
vol.24
ローマ軍の侵入
カタカナ純情小曲集 T
切っ先に ふれて
ローマ軍の侵入
|
|
| 綺麗に刈りそろえられたような牧草地の丘が広がり、いい風が吹
| いてくる。陽は万物を照らし、曇りなく物象界の光を織りなしてゆ
| く。丘のふもとに広がる緑の中に小さな建物がポツポツと見え、静
| かな時間が流れてゆく。牛たちはたおやかに育ち、村を流れる小川
| の水はつめたく心地よい。穏やかな午後のひととき。
|
| そこにローマ軍がやって来る
| ローマ軍の軍馬のたてる地響きが
| 遙かな山々を超え
| この調和された物象界の中へと
| 侵入してくる
| おだやかな陽射しの降り注ぐ万象の
| そのどこからか
| 小さな小さな一点が ふと回り始め
| その時すでにローマ軍は
| そこまで侵入してきている
|
| ローマ軍はイナゴだ
| ローマ軍は青い馬だ
| ローマ軍は根こそぎ食らう
| ローマ軍は吹き荒ぶ風だ
| 万象の調和のただ中にこそ
| ローマ軍は死に物狂いで忍び込む
| 重力器で 光を 万象を クポンと曲げ
| その一点から忍び込む
| ローマ軍はどこからでも
| どこへでも 侵入する
| | 小川で洗濯をする女の目のふちから
| 牛を追ってゆく若い男の腕の中から
| 陽射しの中を散歩する老いた男の足先から
| 幼子の守をする少女の肩から
| 編み物をする女の腰から
| 草を刈る男の耳から
| ローマ軍は侵入してくる
| クポンとその一点が歪んだとき
| そこにはすでにローマ軍のラッパが響き
| 軍馬の轟きが進んでゆくまっただ中だ
| ローマ軍の通った後には
| 青草は枯れ 生き物は踏みつけられ
| 陽光は噴煙でかき消されてゆく
|
| ローマ軍がやって来る
| そして白いテスト用紙が
| その時
| あなたの眠る牧草地の陽射しの中から
| あなたの夢として
| そこにやって来る |
|
<詩>カタカナ純情小曲集 T(宗清友宏)
<詩>「植物地誌続」レンゲソウ(関富士子)
カタカナ純情小曲集 T (文字運動方位認定証付き)
|
| ナ
|
| カタカナは
| 様々な運動方位を
| 秘めている
| (ナの文字運動方位は右である。
| 彼らは移行しつつも、ここに静止した姿を見せ
| 続けている。)
|
|
| テ
|
| 立ち止まると
| ポストになってしまう
| それで懸命に進む
| (右)
|
|
| ポ
|
| 彼を サッカーボールを受ける瞬間の人と
| 見ることも出来れば
| 大きな悩みをいつも抱えている人と
| 見ることも出来る
| (右)
|
|
| ア
|
| 彼は素速く変げする 瞬速だ
| 丁寧に
| 了解を得ながらも その変げには
| ア然とする
| マァいいか
| (右)
|
|
| ヒ
|
| 生命は複製を鋳型から造ってゆく機能を持つ
| 彼は ある時 おのれの複製造りに失敗して
| 本来 南の火・陽〈ヒ〉であるのに
| 北となってしまった
| (左)
|
|
| イ
|
| ガリレオ・ガリレイは
| 小さな卓上型屈折望遠鏡〈イ〉で
| 太陽系のモデルだと考えた
| 木星の衛星群〈ガリレオ衛星〉を発見した
| (右上、しかし概ね、停止)
|
|
| ヘ
|
| 懸命に登って それから
| また 下るのだから
| 本当に大変だ
| へとへとになる
| (左)
|
|
| レ
|
| 落ちてゆく途中で
| 急激に起死回生の動きをする
| 存在がいる
| ハヤブサ、ツバメ、ネコ、ヒト。
| (右上)
|
|
| ウ
|
| ワという果実の自然形が
| 彼である
| (文字運動方位は、重力に拮抗している雰囲気が
| よく出ているので、上・下とする。)
|
|
| ル
|
| 人には やがて
| 別れというものがある
| 車にノレと 彼は彼女に云うが
| その表情の中に
| 彼女は万感の選択をする
| (運動方位は、左右が拮抗して、いいエネルギー
| となっている。またよく見ると、別れは、少し
| ずつ始まってゆくのがわかる。)
|
| エ
|
| 彼は一本の土台と柱と梁のうえに
| なり立っている
| その危うさが彼の魅力だが
| 常に工事中の気配もある
| (一応、静止形)
|
|
| シ
|
| 彼は 一連目 二連目と続き
| やはり三連目で急激な展開と
