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白蚤大詩集「蚤の心臓」(関富士子著)より
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ヨーロッパケナガイタチ
Mustela putorius
HISTOIRE NATURELLE,
GENERALE ET PARTICULIERE,
PAR LECLERC DE BUFFON
(「ビュフォンの博物誌」工作舎) 


ヨーロッパケナガイタチ

猫を被る i




 猫の毛皮は猫屋がたまに持ってくる。上がりかまち
に腰を下ろして数枚並べておいて、主人が品を調べる
のを、そっぽを向いて待っている。ちらとわたしを見
ることもある。主人は大きなてのひらで毛を撫でつけ、
抜け毛がないか傷がないか調べたあげく、選り取って
仕事机に重ねておく。
 主人は夜なべ仕事に、機織り場から集めておいた杼
を磨く。猫皮はずいぶん擦り切れている。ていねいに
はがしてささくれをこすりぴかぴかに仕上げてから新
しい猫皮を貼る。毛の流れをてのひらで測り、一セン
チ幅に裁っていく。そのリボンを杼の内側の長さに切
って、熱いにかわで貼りつける。こうした杼は糸の撚
りがほぐれず、終日機織りの縦糸の間を往復する。
 主人が寝んだあと、わたしは机の上の猫皮を被って
みる。生きた猫はほこり臭いが、皮は清潔で少し薬臭
い。黒茶白の三毛皮。茶の虎縞皮。背が黒く腹が白の
皮。おおむね艶がよく厚くて柔らかい。金茶や赤毛、
薄青い灰色や黒一色もある。なめした裏皮が、わたし
の丸い背から、幾度もずり落ちる。




猫を被る ii

 猫屋はその日も主人の選りを横目で見ながら、猫皮
の品薄をなげいた。飼い猫を売る家がめっきり減った
という。狸は品も猫より上等だが、値が張る。猫屋は
主人の傍らのわたしを値ぶみして、どうです、その白
猫も子ができたら。いい皮になりますよ、と悪い冗談
を言う。主人は笑って、あわてたようにわたしを奥へ
追い払った。わたしは主人を見上げて、……まあ……
と鳴いてやった。
 その晩、仕事机の猫皮の中に、なにか見覚えのある
一枚があったのだ。くわえてひき出すと、黒と茶のく
っきりした縞に、銀の短毛をちりばめたみごとな皮。
その左肩に明らかなけんか傷を見つけてわたしはふる
えた。まちがいない、いとしいあいつの皮である。け
んか強くてすばしこいあいつが、なぜ猫屋の手にかか
ったか。若くて美しくて、あいつが現れたときわたし
はひとめで恋をした。主人はなぜこの肩の傷を選り損
ねたか。あいつは頭と四肢の先と尾を断たれ、骨と内
臓を抜かれ、いとしい睾丸を失って広がっている。
 わたしはあいつの皮を被ってみた。あいつが背中か
らわたしに被さり、わたしをしっかり抱きしめたとき
のように。わたしの脇腹に両の爪を立てて、断末魔の
叫びをあげたときのように。


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