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vol.17

奥野雅子詩集『日日は橙色の太陽に沿って』を読む


桐田真輔

                    もうけっして死なないで
                    毎晩毎夜こうして助けにいくから
                    「《啓示》
」より

 若い人が都会で暮らすということ。そこには、都会生活特有の哀歓があり、また世 代特有の哀歓があるのだと思う。群衆のなかで見いだす孤独感や寂しさ、というのも そのひとつで、見知らぬ大勢の人と共に流れ、流されるように生きているからこそ、 人ときりはなされた疎遠な感じに襲われる。この疎遠な感じは、心になにかわだかま りがあるとき、容易に被害感や固執に転化する。由来のわからない被害感や固執が 「わたし」を苦しめる。それを語ろうとするとき、詩は、時代からくるものと、自分 の固有な劇からくるものの両方をその表現に自然にとかしこむような姿をとる。

 奥野さんのこの詩集の冒頭の何編かから受けるのは、若い人が都会で暮らすときに 感じる孤独で疎遠な感じより、もうすこし被害感や固執に傾斜したような心の姿だ。 この詩集には、その苦しい心の劇が、過去や自分の本然の姿のほうに旋回して、よう やくひかりの兆す出口をみいだしたところまでの時間の堆積が、収められているのだ と思う。

 冒頭の「話をきいている?」に登場する「そのひと」は、喫茶店で私が友達と話し ているのに、隣のテーブルからしきりに私に話しかけたがっている(ように思える) 男だ。私は「そのひと」のことが気になって、友達との話も上の空で、無視するため に、わざと声を高めたりする。「そのひと」はやがて席をたち店をでていってしまう が、私はなぜか「追いかけなくちゃ」という強い気持ちにおそわれる。
 次の「ふりか えらないで」という作品では、私は「いちばん親しかったひと」に「傷つけられたあ とで」、公園や街の雑踏を走り抜けて、「どこへ行く電車でもよかった」というよう な心理状態で、電車にのる。そのとき、同じ車両にカップルで乗っていた男女の男の ほうが「心配そうな顔をして」、私(の泣き顔)をみつめているのに気が付く。私は 「見も知らない人にかわいそうだなんて」思われ、でもそれで「なぐさめられたよう な」気持ちになる。
 「映画の中」という作品では、不眠症に悩まされている私が、習 慣のように(あわよくば眠るために)通っている映画館の座席で眠り込んでしまい、 夢から目覚めたとき、隣席の男から手を握られているのに気が付く。「小きざみに  ふるえるその手」の感触から、私は「この人も眠れないのかもしれない」と思う。

   これらの詩に登場する男たちと私をつなぎとめてエピソードを構成しているのは、 ただ私の側に原因のあるつよい思いいれだ。自分と見知らぬ他者を関係づける何かに 私は敏感に反応して、必然のように親和的といっていいような物語をつくりあげてし まう。ここには確かな気遣いの交流のようなものがあるのに、おそらくその見知らぬ 他者からすれば過剰な思い入れにすぎないかもしれない。そういうことが察知されな がら、確かな自己感情に寄り添って書かれているために、傷口にそっとあてられたガー ゼのような感触(文学性)がある。


 この詩集には、もうひとつ、作者の夢や、事物によせる感覚的な思いを綴った詩の 系列がある。そのなかで「《啓示》」という詩は、とても象徴性の高い作品だ。詩の ことばとしてもハイテンションで愉しい連がある。夜ごと見る火災の夢。そこで飼っ ている二羽の鳥を私は夜毎救出する。朝起きるとベッドには小鳥の羽根が散乱してい る。そういう幻想的な作品だが、夢をみている私と、その夢の中の鳥たちを救出しに ゆく「私」。この「私」の発見(こういう詩が書けたこと)が、この作者に大きな転 回をもたらしたのではないだろうか、とは読んで思ったことだった。

 冒頭から並べられた数編の詩のインパクトが強いので、どうしてもきつくて深刻な 感じで読んでしまいそうになるが、この詩集に収録されている「《啓示》」を含む多 くの作品は、「させられる」感覚から「する」感覚に主題が移行していっていると思 う。この詩集に編まれた配列どうりに、作品が書かれたのかどうかわからないが、全 体をひとつの物語の流れとして読むことができるようにも配慮されている感じがする。 作者は、生きていくうえで感じる、ある種の疎遠な感じや被害感を、詩や物語のなか に組み込むことで、生きていく慰めや力として昇華していく。それはやはり、めだた ない毎晩毎夜の心の闘いであるとしても。

奥野雅子詩集『日日は橙色の太陽に沿って』(99年4月刊・書肆山田)

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桐田真輔
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