[Sky Walking] 空中散歩

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空中散歩 PART 5

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「怖くなってきたんじゃないか?」
冷やかし半分で友人が訊ねてきた。
「全然。」
強がりではない。不思議と恐怖は感じなかった。むしろ緊張感がなさ過ぎることに自分でもおかしな焦りすら感じる。
「もうすぐタグを渡すからな。」
「ああ。」
しばらくすると係員が一人一人名前とタグのナンバーを確認しながら配布を始めた。
私の名前は最後の空席に偶然滑り込んだ状況を表すかのように一番最後に呼ばれた。
(これの出番だけにはお世話になりたくないものだ。)
そう思いながら、今渡されたタグを首から下げた。
なぜだかほんの少しだけ緊張感が増したような気がした。

微かにローター音が聞こえたような気がして表に出る。
だがヘリはまだ視界には入って来ていない。
「これくらいの音が聞こえてるうちに発見しないと戦場では生きてゆけないぞ。」
冗談混じりで友人は言った。
「この音で?これでどれくらいの距離まで近づいてきているのだ?」
「多分10kmくらいだろう。戦場ならもう相手の射程距離には入っているよ。」
そんな物騒な雑談を交わしていると微かにヘリの姿を目視できるくらいの大きさに近づいてきていた。

「いよいよだな。」
「ああ、空の旅とやらを楽しんでくるよ。」
米粒大だったヘリコプターはみるみるうちに大きさを増していった。
それに伴って、ローター音が大きく鼓膜を揺すぶってくる。
「第6組の皆さんはこちらに並んで下さい。」 係員から指示が飛ぶ。
「じゃ、気を付けて!」
と友人。
「俺が気を付けてもどうにもならんだろ?」
私は笑って答えた。
ヘリは所定の行程通りに高度を落とし、やがて地面と接吻した。
ローターが巻き起こす強い風にあらがうようにヘリに近づく。
(しまった。)
友人と雑談しているうちに私の順番は3番目になってしまっていた。
(こりゃベストポジションは無理かな。)
ドアが開けられ係員の誘導が始まる。
(副操縦席の後ろの席よ。空いててくれ。)
一人目が乗り込んだ。そして最後部奥の窓際に座った。
二人目・・・その隣へ・・・。
(やった。狙い通りの席に座れる!)
幸運にもその席は私が座ってくれるのを待つかのように空いていてくれた。
すぐさま着座し、シートベルトを装着する。
残り二人も次々と残りのシートに座り、シートベルトの装着にとりかかっていた。
「シートベルトは着けましたか?」
主操縦士の声に全員が頷く。
間髪おかずにローター音が1オクターブ高い音を奏で始めた。
窓から下をのぞき込むと何の前触れもなく既に地面は遠ざかっていた。
(飛行機の離陸とは全く違う!)
飛行機なら徐々に加速して翼に当たる空気の力を揚力に換え、最高速に到達したときふわりと 浮き上がる。それは重力に抵抗する人間に試練を与えているかのようなGの感覚だ。 だが今回はその感覚がない。あっけないほど容易に重力の呪縛から放たれたようだ。
飛行姿勢も全くの逆。飛行機の場合、機首を持ち上げて高度を上げていくが、ヘリの場合は 機首を下げ、まるでつんのめったような感じで高度を上げていく。背中にクレーンか何かを引っかけられて 吊り上げられるような感覚なのだ。
眼下にはもうミニチュア模型のような街並みが広がっていた。
私は無我夢中でシャッターを切った。窓から広がる風景もフロントガラスからのぞく光景も今まで 見てきたものとは全く別世界のもののように映った。

不思議なほど高所という感覚はない。いやそういう感覚のある人はこの乗り物には乗れないだろう。 非現実的な高さが恐怖を司る感覚を麻痺させているのかもしれない。

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