
お父さんが亡くなったことも、あちこちの張り紙メモや、
わたしの手作りのお父さんポートレート集が功を奏して、実感し始めてくれました。
仕事柄不規則生活は続いていますが、お母さんの方が慣れてきてくれたので、助かります。
でも、隣に住んでるのは、まだまだ憶えてくれません。 何でだろ?
お母さんと暮らし始めて、助かってることも多いのです。ホント。
宅急便の荷物など預かってくれますし、(アパート暮らしの頃の方が、めんどうくさかった。)
お洗濯も一緒にやってくれてます。
食事の支度もしてくれますし、なによりわたしたちのことを気遣ってくれてます。
わたしお母さんのことが好きでよかったな〜と思います。
これで、元々仲の悪い親子関係だったら、やってらんないって感じなので。
好きだから、耐えられるんだと思うけど、でも、キツ〜い。
あとは、どうやって自分の時間を増やしていくかが課題ですね。
一人にしておく時間が長いと、混乱が起きるみたいなので。。
今は、1日も家を空けたことがないので、旅行にもいけずストレスが溜まってきてますので、
お母さんを一人にしておけない、自分の気持ちが怖いという状態です。
来年は公的機関や保険の使用も視野に入れて、
(これがなかなか難しい、介護保険の申請をして審査を受けるか受けないか、ねぇ。
お母さんのプライドを傷つけたくないし、まだまだ出来るお母さんは介護度が出なさそうだし。
体は元気なんだから、介護して欲しいわけじゃなくて、
楽しみを見つけさせて欲しいんだけどな〜 話し相手プリーズ。)
お母さんのお世話にみがきをかけて行きたいな〜と思っています。
ご清聴ありがとうございました。
今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いしま〜す。