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白蚤大詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より
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蜂のエリア




バスが岡のふもとに停まると
展望台あたりから大勢の人が坂を下ってくる
旗をもつ先頭が彼らをつなぐ
すっかりやりすごして岡をのぼったが
頂にも人は群れている
わたしはふきっさらしのベンチで待つ
ブリッジで区切られた海の
貨物船の数を確かめる
二十分も過ぎたころ蜂がやってきた
直線を進み三十度曲がり
すぐに向き直ってわたしに近づく
一メートル先の空中に止まる
明るいけものの柔毛が密生して
脚の先までふくらんでいる
美しい複眼でわたしを点検する
ハイヒールをかぎまわり
土踏まずの暗がりをのぞきこむ
いいにおいだ
うっとりするぜ
バスに乗る前におしっこをした
ぼんやりしていてすそを上げるのを忘れた
おろしたてのドレスをぬらした
蜂はがくんと降下してスカートの下に入る
息をころして待つと
脚さきの曲がった爪でかすかに触れてくる
ちょっと待って
せっかちね
そっと立ち上がり歩き出す
目にも止まらぬ羽ばたき
音はうなじの後ろにいる
岡の片側の林を抜けて下りる
頭上に高速道路がふさがる
歩道橋を上ると公園が海まで続いている
蜂は先に立つ
芝生には大勢の人がよこざまに抱きあっている
音高いキスと歓声と枯れ草のほこりのなか
蜂は中央通りへ九十度曲がる
抱いていいのよ
おれはやらねえ
石畳に沿う明るいレストランをのぞく
人が飲み食いしている
次もそのつぎも満員
人々はたらふく食っている
バスに乗ろうとすると
ぎゅうづめでみんな首をねじまげている
バスをやりすごして角を曲がる
水路沿いを西へ
ホテルの角を南へ
電話局のポールを東へ
空き地の金網を北へまわってバスを待つが
どのバスも満員である
もう一周する
さよなら
バス停のくぼみで人目をさけて
両手を後ろにまわすと
蜂はわたしのてのひらを一瞬はげしく愛撫した
これっきりなんていや
さらに一周する




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詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より




焦眉





戸棚がさごそ凍み豆腐ひねしいたけ昆布
鍋を火にかけ煮干しぱらぱら
蓮根こんにゃくねじり鉢巻
蕪の坊やをくりくり剥いて
大根おばさん菜箸占い人参姉さん口説き待ち
皇太子の嫁さんわたくしから一言
里芋ぬるぬる絹のお肌に泥がめりこむ
牛蒡ずりずり毛ずねにかみそり
包丁切れない茶碗のお尻でじょりじょりちりちり
ええい切れないイラク空爆
換気扇回して蛇口ひねっておかか削って降伏迫って
にんにく潰して生姜おろして葱を叩いて胡麻半ごろし
泡ぶく立ったら煮え立ったらどかどかぶちこむ
AHAPPYNEWYEARの爆弾ぶちこむ
竹の子真っぷたつ竹輪の胴切り斜めぎり
あばたのがんも薄化粧はんぺん
あなたにもらったかまぼこ指輪
ゆで卵入れたり出したり剥いたりなめたり
兵士は言ったおれはプロらしくやるだけさ
砂糖砕いて醤油だらだら唐辛し三本
酒ワンカップ梅干五、六個
大立ち回りの大汗みずく大蓋かざして仁王立ち
ぶくぶくいうのを押さえこむ
あしたの約束何だっけ
御飯はまだか餓鬼どもわめく
神はまだかこの約束の地に
おっとと噴いてる危ない危ない
覗いてしかめてあっちっち
眉焦げた きゅう




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詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より


切手を犬になめさせる女



行間しか読まない読者のために
てのひらに眠る感情
助詞の貸借を対照する
下着のほつれの糸の先を持つ男
さあ包み隠さず話せ(わたしは語る)
箪笥にしまわれていたお父さん
運転手は行く先表示の小さなハンドルを回す
帳簿に差す不気味な人影1.〜7.
飲み干して鎖骨を浮き彫る
ありがとう私のいとしいペダル
糸杉の上をたくさんの星が流れたのか
赤ん坊の胸の赤い入れ墨
これから前世の記憶を再生する
すがりつく誰にも振り払われて
キーを叩くきつつきの苦しみ
ヘンケル氏流欠席の返事の書き方
降下したあと落下傘をたたむ
わずか一秒の幸せ<ゲームソフト>
払います毎朝の目覚めの代金を
むずがゆいわたしを助けて
主人の帽子を被る犬
森閑森閑森閑森閑森閑森閑森閑森閑森閑森閑
語り手はその話を知らない
照準器の中に動く迷彩服
吐き散らす青虫の数に限りはない
卵に塩を振るめんどり
百の案内板付き迷路の抜け方
犯人の役を奪って名誉をかち得よ
人体模型の心臓は赤い
したたる読点と泡立つ句点
クラミジア嬢の悲嘆
人々は兎に犬をけしかける
享楽と静謐の間の振り子
鼠を飼う人(ポケットに)
夕方丘の上の荒涼たる屋敷の
一緒にトイレに入る夫婦
速達男に焦がれて
結果のあとにしずしずと訪れる原因
いや実に全くまさしく然り
C型の血液提供者
アステリスクの首飾り****************
存在の頭上を血がめぐる
終末の日のための連絡網<再再改訂>
男は激しくボールを抱き締めた
余白に書き込む一行<例1.2.3.>
へその水たまりにかかった小さな虹
充足の臭いに鼻が曲がる
月旅行用自転車の千の性能(フランス語マニュアル)
ゆるいぬるいかるいくらいだるいまるい
現存する思い出(あるいは二度と咲かないサフラン)
真実の嵐に行き倒れよ
綱を忘れた宇宙飛行士Kの行方
あいつ男だったか女だったか<ゲームソフト>
喜びの足跡(わずかな係累の)
誰もいない日だまりにて
ブラジャーの中に蒟蒻はあるか
空は何と青みがかることだろう
ハンカチに包まれた不安
どうかわたしの裏切りを許して

               これらはすべて、夫のビデオコレクションの
                   ラベルに記入されていたタイトルである。



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