| 五体不満足なひとの本が有名になって |
| とっても売れていて |
| ぼくはぼくの友だちで足が片方ないひとにその話をしたら彼はもう知っていて |
| 読んだよ、とっても不快だ、と言った。 |
| ぼくの友だちは足が一本ないだけだというのに五体不満足のひとよりも明るくなくって |
| 人生に立ち向かうとかふつうのひとのように頑張るとか |
| そんな気概がなぜだかずいぶん足りなかった。 |
| あんなに性格が明るくって |
| なんにでもやる気まんまんで |
| ああいうのって、つらいよ、ぼくにはあれ、できないんだよ、って、 |
| ぼくの友だちは言っていた。 |
| とっても不快だ、っていう彼のことばも、すごく怒ってるって感じじゃなくって |
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| じぶんの居場所が、最後の最後まで |
| 奪われちゃった、もうダメだ、もう最後のところもなくなっちゃった、 |
| っていうような、そんな感じだった。 |
| 怒りが込み上げて、というのじゃなくって、 |
| 最後のちからまでがヒュー、と抜けていくようだった。 |
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| やっぱり、がんばって、ちからがあって、積極的で |
| そんなひとたちの世界なんだなあ、ぼくなんてダメなんだなあ。 |
| ぼくの友だちはそう言っていた。そうして、 |
| とっても不快だ、とってもイヤだ、でも、 |
| どうすればいいかわからない。どうにもできない。みんながぼくに言うことは、 |
| がんばれよ、世の中にはもっとたいへんなひともいるじゃないか、って |
| そんなことばかりで、 |
| そりゃあ、ぼくもわかるよ、あの五体不満足のひとはぼくよりもたいへんなんだ。 |
| でも、ぼくはぼくのこんなこころをどうしたらいいんだろう。 |
| こんなに弱い、積極的になれないこころはどこからぼくに入ってきたんだろう、 |
| これをぼくはどうしたらいいんだろう、 |
| どうしてこんなにさびしいんだろう、こんなに暗いこころはどうしてだろう。 |
| ぼくの友だちは |
| ぼくの友だちで足がいっぽんないというだけの友だちは |
| こんなふうにしゃべって、 |
| というか、なんだかことばが考えから離れてペラペラになったような |
| いくらかは散る桜のはなびらのような感じで |
| ことばを口から出し続けた。 |
| 聞きながらぼくはぼくのこころのなかでちょっとまとめをしたのだ。 |
| そうだ、すべてはこころのことだ、こころの性質なのだ。そこから来るのだ。 |
| でも、こころの性質はこころの持ち主本人には変えられないことが多い。 |
| がんばれといわれても怠けろといわれてもそう簡単にはいかない。 |
| どうしよう、むずかしいなあと思って苦々しい日々を送っているあいだに |
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| からだがダメになる時が来る。そうしてやっと終わるのだけど、 |
| 仏教の考えとかだと、まだまだ生まれかわって続きをやらなきゃいけない、ってんだ。 |
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| どんなこころを持つかはけっきょくはそれこそ運命だという気がする。 |
| 生まれるときにどんなこころの種を抱えてやってくるか選べるのだとしたら |
| 生まれる以前にほかのこころがあるということになって |
| それはそれでもいいけれどもぼくらが考えてどうこうできる段階を越えてしまう。 |
| とにかくもこころの種があって |
| 生まれた後それが発芽して成長して環境に影響されてこころになっていくけれど |
| ぼくらは幼いとき環境も選べないのだからやっぱりどうこうできる状態ではない。 |
| やっぱりおおまかにまとめると運命ということになりそうだ。 |
| ほかのことばでもいいけれど |
| とにかくぼくら自身の考えではどうにもできないんだなあと思ったり |
| つぶやいたりしているうちに |
| からだという船は朽ちていくことになる。 |
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| 散る桜の |
| はなびらのような感じでことばを口から出し続けるぼくの友だちの話を聞きながら |
| ぼくはぼくのこころのなかでこんなまとめをしたのだけれど運命ということばは |
| ぼくの友だちにはぼくは言わなかった。 |
| 言ったってよかっただろう、つらいよわい暗いこころのひとには運命ということばは |
| どっちかっていうと慰めなんだから。 |
| 神とか宇宙の意思みたいなとこがあるんだから。 |
| かれはたぶん、うんうん、ってうなずいただろうと思う。だから、 |
| 言ったってよかっただろうと思うんだけど |
| どうして言わなかったんだろうなあ、わざと言わないでいようと思ったんだ。 |
| どうしてかなあ、よくわからない。 |
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| ぼくの友だちとそんな話をしたあと何ヶ月も経って |
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| 足がいっぽんないというだけのぼくのその友だちはある日 |
| 松葉杖でのったりと駅の階段を上って駅のホームの端っこまで行って |
| 速度を落さないで走ってくる急行に飛び込んで |
| おもてむきはそれほどひどい怪我がなかったけれどもうまいぐあいに頭を打って |
| 電車での死に方にしてはけっこうきれいな最期を遂げた |
| と、そんな想像をほんとうに急行がすごい速さで走り込んでくるホームの端で |
| しながらしばらくずっと立っていたんだそうなのだ。 |
| ぼくはそれを聞いてやっぱりさびしい気持ちがしたけれども |
| それでもそんな想像をして立っていたらはじめてのように晴れ晴れしたんだ、 |
| とかれがいうのはよくわかるようでもあった。 |
| この急行でじぶんは死ぬこともできた、 |
| ぜったいに死ぬことができた、 |
| それなのに死なないでこうしていまここで、死ぬべきはずだったところで、 |
| じぶんのあり得た死を想像している。 |
| そう思うと、死んだということと生きているということとがほとんど |
| 同じだと感じてきた。なにかいままで |
| 生きていることとか生きていくということとか死ぬんだろうなあということとか |
| そんなことがらについて考えちがいをしてきていたとわかったような気がした。 |
| ほんのちょっとの考えちがいだけど、 |
| それがわかるのとわからないのとでぜんぜん違うようなまちがい。 |
| だからといってなにもかわらないんだけど |
| でもわかったことはわかったこと。 |
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| その後でぼくもその駅のホームの端っこに行って急行が |
| すごい速さで通過していく風のなかで目をつぶっていたりしてみた。 |
| ぼくの友だちとちがってぼくがその場所でわかるべきことはないように思ったけれども |
| でももし友だちがほんとうにそこで死んでしまっていたら |
| ここはかれが死んでしまった場所なんだ、と思って |
| 急行の風を受けたりしていたと思う。 |
| 五体不満足の本を書いた明るいひとはつよくてガンバリやで |
| ぼくの友だちはよわい頑張れないこころを持たされた運命にけっきょく |
| 押しつぶされちゃったということになるのかなあなどとも考えたかもしれない。 |
| でもかれはけっきょくそこでは死ななかったので |
| 駅のホームのその端っこの急行の風のすごいところは |
| 彼、ぼくの友だちの死ななかったところ。 |
| だから、ぼくも |
| ぼくの友だちの死ななかったところという場所を |
| いまは持っていて |
| これはなかなか手には入らない場所だとぼくは思うので |
| ちょっと誇らしいような |
| いろいろ考えるのにけっこう役にも立つような気がするのだ。 |