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vol.24

宗清 友宏 の新作詩2


ローマ軍の侵入カタカナ純情小曲集 T切っ先に ふれて



 ローマ軍の侵入


 綺麗に刈りそろえられたような牧草地の丘が広がり、いい風が吹
いてくる。陽は万物を照らし、曇りなく物象界の光を織りなしてゆ
く。丘のふもとに広がる緑の中に小さな建物がポツポツと見え、静
かな時間が流れてゆく。牛たちはたおやかに育ち、村を流れる小川
の水はつめたく心地よい。穏やかな午後のひととき。
  
 そこにローマ軍がやって来る
 ローマ軍の軍馬のたてる地響きが
 遙かな山々を超え
 この調和された物象界の中へと
 侵入してくる
 おだやかな陽射しの降り注ぐ万象の
 そのどこからか
 小さな小さな一点が ふと回り始め
 その時すでにローマ軍は
 そこまで侵入してきている
  
 ローマ軍はイナゴだ
 ローマ軍は青い馬だ
 ローマ軍は根こそぎ食らう
 ローマ軍は吹き荒ぶ風だ
 万象の調和のただ中にこそ
 ローマ軍は死に物狂いで忍び込む
 重力器で 光を 万象を クポンと曲げ
 その一点から忍び込む
 ローマ軍はどこからでも
 どこへでも 侵入する
  
 小川で洗濯をする女の目のふちから
 牛を追ってゆく若い男の腕の中から
 陽射しの中を散歩する老いた男の足先から
 幼子の守をする少女の肩から
 編み物をする女の腰から
 草を刈る男の耳から
 ローマ軍は侵入してくる
 クポンとその一点が歪んだとき
 そこにはすでにローマ軍のラッパが響き
 軍馬の轟きが進んでゆくまっただ中だ
 ローマ軍の通った後には
 青草は枯れ 生き物は踏みつけられ
 陽光は噴煙でかき消されてゆく
  
 ローマ軍がやって来る
 そして白いテスト用紙が
 その時
 あなたの眠る牧草地の陽射しの中から
 あなたの夢として
 そこにやって来る


紙版"rain tree"no.24(2002.8.15)掲載
<詩>「ローマ軍の侵入」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示

tubu<詩>カタカナ純情小曲集 T(宗清友宏)
<詩>「植物地誌続」レンゲソウ(関富士子)



カタカナ純情小曲集 T  (文字運動方位認定証付き)


  
  
    
カタカナは
様々な運動方位を
秘めている
(ナの文字運動方位は右である。
 彼らは移行しつつも、ここに静止した姿を見せ
 続けている。)
  
  
  
立ち止まると
ポストになってしまう
それで懸命に進む
(右)
  
  
  
彼を サッカーボールを受ける瞬間の人と
見ることも出来れば
大きな悩みをいつも抱えている人と
見ることも出来る
(右)
  
  
  
彼は素速く変げする 瞬速だ
丁寧に
了解を得ながらも その変げには
ア然とする
マァいいか
(右)
  
  
  
生命は複製を鋳型から造ってゆく機能を持つ
彼は ある時 おのれの複製造りに失敗して
本来 南の火・陽〈ヒ〉であるのに
北となってしまった
(左)
  
  
  
ガリレオ・ガリレイは
小さな卓上型屈折望遠鏡〈イ〉で
太陽系のモデルだと考えた
木星の衛星群〈ガリレオ衛星〉を発見した
(右上、しかし概ね、停止)
  
  
  
懸命に登って それから
また 下るのだから
本当に大変だ
へとへとになる
(左)
  
  
  
落ちてゆく途中で
急激に起死回生の動きをする
存在がいる
ハヤブサ、ツバメ、ネコ、ヒト。
(右上)
  
  
  
ワという果実の自然形が
彼である
(文字運動方位は、重力に拮抗している雰囲気が
 よく出ているので、上・下とする。)
    
  
  
人には やがて
別れというものがある
車にノレと 彼は彼女に云うが
その表情の中に
彼女は万感の選択をする
(運動方位は、左右が拮抗して、いいエネルギー
 となっている。またよく見ると、別れは、少し
 ずつ始まってゆくのがわかる。)
  
  
彼は一本の土台と柱と梁のうえに
なり立っている
その危うさが彼の魅力だが
常に工事中の気配もある
(一応、静止形)
  
  
  
