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vol.18
  言葉を織る女たち 2000.11.8 関 富士子

 わたしが生まれ育った家は織物工場を経営しているが、そのことをある人に話したら、「ああ、それで今は詩に折り句を織っているんだね」と言われてちょっと驚いた。なるほどそうだったのかとうなずけるものがある。

 詩の横糸に折り句を忍ばせて、縦糸に行を織り合わせていくのは楽しい作業だが、でき上がったものはなんだか自分が書いたとは思えない。どこからかふんわりと織布が下りてきたような気分なのだ。ところがそれは紛れもなくわたし自身を伝えているのでさらに不思議である。 

 福島県の川俣町は昔から軽目羽二重と呼ばれる絹織物の産地で、家に女が三人いれば蔵が建つといわれた。男は農業しか仕事がないが、女なら機織りができる。家に代々伝わった古びた織機で、杼を滑らせてからりこ、からりこと薄い絹の布をふんわり織っていたのであろう。

 そんな町だから健康な女はみんな働いていた。女たちがいなけば町の産業は立ち行かない。農家の嫁は工場に通いながら農作業もする。いわゆる専業主婦というのは存在することも知らなかった。そのせいかわたしは、どんな世の中でも女が仕事を持つのは至極当然のように思われる。

 もっともわたし自身は機織りをしたことがない。機屋(はたや)の四人姉妹の長女だから、婿を取って家を継ぐというのが、親が決めたわたしの人生の筋書きだったが、いやいやそうはいくものではない。高校時代は毎晩のように父と言い争い、母の助けを得て大学受験を認めてもらい、親にも家にも訣別するような気持ちで上京したのは30年以上も前の話だ。

 今では工場はすっかりさびれて、わたしの代わりに家に残った妹が、ほそぼそと一人で機械を動かしているが、日本の高度成長期には、この小さな町でも織物産業の発展は目覚ましかった。1960年代、機屋は、農村型の家内制手工業から、近代的な工場としての雇用就労形態に変わりつつあった。とうに絹織物は廃れ、合成繊維が大量に生産されるようになっていた。

 新式の自動織機で生産を上げるために、一日中フルに機械を動かさなければならない。女たちは、早朝5時から深夜11時まで3交代で働いていた。乳飲み子を背負ったまま、立ち通しで機を織るのである。乾燥を嫌う糸を扱うために、工場は土蔵のような窓の小さい造りで、夏は蒸し暑く冬は冷える。腰を痛めている人もいたし、大音響の機の音にほとんどの人は軽い難聴になっていた。細い糸に触れるために指のはらが切れやすく、両手の指全部にばんそうこうを巻いていた。大きな工場ではよく労働争議が起きた。新聞に載ったあこぎな工場主の写真がはげあたまの大叔父だったので驚いた記憶がある。

 わたしの家は多い時で従業員20人ほどの小工場だが、勤続十年以上という人も多く、わたしと同年代の中卒で働く少女たちもいた。わたしはといえば、高校の友人にブルジョアは労働者を搾取していると教えられ、インターナショナルを歌って気勢をあげていた。

 しかしながら、人々の生活とはもっとたくましいものである。昔から女が労働力の担い手であった地域だから、「夕鶴」のつうのように機を織ってはやせ細るような働き方をしてはいなかった。難聴のせいか工場の外でもひどく大声で話し、よく笑い合っている。自分の稼ぎが家計を支えているという自負があった。当時としては地域での女の力は強い方だったと思う。好景気で給料が毎年上がり、労働条件が徐々に向上し、ボーナスの一部を自分の小遣いにするゆとりが出てきたころには、彼女たちは、働いたお金を自分で使う喜びを知り始めていただろう。まもなく大衆消費社会が始まるのである。

 わたしが家を出てすぐの70年代に入って、オイルショックで織物産業は大打撃を受けた。それからは衰退の一途である。日本経済の景気不景気の波に翻弄される、最も振幅の大きい末端で生きた女たちのことを、どう言葉にすればいいのだろう。機を織りながら言葉を織ることの困難を思うとき、母のことを考えずにはいられない。わたしは母の娘である。母は、舅姑や義弟妹のいる大家族を切り盛りし、機を織り、女工さんたちの世話をし、経営を手伝い、四人の娘を育てた。なんという働きぶりだろう。その合間を惜しむようにして短歌を作っていた。言葉を三十一音に織っていたわけである。

紙版no.18に掲載2000.11.25発行

tubu<雨の木の下で>悪霊退散(関富士子)
<雨の木の下で>黒い羊はたくさんいるよ(ヤリタミサコ)

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