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白蚤大詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より
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時をめぐる冒険




         古い川と新しい川が平行して流れている
         古い川は「古」と名付けられている
         それがいつどのように氾濫して新しい川を作ったか知らない
         わたしはここの新しい住人だ



葡萄畑


棚の下の暗がりをすばやく歩く者は
猿のような後ろ姿だが
首だけあおむけて
蜂をほおにとまらせたり
幹の蟻をこすり落としたり
蔓や葉は光の方へ伸びるが
房がながながと垂れるので
日暮らし膝でいざり歩く
下草に濡れてふるえながら
てのひらで房の重みをはかっている
房は熟して張りつめ
汁がその手にしたたるだけで発酵する
びしょぬれで飲みつづける毎日のあと
枯れ落ちようやく明るんだ棚の下で
酔いざめのくしゃみをする



市場


赤ん坊や娘を売った古テーブルに
血のしみが濃くなる夕暮れ
競りに掛けられているのは
わたしの心臓だ蝿がたかり始めている
人々はいきりたって
激しく腕を振り上げる
指を忙しく曲げたり伸ばしたり
わたしの罪状を値踏みする
その大きく開いた口で
まもなく落とされるのがわかる
あの太陽が一瞬煮えたぎり
くるおしく没するときまでには
断罪されて
においたてる青葱とともに
ぬれたまま買物篭に入れられる



遊園地


丈高い植え込みの向こうに
三車線が併走する往路だけの道がある
志願者がおずおずと切符を差し出す
運転台からは空しか見えない
ねそべる姿勢でハンドルを持ち頭だけ起こす
一気に加速フルスピード
すぐに前の車にぶち当たる
絶望して目を閉じるが何ともない
がちゃがちゃとひとしきり
書き割りの陰にゆるやかに曲がり
いつまでも続く∞の道
愉快なそぶりで手を振らずにはいられないのだ
うさぎが植え込みにうずくまっている
風景は歳月のように行き過ぎる
ひとめぐりするたびに老いて
晩年を迎えた五分後には
出口で待つ人のもとへ戻ってくる



キャンプ


林の周りは高い柵がめぐらされている
枝が密生して見通しが悪い
向こうの廃屋は
兵士たちの宿舎だったらしい
雨のしみで何もかも灰色だ
破れた窓から燕が出はいりする
舗装のはがれた小径を
双眼鏡でたどっていくと
水飲み場に光るものは
おびただしい眼鏡だろうか
陣営をあきらめた時
彼らはヘルメットと靴を脱いで
山の形に積み上げたという
かつて死体から剥いだものを
なおも役立てようとしたのか
すでに包囲された林のさらに奥へ
去って行ったのは
自分たちのからだを
薪のように積み上げるためだ



0号間欠泉


案内人が立つ岩場の向こう
硫黄の霧がわき
地鳴りのする辺りに
クレソンの茂る谷間がある
いつ熱湯が噴くかしれない
まぶたは焼ける足うらは乾く
小石もろとも滑って
真っさかさまにたどり着くと
こぶしを握りしめている
藁のようなものをつかんで
ああ死んでも生き延びたい
小さな川の周りに
蜂が群がって息絶えている
黄のだんだらをきらめかせ
その谷間をふちどるクレソンの茂み
葉っぱを手づかみで頬ばると
唾液を澄ます胃酸をなだめる
からだじゅうが冷やされて
わたしたちはまた生き延びる



古墳


その山は乳房の形をしている
山腹にはシェルターの入口があり
頂上には宇宙人を呼ぶ電波の発信装置がある
船を導く灯台のつもりででもあるらしい
五千年も送りつづけるようにできている
信号を受け取った宇宙人が
たった今出発した
五千年後にはここへたどり着くのだ
長い長い旅路
そのとき辺りはしんとして
出迎える者はいない
電波は今途絶えようとしている
彼はシェルターをノックして泣くかもしれない
山が乳房の形をしていることは
慰めにはなるまい
彼の母がどんな形の乳房をもつのかを
むしろ想像するべきだろうか




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