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vol.16
みついたかこ執筆者紹介
  住所録を整理しました 2000.5.14 三井 喬子

 ミセス・ホウは台湾の人だけれど、滞米生活の方がはるかに長くなってしまったという姐御である。七〇才近い今も、いくつものレストラン経営者としてばりばりの生活をしているようだ。もちろん悪名高い日本語教育を受けているので、正確な日本語を話す。

 三四年前、夫の留学のため私達は米国中西部の大学町に着いたのだが、その早々から帰国の日まで、ホウさんには言葉に尽せぬお世話になった。ホウ先生と夫は同僚となり、英語ちんぷんかんぷんの私は、親日家のホウさんに助けられ、お針子として米国に少しづつ馴染んで行った。歯医者に、産婦人科に、ストーカー退治に、反日外国人との摩擦解消にと、私だけでなく多くの日本人の「姉」として、ホウさんは本当に優しかった。

 ミセス・ソウも台湾の人だけれど、私と同じ年で体格・容貌が良く似ていて、違うところと言ったら、向こうは凄く頭が良いということ位だった。そのソウさんが難産で赤ちゃんを亡くしたとき、妊娠三ヶ月の私は夫を置いて一人帰国することを決めた。

 でもやはり、メイドインUSAは生後三日で亡くなった。三年前、ひょっこりホウさんが尋ねてくれたとき、話題は自然とミセス・ソウと私の娘たちの話になり、ホウさんは涙ぐんだ。私だって勿論そうだ。
 昨年『魚卵』という詩集を上梓したのは、娘の三十三回忌の記念というか、私の気持ちに区切りをつけるためであった。そして、三二年ぶりにホウさんに会えた年の暮れを最後にして、ずうっと絶えたことのなかったソウさんからのクリスマス・カードが届かなくなったのである。

 何かが終わるということは、こんなふうに裏返るような感覚を伴うものなのだろうか。住所録はようやく綺麗になったが、少し寂しい五月である。



事件の発生と概要     2000.3.30  三井喬子

 心穏やかな事件ってあるだろうか。心穏やかならざる無事というのは絶対にあるのだか ら、逆もまた真なりとはいかないものだろうか。
 事件=新聞。そう思って新聞をひっくり返してみると、あったあった、三段抜き! でも今は「エッセイ書くモード」に入っているので、すらすらと通りすぎてしまう。
  スポーツ欄は、仁志クンや二岡クンの活躍ぶりを反芻したいので、しっかり読む。ドキドキして読む。テレビでヒットだったものが、新聞でホームランやアウトになるわけではないが、やはり細部は「読む」ほうがいい。イチローもいいな。上原も松坂もいいな。でも、これって事件だろうか。
 心穏やかでもそうでなくてもいいが、「事件」に鮮度は必須条件である。
 積もった雪が一気に融けた日、芝生(かなり年老いているのだが)は、目も当てられない惨状を呈していた。ぶつぶつぐゃぐにゃ、つまりモグラが雪の下をいいことに大活躍していたのである。
 事件も事件、はじめてのことだから、新鮮な驚き! これは、本当の事件だ。でも、大嫌いなミミズを捕ってくれてるのね、食べちゃってるのね、ありがとう。芝生は、土壌に新しい空気が入って若返るでしょう。騒ぎ立てたら、モグラがミミズを銜えて飛び出してくるかも知れず、ミミズがモグラの首を絞めているやもしれず…、わたしは早春の朝を、肌に粟粒をたてて、かつ有難く思いながら過ごした。春は、野球も始まるし、嬉しい季節のはずだが、不安な事件をずさっと運んでくることもあるのだ。


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