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白蚤大詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より
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ヒロスジマングース
Galidictis fasciata
HISTOIRE NATURELLE,
GENERALE ET PARTICULIERE,
PAR LECLERC DE BUFFON
(「ビュフォンの博物誌」工作舎) 


ヒロスジマングース

いたちの鎌





 大きな背負い籠が山道を登っていく。早足で南の斜
面に回ろうとしている。ちびだからおれよりずいぶん
身が軽い。女の子のくせに口笛なんか吹いて上機嫌だ。
腰の鎌が光に反射して、ときどきちかりとする。牧草
刈りがそんなに楽しいか。どうせ栃の木のくぼみで昼
寝に決まっている。あそこにうずくまると、風が急に
やんで、辺りはしんとして、雲の切れはしがすごい速
さで飛んでいくのだけが見える。厚い枯れ草がいい気
持ちだ。少し冷えて目が覚めて、とび起きるとあわて
てそこらの草を刈って、籠に詰めこんで帰るのだ。
 栃の木の陰から覗くともう眠っている。きつい下履
きまで脱いで、細い裸の膝をくぼみの外に投げ出して
いる。頭はきゅうくつに曲がっている。笑いそうなの
を我慢して、おいと声を掛けようとしたとき、向こう
の空中をすごい勢いで飛んでくるものがある。草の葉
を巻きこんで回転している。ぎらぎら光ってよく見え
ない。たちまちくぼみの上に来て、細い鋭い、いたち
の目のようなものが見えた瞬間、錐もみになってくぼ
みの中へ落ちた。膝が震えて、光のような鎌が股を切
り裂いた。ぱっくり割れて赤い肉が現れた。ああ、死
んでしまうと思うが、血は少しも流れない。何も知ら
ずにちょっと笑って、いつまでも眠っているだけだ。
いたちはもうどこにも見えない。


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詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より

ミイラ取り


 失踪して二週間後に、ようやく住いを訪ねてみた。
そこは山林が残る郊外で、葉が落ちたすかすかの雑木
林を風が吹いている。休日には辺りの林を一日歩くの
が趣味で、その日もふらりと出かけたまま帰らないと
いう。会社の書類や手紙や手帳を見せられ、弟の妻の
混乱した指先が、むやみにそれらをめくったが、何か
事件のようなものを想像するにはありきたりだ。
 古い机の脚もとにいくつかの菓子箱が積んである。
妙に軽くかさかさと音がして、中はたくさんのセミや
その脱け殻だ。胸にオレンジの共鳴板をつけた大きな
クマゼミもある。下の箱はシオカラがほとんどだがヤ
ンマのたぐいもいく匹か。カナブンやカミキリ、テン
トウムシ。どれも乾いて複眼も色あせ、傷んだり欠け
たりしている。展翅するわけでもなく無造作に投げ入
れてあるのだ。
 昔わたしと弟は、よく家の裏山に出かけたものだ。
たくさんの虫を獲っては死なせたが、すぐにどこから
か涌くように生まれてきた。しかし秋には、枯れ葉に
しがみついたままのミツバチや、腹をからっぽにした
バッタを見るようになる。わたしたちはそれらをミイ
ラと呼んだ。すぐに乾いて風に散らばるものたちだ。
わたしたちは生きて飛んでゆく虫に心を奪われて、そ
んなものには目もくれなかったが、今、弟のおびただ
しいコレクションは、すべてミイラである。


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