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関富士子のエッセイ
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フジトミ詩とヤスオ絵の怪しい関係 6  関 富士子

初出「銀河詩手帖」167号1997年を改稿




<笑う犬>



 あきれていてもしかたがないので、ここらでひとやすみ。気分を変えてCDを聴こう。 矢野顕子「グラノーラ」。

非
   藤富保男


 ♪ 非常に静かな

   一分間


   葡萄酒の上には

   雲が浮んでいた


   ぼくには

   月


   犬は腕組みをしている

(『藤富保男詩集』現代詩文庫所収『魔法の家』より 矢野顕子作曲。絵は山口博史作曲男性合唱組曲「魔法の家」の「非」の楽譜より)



 詩人は今、非常に機嫌がよい。静けさと平穏に満ちて、犬と二人、満足げに沈思の面持ちである。ところが、この静かさは一分間しか続かない。見よ、犬はもうげらげら笑いだしている。曲も一分で終わってしまった。もの足りないので、もう一曲。「だ」という詩である。



   藤富保男
だ


       ♪ だんだん詩がこげて行く

         から

         サンドウィッチに唇をはさんで食べて

だ2    少し

   火のハモーニカでも吹きに

   宝島にでも行ってみようか

   と考えたが


   だめだめ

   今

   あけては



(『藤富保男詩集』現代詩文庫所収『魔法の家』より。絵は山口博史作曲男性合唱組曲「魔法の家」の楽譜より)




 この詩を読むとだんだん楽しくなってくる。この心地よい解放感は何だろう。
 「だんだん詩がこげて行く」と大慌ての詩人が、「サンドウィッチに唇を」はさんだり、「宝島にでも」などと考えたりして、「だめだめ」とたしなめられている。

 ハーモニカのようなオーブンの中で焦げた詩はどうなってしまうのか。

 絵は、煙を上げ、吹くとやけどしそうな「火のハモーニカ」と、片足が杖になってしまったのは、宝島に出かけた「サンドウィッチ」頭の詩人でもあろうか。

 「詩は書いたら机の引き出しに最低三日入れておきなさい」という藤富保男の声が聞こえてくるようだ。

この詩の題は「だ」である。「非」と同様、詩の初めの一行の初めの字をつけただけ。展開もわからないうちに素っ気なく終わる。

 もしや何らかの深い寓意でもあるかと探してみても時間の無駄だ。読者は、シンプルに刈りこまれた言葉のおもしろさ、ファンタスティックな人物たち、リリカルでくすぐるような笑いを存分に味わえばよいのだ。

『魔法の家』は、1964年に出版されているが、1991年に立教高校グリークラブの演奏会のために曲がつけられ、その楽譜にさらに作者によって絵も添えられた。「非」の笑う犬の絵もそのときのもの。この楽譜本(東京音楽社800円)は薄いA4判の冊子だが、かの『エリック・サティ詩集』(作曲家エリック・サティの手描きの楽譜に断片的な詩がついたものを藤富保男が訳し、カットと解説を加えた。1989年思潮社刊)を思わせる楽しい趣向である。



詩人藤富保男の紹介
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