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白蚤大詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より
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マダライタチ
Vormela peregusna
HISTOIRE NATURELLE,
GENERALE ET PARTICULIERE,
PAR LECLERC DE BUFFON
(「ビュフォンの博物誌」工作舎) 


マダライタチ

鵜を呑む




 烏は、草むらのまだ新しい犬の糞から木の実をほじ
くった。沢胡桃の木に陣取って、ふとった黒い毛虫を
つまんだ。喉にちくちくするのを呑みこむたびに思い
あぐねた。
−−鵜の声で鳴くのは易しい。しかし、その言葉は…。
 鵜どもは川のよどみでせわしげに頭から水に潜って
いる。逆さの尻の穴とくちばしのわきから、大量の泡
を立ち昇らせる。鮎を呑むたびに、鵜の口から深遠な
る言葉が吐かれた。その喉ごしはどんなに冷たく香ば
しいか。
 満腹になると鵜どもは向こう岸の木に鈴なりで眠る。
烏は川辺に下りて、鵜の目を真似して水中をのぞき、
そっと頭を潜らせてみた。そのとき一羽の鵜が近づき、
長い首を伸ばしてささやいた。
−−呑みこめ、そして、けっして吐くな。
 烏はその言葉を鵜呑みにして次々と呑みこんだ。意
味もなく、ウ音だけの泡を腹いっぱいに。その悪食は
止むことがなかった。



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詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より

尻餅


 学校がえりの停留所にその男は立っていた。若い男
だったが、顔を覚えていない。わたしを呼び止めてバ
スはいつ来るかと聞いた。背伸びして時刻表をながめ
たが、虫の死がいのようなものがついているだけだっ
た。男は背後のせまい待合所へわたしを手まねいた。
中は急に暗くて、わたしたちはベンチに座った。目の
前に大きな明るい四角の空間がひらけた。わたしは両
手に、学校で配られた紅白の餅をにぎっていた。すこ
し思案して、紅のほうを男に差し出した。男は、餅を
見つめて、
−−まんこ。
とつぶやいた。餅をほうって駆けだそうとすると、わ
たしのお尻の両たぶを、大きなてのひらががっちりと
つかんだ。必死で手足を動かしたが、目の前の明るい
空間はいっこうに近づかなかった。
−−おかあちゃーん。
 そのとき奇跡のようにお尻からてのひらがはがれ、
わたしは大きな四角の側に飛び出した。乱反射の光が
わたしをつついて泣かせた。
 男は今ではすっかり年老いた。わたしのお尻の両た
ぶに、てのひらの跡をつけたまま、待合所の暗がりで、
いつまでも紅白の餅を手探っている。バスはついにや
って来ない。


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