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詩集『飼育記』(関富士子著)より

今日は弔いがない・





わたしが明け方に見た夢は、ずいぶん昔の出猟の日と同じ明け方から始まった。霧に湿った毛皮を着こみ、白い息を吐き、膝までの草を漕いで獣のねぐらをまたいでいった。ほっほと鳴る喉を弾みにして、遠く黒ばかりの連山のわずかな稜線の毛羽立ちをめざして歩いた。かすかな鳥の羽ばたきの音と制止の身振りのあった方に、雪穴から水蒸気がのぼるのを見て、わたしは脅える獲物のように目覚めた。


そして露わな朝の光が

聞き耳たててうつしとる

あてない記憶を焼きつけた

夢から覚めて弔いに出るわたしは

弔いの七言絶句をくちずさむ

わたしの現世はどんな時代か

連理の切れめ論理の肌理には

松やにで蟻を埋め楓と心づけとりかわす

短日植物の在野学者の

とどめの一顧をちょうだいしたかったと

死んだ友人の酩酊がおしよせてたまらず

よろけておまえの現世はおそろしい時代だったか

と声かけ未曾有の兄弟となるため

どの行もあで始めあで終わる

夢のうなりのようなうたで

毎日のように数々の友人を弔った

ここへきて

起承転結はなばなしくかたむけ

歳を数えず言葉を数える七言のわたしが

弔いにあたりうたいきかせる

絶句のかずかずは

 おみなえしのぎくぎんれいつるりんどう
      あかねこすもすねんごろねんじゅ

しかしこの朝

晩年らしきわたしの老いのまなこを

群がる鳥の餌にしてみひらき

餌の一顧を鳥の嘴の距離で測って

首のばしえぐりにくる鳥の射程を

なおもみつめながらえぐられよう

それが鳥葬となるならば

今日は弔いの約束が反古になる

弔いの門口でおおうたわなくともよいのか

鳥をおびきよせるために

今日こそ目覚めてようやく出猟するのか



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