
vol.22 田村奈津子追悼 田村奈津子 2001年10月11日午前4時46分癌のために逝去 享年40
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神月の出雲へ(関富士子)
耳環(斎藤悦子)
流星雨につつまれて(働淳)
グランブルー(石毛拓郎)
神月の出雲へ
関富士子
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| | 下弦を張りわたし
| | 揺られながら
| | 西へ還る人
| | 雲が湿って
| | 街がぬれた夜に
| | 明るい兄たち金星木星土星ジュノーベスタ
| | 暗い弟たち水星火星天王星海王星冥王星セレスパラス
| | 月が二十三齢に老いて
| | 地表は焼かれるまま
| | 水球が回る
| | 儀式の日までからだはひどく寒い所に横たわっていて
| | 頬のおそろしい冷たさにわたしは身震いした
| | 胸の卵がひびわれて凍りついていた
| | 死をこんなにも寂しいものと知らなかった
| | 二人が(父とその娘が)早く出逢うことを願った
| | 立つ人の影
| | ピンホールを細く抜けて
| | ドアにさかさまの姿を映す
| | ノートに記された言葉はだれと結んだ約束なのか
| | 魂のことをわたしは何も知らない見たことも感じたことも
| | 地の上には空があるばかりだ空の上のことを想像できない
| | 灰になったからだはほかの灰と混じり土に溶ける
| | 龍の尾が苔むす
| | 青い故郷に八雲立ち
| | 滞在する神々の節季
| | マヒワの群れは
| | ならびつつ眠る
| | *わたしを通過した理由は問わない
| | 流れていく贈り物を
| | ただ感じるだけ
| | その人はやって来て
| | 時ふる書物に記された新しい都市を歩き
| | 化石の木の葉が散る瞬間
| | 森羅の信号を読もうとした
| | 斜めに少しかがむように別れのお辞儀をして
| | 留めようもなく軽がると駅の人ごみへまぎれていく
| | すそに模様のついた踝までのスカートがふくらんで
| | 逆光のからだが透きとおり風がまっすぐに通りぬけた
| | 半月が南天にさしかかる
| | 小潮の湖は静まる
| | 未明の出雲
| | 向こう岸へ今
| | サインを送る人
| | 微笑んだ |
*「風を見る石」田村奈津子詩集『人体望遠鏡』より
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耳環(斎藤悦子)へ
<詩>田村奈津子詩集『地図からこぼれた庭』へ
耳環
斎藤 悦子
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| | 魂がまばらに 終わりのように始まり
| | 無造作な宙に青い星がひらくとき
| | らせん階段をスキップが昇り降りする
| | 名づけられた悲しみをほどいて あの夏の懐かしい声で
| | 月の裏側に追伸を綴ってゆく
| | 今宵きみは 虹の子どもたちと朗読会だったね |
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流星雨につつまれて(働 淳)へ
<詩>神月の出雲へ(関富士子)へ
流星雨につつまれて
働 淳
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| | メイプルソープの写真、Flowersに
| | ひかれて
| | 花を描いていると
| | 仕上がるよりも早く
| | しおれ、散ってしまい
| | 微かに部屋に残る香りは
| | カサブランカ? それともトルコキキョウ
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| | 町を歩いていて空き地に出会う
| | それまであった、そこに
| | 何があったのか思い出せないが
| | 変わっていく 町や人
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| | むかしの同人誌仲間の訃報をうける
| | 死は突然の電話だ
| | 自分より二歳若い彼女は
| | 五冊の詩集を出していた
| | 詩を書きはじめて十年ほどに
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| | 私は、父の死の吸引力に抵抗する力が欲
| | しくて、詩を書き始めました。そしてそ
| | れは、限られた時間の中で自分のための
| | 言葉を手に入れる一番手っ取り早い方法
| | だと考えました。*
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| | 父の死の吸引力に抵抗して
| | この十年間、書いていた詩
| | 死と詩の戦い、いや互いに手を取り合い
| | 死と詩の舞踏会が始まっていた
| | 限られた時間の中での
| | 自分のための言葉を手に入れるべく
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| | 彼女との最後の会話はふた月前の電話
| | 明日から検査入院だと言い
| | 「そのうち、ゆっくりと手紙を書きますから」
| | と
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| | 彼女が亡くなった頃
| | たった一人の人間をつかまえるため
| | 旱魃のアフガニスタンに空爆が始まった
| | 詩を愛する民の身体に容赦なく
| | クラスター爆弾の破片が突き刺さる
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| | 彼女が亡くなってひと月後
| | 流星群を見た
| | 夜中に公園のグラウンドの
| | 芝生の上に横になって
| | 絶え間なく降る星を見ていると
| | だんだん自分の体が浮き上がっていく
| | 星に願いを、というが
| | 流れ星は数千の消えた生命に思えてくる
| | その流星雨につつまれた時
| | 懐かしい人々にも出会えた
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| | 彼女からの手紙は来なかった
| | 微かに残る花の香りは
| | 本棚の中の五冊の詩集 |
*田村夏子(奈津子)『みんなが遠ざかったあとで』(花神社刊)より 『新日本文学』2002年6月号掲載予定
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グランブルー(石毛拓郎)へ
<詩>耳環(斎藤悦子)へ
グランブルー
二〇〇二年 鄙祭の日に
石毛 拓郎
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| | とうとうと
| | くだっていきたい
| | それが
| | ことに よくにごった
| | どんてんの日ならば
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| | そして
| | きみの こんたんが
| | あまりにも よわく
| | とけやすく
| | けしやすく
| | かなしみに うずく日ならば
| | とうとうと
| | くだっていきたい
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| | きみは
| | こうこうとした うなばらの
| | にびいろに おおわれた みおを
| | ながれおえて
| | さらに
| | あの
| | うみのそこの あおよりも
| | もっと もっと ふかく
| | とうとうと
| | くだっていきたいと
| | おもわないか。 |
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<詩を読む>「田村奈津子の遺稿から」へ
<詩>流星雨につつまれて(働淳)へ