| 見事な逸脱を見せる
| 詩 そのものである
| (右上)
|
|
| ン
|
| 彼は また 充分な推敲のないまま
| 待ちきれなく急上昇・逸脱してしまうが
| 案の定 〈?〉を引き寄せてしまう
| (右上)
|
|
| オ
|
| 彼は 才能を秘めている人だ
| 体操もうまい スケートだって出来る
| しかし その才能を出さずに
| じっと秘めている
| (右)
|
|
| カ
|
| 大変な外部からの危機に対して
| 瞬発的な内部の〈力〉を呼び起こす時には
| よく「ア行」の声を出すが
| その時 叫び声に
| 瞬間的に「ア」を選ぶか
| 一拍おいて「カ」を選ぶか
| さらに一拍おいて「タ」を選ぶかで
| 勝負は決まる
| (右)
|
|
| キ
|
| 何故 彼は わずかに
| 傾かなくてはならなかったのか
| 左上からの危機を感じて身構えているのか
| 或いは右からの突風に思わず揺れてしまったのか
| 気をゆるめているのか 張りつめているのか
| わからないところがある
| (左への動きを見せながら、そこで溜めている。) |
|
<詩>切っ先に ふれて(宗清友宏)
<詩>ローマ軍の侵入(宗清友宏)
切っ先に ふれて
| ∧∧∧∧
| 蜻蛉
| カゲロフ
| かげろふ
| はかなさの ことば
|
| 事場のゆらめきをめぐらせて
| すすみゆく 大地
| すすみゆく 風雅の
| 切っ先に ふれて
|
| かげろふ (ゆるやかな空気の舞う
| カゲロフ 〈陽のカラクリに乗って
| 蜻蛉 [三体に変化する
|
| 言葉のゆらめきをめぐらせて
| すすみゆく 代置
| すすみゆく フーガの
| 切っ先に ふれて
|
| かえりゆく ことば
| かげろふ
| カゲロフ
| 蜻蛉
| ∧∧∧∧ |
『蘭』53(2002.7.10)より(文中の「∧∧∧∧」は原文では半角です。)<詩>「切っ先に ふれて」 縦組み横スクロール表示へ へ |
<詩>青空(宗清友宏)
<詩>カタカナ純情小曲集 T(宗清友宏)
青空
|
| スピカからの遠い呼び声は
| 今日もプラタナスの梢あたりに
| ひっかかっていて
| 昼の白い月の下
| 僕は気づかないふりをして
| 歩道をすばやく
| 歩いてゆく
|
| 黒猫とすれ違いざま
| 「今夜です」と声を聞く
| ショーウインドに映った黒猫は
| 北斗七星の韻を踏み
| 直角に消えてゆく
| 僕は一瞬立ち止まり
| 「もう行かないよ」と空を見る
|
| 壊れたおもちゃのロボットが
| 歩道の水たまりの中に転がって
| チラッと僕を見上げている
| おとといデネブから来たヒトらしい
| その水たまりを
| ひょいと飛びこえる時
| 僕は青空の中にいる |
(「初期詩篇リニューアル版」より、1999.5)
|
<詩>街の光学(宗清友宏)
<詩>切っ先に ふれて(宗清友宏)
街の光学
|
| 夢のような疲れの中、いつになく静かな街
| を歩いている。音もなく、車は視界をよぎり、
| 人の会話は口だけが忙しく動き、聞こえない。
| ポツポツと点った街灯は、こんなとき数万年
| のちの街灯と少しも変わらない。見上げると、
| 月が時々この世にはない色彩に変光している。
| その下に見えるガラス張りのビルの一角から、
| どこかに透明すぎる光線で合図が送られてい
| る。その言葉は難解だ。その符号に合わせる
| ように、ある一体が微妙に変光を始め、透明
| な幾何学図形が次々に現れてゆく。そうして、
| 街は全体、ボーと闇の中にスペクトルをとも
| ない、どちらかへ速度のドップラー効果を絶
| えず起こしながら動いている。その一角を、
| 五、六人の侍たちが明確な輪郭のまま、前方
| を見つめて、刀の柄を押さえながら、早足で
| 歩いてゆく……。こんな夜もあるものだろう
| と、静かな街を眺めながら、ひとりゆっくり
| 帰っていく。赤い提灯の下がっている、あの
| 店の角の奥、暗い横丁の屋根のあたりには、
| アンドロメダ星雲の渦の先が、今夜も静かに
| 掛かっている。
|
(「初期詩篇リニューアル版」より、1999.5)
|
<詩>空無の手(宗清友宏詩集『縁速』より)
<詩>青空(宗清友宏)
<詩>橋の下の家族(関富士子)へ

vol.24