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詩集『飼育記』(関富士子著)より

面影・





ちぢかんだままのあそこを囲んで

裸のわたしたちは当惑した

こんなに愛しあっているのに

なぜこいつはしょぼくれて

欲望もなくうなだれているんだ

かわいそうに

わたしはしかたなくそいつをつまんで

息を吹きかけてみた

おまえがなれなれしすぎるんだ

あなたがつめたすぎるのよ

わたしたちは憎みあい服を着て別れた

それから季節はめぐり

わたしたちの愛のかけらも

胸に刺さらず指からもこぼれたころ

ちぢかんでいたあいつが

背伸びをして語りはじめた

  わたしの欲望はあなたたちの愛からははるか遠くの砂地のサボテ

  ンのようなものにあります。色彩にあふれながらもすぐにあおざ

  め、係累からも隔たり、わたしというかよわいトゲを求めていつ

  も咲いているのです。しかしわたしは見えず聞こえず面影はその

  姿をなぞることもできません。ええむしろ面影もなくあいまいな

  サボテンのままで、わたしの恋人はむなしくわたしを待っていま

  す。彼女はいつもわたしだけを身内に包みたいと願っていますが、

  彼女もわたしの姿を知りませんから、あらゆる形を包むことので

  きるように、休みなくぶるぶるとふるえながら、自分の姿を変え

  ているのです。あなたたちの愛がわたしという形をとって仮りそ

  めに現れるのを潔しとせずに、幻の恋人と思いを遂げるまで、わ

  たしは一本の単純なアンテナとなっていたい。わたしがキャッチ

  するのは、はるかな恋人の絶えまない欲情そのものです。




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詩集『飼育記』(関富士子著)より

再会・





林の南の一角の、あの節くれ古びた合歓の木の下で、群れる雲の影

のように花が満開になるころに、もう一度あなたに出会いたい。

そこは山腹の墓地へ続く草はらの斜面のかたすみだ。合歓のブラシ

がたっぷりと紅を含み、散るたびにひと筆ずつ、わたしたちの思い

出を刷き消して小半日。

耳朶をたどる指先のざらつきや、たえきれず吐いては飲む溜息など、

人を苦しめるあらゆるものを忘れ果てるころ、二人は出会う。

二人は、合歓の木の下の草はらにかしいで立つだろう。わたしたち

はすべての家族に先立たれている。もうふくらまない乳房とくずれ

るばかりの膝がしら。

二人は少しずつ歩み寄って、相手の影を踏まないように立ち止まる。

ちらつく木もれ陽に目をしばたたき、わたしは屈みあなたは仰向い

て、おたがいをしげしげと眺める。

そのときわたしたちは、二人の顔によろこびだけが表れているのに

気づくだろう。そしてほとんど同時に口をひらく。「あなたはどな

たですか」と問うために。




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