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詩集『飼育記』(関富士子著)より

飼育・



夜明けに

わたしのおおがらすは

ぎざぎざのつばさをひきずって

屋根をへめぐり歩く

するとわたしの寝室の窓に

再び暗幕が下り

目覚めようとする男の肩甲骨をくろずませる

ひと鳴きのあいだに

人が誕生して死ぬ

もうひと鳴きののちに

陽がようやく昇ってくる



わたしの二匹の金魚は

火噴き男の喉に絞められ胃液に焼かれ

げっぷとともに生まれた

数知れぬ輪くぐりのたびに

ぶ厚くなる膜を破ってきた

晩年になって未婚の姉妹のまま

合わせ鏡のようにたえず後ろから

互いに自分を点検している

今も溶けかかった尾ひれを揺らし

朝の食卓のうす曇りの天気図に

さざなみをたてている



わたしのあわれなおじぎ草は

かすかな風の気配にも

葉羽片をひとつずつ

鍵盤のように沈ませる

その聞こえない音楽のさなか

節ぶしに白昼の睡眠のための液をにじませる

深い気圧の谷間では

見えない愛撫の形にねじ曲がる

その自足のとげにさされて

風はついに姿をあらわす



わたしのくもは左回りに円を描く

左の利きあしで巧みに糸をかけていく

ハエを白くなるほどぐるぐる巻いて

左の牙でいただく

わたしを威嚇するときは巣をゆすぶって

毛むくじゃらの左うでを見せびらかす

夜半八つの瞳をあかるませて

めぐっていく満月とともに移動する

そのシルエットはいつも

四本の左あしを

祈りの形にそろえている





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