彼は 一連目 二連目と続き
やはり三連目で急激な展開と
見事な逸脱を見せる
詩 そのものである
(右上)
  
  
  
彼は また 充分な推敲のないまま
待ちきれなく急上昇・逸脱してしまうが
案の定 〈?〉を引き寄せてしまう
(右上)
  
  
  
彼は 才能を秘めている人だ
体操もうまい スケートだって出来る
しかし その才能を出さずに
じっと秘めている
(右)
  
  
  
大変な外部からの危機に対して
瞬発的な内部の〈力〉を呼び起こす時には
よく「ア行」の声を出すが
その時 叫び声に
瞬間的に「ア」を選ぶか
一拍おいて「カ」を選ぶか
さらに一拍おいて「タ」を選ぶかで
勝負は決まる
(右)
  
  
  
何故 彼は わずかに
傾かなくてはならなかったのか
左上からの危機を感じて身構えているのか
或いは右からの突風に思わず揺れてしまったのか
気をゆるめているのか 張りつめているのか
わからないところがある
(左への動きを見せながら、そこで溜めている。)



tubu<詩>切っ先に ふれて(宗清友宏)
<詩>ローマ軍の侵入(宗清友宏)



切っ先に ふれて


  
∧∧∧∧
    蜻蛉
      カゲロフ
          かげろふ
はかなさの ことば
  
事場のゆらめきをめぐらせて
すすみゆく 大地
すすみゆく 風雅の
切っ先に ふれて
    
かげろふ (ゆるやかな空気の舞う
カゲロフ 〈陽のカラクリに乗って
蜻蛉   [三体に変化する
  
言葉のゆらめきをめぐらせて
すすみゆく 代置
すすみゆく フーガの
切っ先に ふれて
  
かえりゆく ことば
          かげろふ
      カゲロフ
    蜻蛉
∧∧∧∧


『蘭』53(2002.7.10)より(文中の「∧∧∧∧」は原文では半角です。)
<詩>「切っ先に ふれて」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示

tubu<詩>青空(宗清友宏)
<詩>カタカナ純情小曲集 T(宗清友宏)



青空


  
        
スピカからの遠い呼び声は
今日もプラタナスの梢あたりに
ひっかかっていて
昼の白い月の下
僕は気づかないふりをして
歩道をすばやく
歩いてゆく
  
黒猫とすれ違いざま
「今夜です」と声を聞く
ショーウインドに映った黒猫は
北斗七星の韻を踏み
直角に消えてゆく
僕は一瞬立ち止まり
「もう行かないよ」と空を見る
  
壊れたおもちゃのロボットが
歩道の水たまりの中に転がって
チラッと僕を見上げている
おとといデネブから来たヒトらしい
その水たまりを
ひょいと飛びこえる時
僕は青空の中にいる


(「初期詩篇リニューアル版」より、1999.5)

tubu<詩>街の光学(宗清友宏)
<詩>切っ先に ふれて(宗清友宏)



 街の光学


  
 夢のような疲れの中、いつになく静かな街
を歩いている。音もなく、車は視界をよぎり、
人の会話は口だけが忙しく動き、聞こえない。
ポツポツと点った街灯は、こんなとき数万年
のちの街灯と少しも変わらない。見上げると、
月が時々この世にはない色彩に変光している。
その下に見えるガラス張りのビルの一角から、
どこかに透明すぎる光線で合図が送られてい
る。その言葉は難解だ。その符号に合わせる
ように、ある一体が微妙に変光を始め、透明
な幾何学図形が次々に現れてゆく。そうして、
街は全体、ボーと闇の中にスペクトルをとも
ない、どちらかへ速度のドップラー効果を絶
えず起こしながら動いている。その一角を、
五、六人の侍たちが明確な輪郭のまま、前方
を見つめて、刀の柄を押さえながら、早足で
歩いてゆく……。こんな夜もあるものだろう
と、静かな街を眺めながら、ひとりゆっくり
帰っていく。赤い提灯の下がっている、あの
店の角の奥、暗い横丁の屋根のあたりには、
アンドロメダ星雲の渦の先が、今夜も静かに
掛かっている。


(「初期詩篇リニューアル版」より、1999.5)
<詩>「街の光学」縦組み横スクロール表示へ縦組み縦スクロール表示

tubu<詩>空無の手(宗清友宏詩集『縁速』より)
<詩>青空(宗清友宏)
<詩>橋の下の家族(関富士子)へ
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