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ユキが婚家から戻ってきた。気が変になって離縁さ |
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れたというのだが、確かに様子がおかしい。ごはんに |
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毒が入っているとか、男があとをつけてくるとか言う |
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ので、四人の姪っ子はおどろいた。 |
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太った大女で、真ん丸な顔に度の強い眼鏡が落ちそ |
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うだ。大声でよく笑うがときどき悲しげに押し黙る。 |
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湯舟の中で腋毛を剃って、細かい毛がいっぱい浮いて |
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いたり、塩をじゃりじゃりまぶしたおにぎりを作った |
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りする。何かに怒って子猫をどぶに捨てたこともある。 |
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四人の姪っ子は恐ろしい。 |
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ノイローゼどころかれっきとした分裂病なので、な |
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おる見込みはないらしい。病院を出たり入ったりする。 |
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バラの造花を作るのは楽しいけれど、電気ショックが |
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とてもつらい、頭が変になりそうだと言う。四人の姪 |
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っ子は震え上がった。 |
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それでも少しずつよくなった。きれいなレースのモ |
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チーフを次々と編む。一心不乱に精根こめて何時間で |
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も編んでいる。姪っ子の一人がユキの母校に合格した |
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ときは、とても喜んだ。先生の恋人になってかわいが |
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られたと、らんぐい歯でにやにやするから、四人の姪 |
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っ子もくすくす笑った。 |
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ユキは婚家におさない息子を残してきた。後妻を迎 |
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えて幸せに育っている。実の母のことは何も知らない。 |
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その子が高校生になって学校にかようのに、家の前の |
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三叉路を自転車で通るようになった。それを誰に聞い |
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たか、ユキは毎日朝と夕方、二階の窓から通りを眺め |
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ている。白髪頭を気にして、栗色に輝くかつらをかぶ |
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っている。学生服の少年たちが、群れをなしてユキの |
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窓の下を通り過ぎた。 |
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姪っ子の一人が婿を取って、初めての子が生まれた |
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ころ、ユキの両親が亡くなった。まもなくユキは首を |
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つって死んでしまった。今でも夏になると、四人の姪 |
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っ子は、ユキが編んだおそろいの青いボレロを着るの |
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である。 |