rain tree homeもくじ執筆者別もくじ詩人たち最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBack NumberふろくWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など
白蚤大詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より
白蚤小「蚤の心臓」 もくじへ
フェレット
Mustela furo
HISTOIRE NATURELLE,
GENERALE ET PARTICULIERE,
PAR LECLERC DE BUFFON
(「ビュフォンの博物誌」工作舎) 


フェレット

鳩胸





 暮れかけた道を垣根に沿いながら、娘はいつもより
ゆっくり歩いてきた。胸に丸いものを抱えていて、母
親にはなぜかそれが、日ごとにふくらむ娘の乳房のよ
うに思われた。近づくと、両手にのっているのは二羽
のキジバトのひなである。寄りそってじっと目を閉じ
ている。ふくらんだ羽毛の先に、すでにさざ波のよう
なキジの模様があらわれている。
 公園に沿う道端で、ひとりの男が声をかけて、鳥は
好きかと尋ねた。うなずくと、親バトが戻らなくなっ
て三日だ、ひなが飢え死にしてしまう、と言い、かた
わらのヒバの並木の葉むらから、二羽のキジバトを取
り出した。娘が両手を出すと、その手に重ねるように
ひなを預けたというのだ。
 親バトはきっと戻ってくるから、人間の臭いがつく
前に返してきなさい。強く言うと、娘は黙ってすっか
り暮れた道をひき返していった。それっきり、娘もひ
なも戻らない。母親は、私が行かせたのです、帰って
来ないような気がしたのに、と言うばかりだ。娘は男
とひなを育てているのだろうが、親バトはいったいど
うしていることか。


「窓のユキ」へ「尻餅」へ「蚤の心臓」へ

白蚤小「蚤の心臓」 もくじへ
rain tree homeもくじ執筆者別もくじ詩人たち最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBack NumberふろくWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など






詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より

窓のユキ


 ユキが婚家から戻ってきた。気が変になって離縁さ
れたというのだが、確かに様子がおかしい。ごはんに
毒が入っているとか、男があとをつけてくるとか言う
ので、四人の姪っ子はおどろいた。
 太った大女で、真ん丸な顔に度の強い眼鏡が落ちそ
うだ。大声でよく笑うがときどき悲しげに押し黙る。
湯舟の中で腋毛を剃って、細かい毛がいっぱい浮いて
いたり、塩をじゃりじゃりまぶしたおにぎりを作った
りする。何かに怒って子猫をどぶに捨てたこともある。
四人の姪っ子は恐ろしい。
 ノイローゼどころかれっきとした分裂病なので、な
おる見込みはないらしい。病院を出たり入ったりする。
バラの造花を作るのは楽しいけれど、電気ショックが
とてもつらい、頭が変になりそうだと言う。四人の姪
っ子は震え上がった。
 それでも少しずつよくなった。きれいなレースのモ
チーフを次々と編む。一心不乱に精根こめて何時間で
も編んでいる。姪っ子の一人がユキの母校に合格した
ときは、とても喜んだ。先生の恋人になってかわいが
られたと、らんぐい歯でにやにやするから、四人の姪
っ子もくすくす笑った。
 ユキは婚家におさない息子を残してきた。後妻を迎
えて幸せに育っている。実の母のことは何も知らない。
その子が高校生になって学校にかようのに、家の前の
三叉路を自転車で通るようになった。それを誰に聞い
たか、ユキは毎日朝と夕方、二階の窓から通りを眺め
ている。白髪頭を気にして、栗色に輝くかつらをかぶ
っている。学生服の少年たちが、群れをなしてユキの
窓の下を通り過ぎた。
 姪っ子の一人が婿を取って、初めての子が生まれた
ころ、ユキの両親が亡くなった。まもなくユキは首を
つって死んでしまった。今でも夏になると、四人の姪
っ子は、ユキが編んだおそろいの青いボレロを着るの
である。


「時をめぐる冒険」へ「鳩胸」へ「蚤の心臓」へ

白蚤小「蚤の心臓」 もくじへ
rain tree homeもくじ執筆者別もくじ詩人たち最新号もくじ最新号back number vol.1- もくじBack NumberふろくWhat's New閑月忙日rain tree から世界へリンク関富士子の詩集・エッセイなど詩集など